6話・青春時間移動機(タイムマシン)




『うわああぁん!いやだ、おにーちゃんとお別れなんてやだー!!』

『すまないな暇梨。さ、行こう…』

『やだぁー!!』


一つの家族が、離れ離れになる。

両親の離婚。

それは、俺達幼い兄妹にはどうすることも出来ない事実。

ああでも……暇梨があんなに泣いているんだから、俺は、俺くらいは。

泣かずにしっかり立って、さよならしなくちゃ。


『………家に帰るわよ、朔夜』

『うん…』


新しい家へと旅立つ父さんと暇梨を見送って、母さんと俺は今まで住んでいた家へと戻る。

前を歩く母さんの背中は、何だか寂しげで…。

母さんだって、本当は泣きたいんだと思う。

2人が離婚を決めた理由は分からないけど…母さんは未だ、父さんのことが好きなように見えたから。


俺がしっかりしなくちゃ。

母さんが悲しくならないように、俺が頑張らなくちゃ。




「そう言えば、朔夜って何処の高校行くのよ?」


珍しく教科書とノートを広げて…うんうんと唸り続けて居た李安が、そんな彼女の様子を横目で眺めている朔夜に問う。

一瞬だけ朔夜はキョトンとするも、直ぐにいつもの表情へと戻り。


「俺、高校は行かない」

「へぇーそうなの………って、え!?」


突然の李安の大声に、最初は勉強をする姿勢を取っていたものの…既に机に伏せて睡眠に入っていた怜時が目を覚ます。


「李安、うるさいー」


間の抜けた様子は、寝起きだからでは無く通常営業である。


「つまり、中卒で仕事するってこと…?」

「まぁ、そうなるな」


通りで朔夜に、焦って勉強する気配が無かったと李安は思う。

はっきり言って…朔夜の授業への出席率は0に近い。

学校へは毎日登校するものの、殆どこの教室に篭り切りだ。

基本的に不登校であり、同じく授業への出席率がほぼ0の神と大差は無い。


「って言ってもね、朔夜。そう簡単じゃないでしょ」

「良いんだよ、俺は決めてんだから」

「もう、強情ね」


朔夜の意固地な様子に李安はわざとらしい溜息を吐き捨て、また目の前のノートへと視線を戻す。

そして、そんな2人のやり取りを黙って見ていた怜時もまた、睡眠に戻ろうとするも…。


「………アンタはもうちょっと真面目に勉強しなさいよ、このバカ怜時!」

「だってー飽きたしー」


何だかんだ言っても、李安に止められたことで勉強を再開した。




――‐‐


俺の名前は、ある日から「東堂朔夜」では無くなった。


『小野寺、朔夜…』

『そうよ。今日からそう名乗りなさい』


小野寺は、母さんの旧姓。

離婚を機に…苗字が変わる場合もあるってことを知っていながらも、まさか自分が経験することになるとは思ってなかった。

途端に、父さんや暇梨との想い出が薄れて行くような気がして……悲しくなる。


『お母さん、これからは仕事で遅くなることが多くなるだろうから、ちゃんと良い子にしてるのよ?』


複雑な気持ちを押し込めて、俺は母さんの言葉に素直に頷いた。

母さんだって辛いんだ、迷惑掛けたらいけない。

そうは思っても、やっぱり家族が半分欠けた家は堪えた。

学校から帰っても、夜遅い時間まで独りぼっち。

夕飯はコンビニやスーパーで買って来たものを食べる。

前は同じくらいの時間に暇梨が帰って来たし、母さんも遅くても7時くらいまでには帰って来た。

父さんの帰りが早ければ、4人で食卓を囲む。

まぁ、それは1年前から殆ど無くなってたけど…。


『あ、お帰りなさい母さん…』

『………ただいま』


風呂に入って、宿題も済ませて。

俺は出来るだけ万全な状態で、母さんの帰りを待っていた。

でも母さんも残業続きで疲れてるらしくて、会話も少ない。

家の中は、いつも暗く感じた。




俺が母さんの代わりに、家事をしよう。

2人暮らしが始まってから数ヶ月経って、少しずつ俺の心にも余裕が生まれた頃のことだった。

正直…家の手伝いは基本暇梨の担当で、それまでは遊んでばっかりだった。

放課後、友達の遊びの誘いを断って……真っ直ぐ家に帰るようになる。

忙しい母さんに聞く訳にも行かず、暇梨に電話で聞いたり僅かな記憶を辿っての……見よう見まねからのスタート。

勿論最初は、上手く行かなかった。

洗剤入れ過ぎて洗濯機を泡だらけにしたり、掃除機を窓にぶつけてガラスにヒビが入ったり。

俺が頑張れば頑張る程、母さんの表情は曇って行く。

そりゃそうだ、母さんにとって「余計な手間」が増えるんだから。


『もう何もしないで頂戴』


アイロンを当て過ぎて、綺麗に三角の焦げ跡が付いてしまったハンカチをゴミ箱に投げ捨てて。

頭を抱えた母さんが言った。


『お願いだから、面倒事を増やさないで』

『ごめん……なさい』


父さんが居なくなったことで、色々と母さんに掛かる負担。

それにより、母さんはかなり怒りっぽくなった。

手は上げて来ないものの、ヒステリックに怒鳴り声を出すようになる。

ますます俺達の間に会話は無くなり、終いには最低限の挨拶すら消え失せた。

その辺りから、段々と俺の心も荒んで来る。




『君っ……何なんだ、その髪の色は!』

『ああ?』


小学校を卒業し、中学に上がるとき。

俺は小さい頃貰ったお年玉で、脱色剤を購入した。

茶髪から、金髪へ。

髪の色が変わっただけなのに、何もかもが変化したように感じる。

鏡に映った自分を見たとき、思わず薄ら笑いが零れた。

周囲からの視線が変わり…殆ど疎遠になっていた小学校の友達も、あからさまに俺を避けるようになった。

勉強もしなくなったし、面倒だから殆ど授業にも参加しない。

登校して来ては、何処か空いた教室でぼんやりと過ごす日々。

俺が言うのも何だが、柄の悪そうな上級生に絡まれたとき……奇跡的に奴等のリーダー的存在の野郎を倒したことで。

よく喧嘩も売られるようになった。

それが人を傷付ける行為と言う認識は無く、向かって来る奴皆サンドバッグか何かだと本気で思い込んでたくらいだった。




そんなことを続けていれば、当然親へ連絡が行く。

今思えば、俺はそれを待っていたのかもしれない。

その頃には母さんも、わざと残業して家に帰らなくなっていた。

帰宅するのは、俺が眠りに着く深夜。

休日だってある筈なのに、それさえも俺は分からない。


『えっ、ちょ……小野寺さん!?』


電話の向こうの声が、あまりにも大きかったからかもしれない。

そのとき俺は何故か、電話越しの母さんが何を言ったかはっきりと聞き取れた。


《私は忙しいんです!そんなことくらいで、いちいち連絡しないで下さい!!》


電話を途中で切られた担任の、哀れんだ瞳が忘れられない。

それから学校の連中は、俺が何しても口を出さなくなった。

言っても無駄だから。

俺のことなんて、母さんにしてみたら「そんなこと」だから。




‐‐――


『……こんなとこで、何しとん?』


茶色のツインテールを風に靡かせて。

屋上に寝転ぶ俺に、声を掛けて来た女子。


『あ?何だてめーは』

『うち?うちはな、美芳野ミナモちゃんや!ミナモ姉さんって呼んでーな♪』

『は…?』


上履きの色で、2年なのは分かった。

見知らぬ女は俺から目を逸らし、柵の向こうを見つめながら。


『うちなぁ、学校大好きやねん!』


俺と真逆のことを言う。


『せやから、アンタみたいに学校嫌いそうな奴……めちゃめちゃ構いたくなんねん』

『訳分かんね…』

『皆が楽しい学校生活を!それが、うちの目標や!!』

『あーはいはい、大層強欲なこった』


俺も相手しなきゃ良いのに、何故かその人の言葉に反応してしまう。

それはきっと、予感だったんだ。

彼女は、俺を変える人。


『なぁ小野寺朔夜。誰もが笑える学校作り、手伝ってくれへん?』


何で名前知ってんだよ、とか思うことは色々あったけど。

この学校で初めて、俺を見て話してくれた人。

振り返り、勝ち気な笑顔で俺に手を伸ばす彼女に惹き付けられて。

下らねぇ…なんて鼻で笑いながらも。

俺は、ミナモ姉さんの手を取った。




それから直ぐ、ミナモ姉さんは生徒会長になった。

同時に表立ってでは無く、生徒会に来た依頼を秘密裏に解決するとあるグループを作成する。


『なぁな朔夜、やっぱこう言うんは英語のがカッコええよな!よっしゃ、調べたろ!!』


そう言ってミナモ姉さんは、図書室から持って来た辞典を引く。


『えっと、生活。「Life」やな!次は守る。「Protect」か、ほな次は集団……おお「Group」な!よっしゃ、これの頭取って「LPG」にしよか、朔夜!?』


後に、プロパンガスっぽいことを知るんだがそのときは別に気にしなかった。

つーか、その頃にはもうミナモ姉さんに逆らうことは恐ろしいってことを身を持って知っていて。

ネーミングセンスにツッコむなんて、出来る訳が無かった。




暫くして、ミナモ姉さんが怜時を連れて来た。


『うわー不良が居るんだけどー』


ミナモ姉さん曰く、「LPG」は学校に馴染めず周りから浮いている者……まぁ簡単に言えば、問題児を集めて何かさせようって目的だ。

怜時は、俺とは違うタイプの問題児だった。

何でも、授業中に小爆発を起こすのが好きらしい。


『え、ミナモ姉さん……コイツ爆弾魔ってことですか…?』

『あーちゃうちゃう、そんな大層なもんやないで』


これは俺も未だに意味が分からないんだが、理科の実験をやらせると必ず爆発するとのことで。

爆発と言っても小さく、誰かが怪我をするようなもんでは無いみたいだから…そこまで大事じゃないそうだ。

そうは言っても、そんな状態が続けば誰も一緒に怜時と授業を受けたくなくなる。

コイツもコイツで…共に過ごす内に分かったが、かなりのマイペースで人に合わせる気が無い。

それで孤立したって訳か…。


『何なのこれー…ひたすら学校のポスター張り替えるだけとか、つまんないー』

『まーええやん?こーゆーことだけやってる内は、学内も平和っちゅーこっちゃ!』

『ふーん…』


口を尖らせて、不満そうな顔をしているものの。

怜時は何処と無く楽しそうだったと思う。

俺達は結局、ちょっとしたきっかけで人との関わりが希薄になり……寂しかっただけだ。

俺も怜時も、底抜けに明るく裏表無いミナモ姉さんと居ることで「仲間」なんて言葉を実感した。




間も無くして、李安がやって来る。

この頃の李安はまだ口調も荒く、俺らに対してもかなり当たりが強かった。


『わーい女の子だー、李安ちゃんって言うのー?可愛いねー』

『あ、何だてめー。気持ち悪い、近寄んなよ』


今の姿からは想像出来ないが、昔の2人の関係はこうだった。

大河内に接するような感じで、よく怜時がぶん殴られていたものだ。

ああ、それは今でもか。

いつからか……怜時が李安に憎まれ口を叩き始めて、李安も大人しくなって同じような返答をするようになる。




夏休みの直前に、大河内が来た。

ミナモ姉さんに何言われたのか分かんねーけど、入ったばかりなのにミナモ姉さんの誕生会に嫌々な顔で参加していた記憶がある。

アイツも、召集には応じてくれるから助かってるが……未だにLPGに馴染んでる感じでも無いから、ちょっと心配だな。

俺らが居なくなったら、宝条と2人になって…。

まぁ……多分宝条なら何とか出来るだろ。




‐‐――


「は…?嘘だろ…」


玄関から、鍵の開く音がする。

まだ9時前だ。母親の帰宅する時間では無い。

家の鍵を持っているのは家族だけだが、小学生の妹がこんな夜に尋ねて来る筈は無く。

そもそも離婚して以来、この家で会ったことは一度も無かった。

朔夜は食器洗いを中断し、恐る恐る玄関へと近付く。


「………母さん…」


そこには、もう何年もまともに姿を見ていなかった彼の母が居た。

まだ家族が離れ離れになる前の、穏やかだった彼女の面影は無く。

年齢と疲労を積み重ね、すっかり中年の女性となっていた。


「な、何で…」

「あら、酷い言い草ね。ここは私の家だもの、いつ帰って来ようと自由でしょう?」


確かにそうだが。

長い期間、息子との接触を避けるように過ごして来た彼女が今更何だと言うのか。

朔夜は混乱しながらも、靴を脱いで家に上がろうとする母親の道を開けようと端に寄る。

そんな彼に何を言う訳でもなく、そのまま横を通り過ぎリビングへと向かう。

暫しその場で硬直していた朔夜も、物音がしたことで我に返り奥へと戻って行った。




とは言え、どうしたものか。

ひとまず途中だった食器洗いを再開し、背を向けたテレビから聞こえる声をぼんやりと聞く。

そうしている内に自室で着替えを済ませ、リビングへと戻って来た母が椅子を引き、座る音も耳に入る。

どうやら、食事をするようだ。

ついでだからと…何だかんだで欠かさず用意している彼女の分の夕飯は、毎回完食されている。

始めた当初と違い、随分と上達した料理が不味いと言うことは無いとは思うが……目の前で食べている姿を見るのは初めてだったので、朔夜は緊張から、スポンジを握る力が少し強まった。


「……朔夜」


食事を終えたのか、酷く掠れた声で母が朔夜を呼び付けた。

何年ぶりだろう、名前を呼ばれるのなんて。

どうしても震えてしまいそうだったので、返事はせずに振り返る。


「何」

「座りなさい」


疲れているのか、それは弱々しい言葉だ。

ここ数年、話し掛けられるときは強く言われた記憶しか無いので少し不思議な気分だった。

そんな彼女と言い合う気にもなれなかったので、大人しく向かいに座る。


「進路のことは、どう考えているの」


のに、いきなり爆弾が投げられた。

何を突然、普通の親ぶってんだ……と朔夜は憤る。

今まで散々放っておいて、俺が何しようと無視していたくせに。

声に出さずとも表情で分かったのだろう、母も顔をしかめる。


「受験勉強はしているの?そもそも、何処の高校を受けるつもりで…

「んなこと、アンタには関係ねーだろ!つか、受ける気もねぇ!!」

「………まさか、高校に行かないつもりなの…?」


母は驚いていた。

呆れられるかと思っていたが、それよりも動揺の方が大きいらしい。

次を続ける言葉がつっかえていて、単語にすらならない音だけを何度か口から零している。

その隙に、朔夜は自分の部屋へと逃げようと思ったが。何故か、体が上手く動かせられない。


「駄目よ、せめて高校くらい卒業しておきなさい。貴方のために言っているの」

「っ…」

「……もし、金銭面の心配をしているのなら必要無いわ。私が遅くまで働いてるのは、片親なのを理由に、惨めな生活にはしたくないから。貧乏は、心までもを貧相にするんだから…」

「そんなの、俺は望んでなかった!!」


母さんに、笑って欲しかった。悲しい顔をさせたくなかった。


「俺じゃ、父さんの代わりにはなれないけど……家族として、母さんの支えになれればと思ってた!最初は!!」


心がどんどんすれ違って行く。お互いに、目を背け始める。

朔夜が悪いことをするようになったのは、こっちを見て欲しかったから。構って欲しかったから。

それさえも叶わず、でも彼はどん底に堕ちることは無かった。

妹が居た。離れて暮らしていても、再婚で別に兄が出来た時期があっても、『お兄ちゃんはお兄ちゃんだけ』といつまでも昔のように慕ってくれた。

ミナモが居た。やり場の無い気持ちを抱え、どうしようもなくなっていた朔夜に救いの手を伸ばし、学校での居場所を作ってくれた。

怜時が居た。李安が居た。神が居た。直が居た。ミナモの作った居場所に集まった彼等は、皆それぞれの事情がある。

それを深く聞くことは無く、LPGの活動を通して他愛ないやり取りをするだけでも楽しかった。

それでも、母親との確執には良い意味でも悪い意味でも何の関係も無い。妹には多少関わりがあるかもしれないが、彼女も母と朔夜の現状を詳しくは知らない。

始めた頃より上達した家事は、朔夜の努力の証だ。捨て切れない望みを込めて、一日も欠かすことなく続けたそれは、いつしか朔夜の特技となり、自信にも繋がった。


「……そう、ね。あなたに、言葉を投げかけることを避けていたのは……私の方ね」


母は泣いていた。

悲しませたくない、その気持ちが根底から離れない朔夜はそれを見て少し心を傷める。


「朔夜、ありがとう。あなたがいつも家のことをしてくれるから、私は仕事に専念することが出来た。あなたがこの先、お金のことで困らないように根を詰めて働いて来たのだけど……ええ、あの人の面影があるあなたの顔を見ないよう、仕事に逃げていたのも本当。ときには、八つ当たりもしてしまったわね」

「母さん…」

「話をしましょう、きちんと。今までのこと、これからのこと。進路のことだって、話し合ってお互いに納得する形を探しましょう。本当は、高校に行きたいんじゃないの?」


それは、朔夜には分からなかった。

LPGと言う場所を得た今も、クラスには馴染めていない。そんな自分が、高校に行ったとて上手くやれるのか。


「つっても、正直中学入ってからまともに勉強もして来なかったし……今更受験なんて」

「大丈夫、朔夜は優秀な子よ。あなた小学生のときは、家事を頑張りながらも勉強もしっかり出来ていたじゃない。だから、大丈夫」


そう言って母は朔夜との距離を詰め、もうすっかり大きくなってしまった彼の頭を撫でる。

その瞬間、朔夜の瞳にも涙が溢れた。見ていてくれたのかと。数年ぶりに目を見て会話をしただけでもなく、昔のように触れ合うことが出来た。

この後は互いに泣き崩れ、まともに話し合うことは叶わなかったが。

次の日に前日同様、早めに帰って来た母と充分に意見を出し合って。進路を決めた。




‐‐——


月曜日。

受験のため……いつになく真面目に授業を受けた李安は放課後、いつものように無名の教室へとやって来る。

しかし、普段はそこに当たり前に居る朔夜が、今日は見当たらない。その代わりに見覚えのない黒髪の生徒の後ろ姿があり、李安は恐怖のあまり声にならない悲鳴を上げた。


「………って、朔夜!?」


そのときに持っていた鞄を落とした音が部屋中に響き渡り、何かと思い黒髪の生徒が振り返ったことで彼の正体が分かった。


「ああ、李安か。おはよう……て時間でもねーけど」

「ちょっとちょっと、どう言う心境の変化よ!一瞬誰だか分からなかったじゃない!!髪黒いし制服しっかり着てるし!!何処ぞの生徒会長かと思ったわよ!!!」


李安の想像以上の驚きように、流石に朔夜も一歩引いてしまう。


「あ、そうだ。俺高校受験することにしたから」

「うっそ、頭でも打ったのかしら!!!!」


そう言いながら胸倉を掴んで揺さぶりまくる李安に、物理的に声を掛けることが出来ず。いい加減揺らされ過ぎて吐き気がして来たところで、新たな人物が教室に入って来る。


「あっれー?李安しか居ないのー?って、その物体何ー?」

「朔夜よ!!見て分からないだろうけど、これ朔夜なのよ!!!」


それはもう、李安の全力で振られているから怜時には残像ぐらいしか見えず。これなら普段の朔夜だったとしても判別が付かないだろう。


「李安、見えないー」

「あら、そう?」


そこで漸く、李安から解放された朔夜は床に顔を叩き付けられながらも、その冷たさに少しずつ吐き気が治まって来た。

そんな朔夜に近付き、しゃがんで怜時が一言。


「嘘だぁー、朔夜は金髪でしょー?この人、髪黒いしー」

「だから、本人だって分からないくらいイメチェンしちゃってんのよ!しかも先週は高校行かないって言ってたくせに、今日になって受験するとか言い始めて!!」

「ふーん。でも黒髪くん朔夜さぁー今から勉強とか、ダルくないー?だって僕より勉強出来ないでしょー?今まで全然授業出てないしー」

「フッ……それは、これを見てから言いやがれ」


そう言って、朔夜が何処からか取り出したのは何やら複数枚の紙だった。近くに居た怜時が受け取ろうとすると、伸びて来た李安の手により奪われてしまう。


「うっそ、ほぼ満点じゃない…!英語だけちょっと低いけど」

「まさかーカンニングー?」

「んな訳あるか。五教科、各々の担当教師に頼んでテストさせてもらったんだよ。英語は小学生んときやってなくて、一からだったから結果奮わなかったけど…」

「へぇ、朔夜って勉強出来たのね…」


その後は直と、珍しく神も教室にやって来て、朔夜はテストの結果を散々自慢しまくった。

神はどうでもよさそうに聞き流していたが、直は何回も『小野寺先輩、凄いです!』と言って、朔夜の自尊心を満たしてくれた。


「俺は、はっきり言ってもう内申点で受験は無理だ。学力検査一本で行かなきゃならねぇ。だから、一応併願で私立も受けることにはしてるけど……公立に受かるつもりでいる」


朔夜が志望校を告げた瞬間、李安と怜時がざわついた。


「ちょっと、それこの辺りで一番偏差値の高い学校じゃない!」

「いくら何でも、無理でしょー」

「だから、念のための併願だ。いくら何でも高校浪人する訳には行かねーからな……んで、お前らに頼みたいことがある。特に、大河内と宝条にだな」

「あ?」

「はい、何でしょうか?」


突然名前を呼ばれ、神は訝しげに、直はいつものニコニコとした笑顔で反応を示す。


「怜時と李安も一応受験生だからな。俺も、出来る限りは協力するけど勉強に本腰を入れたい。なんで、受験が終わるまではお前らが主体でLPGの活動をして欲しい」

「はぁ?何で私が…」

「分かりました!」


朔夜は、神の乗り気でない反応にやっぱりか…と思う。それでも、来年の4月からは自分達が居なくなると言う事実を受け止め、神に伝える。


「大河内。俺は、来年のLPGのリーダーはお前に任せようと思ってる。別に宝条でも構わねーけど、一応お前のが先輩だ。それに、大河内にならちゃんと出来ると思ってるからな」

「……ふざけたことを」


ぼそりと呟いたかと思えば、神は背中に括り付けた相棒である箒を構えて朔夜に攻撃を仕掛けた。それを難無く掴み取り、もう一度目を合わせて真剣に告げる。


「頼む、大河内。あの人の……ミナモ姉さんの作ったこの場所を、守ってくれ」

「っ…!」


人の感情に疎い神でも、朔夜にとってミナモが特別な人物だと悟っている。

そして、神自身も。全く自覚はしていないのだが、朔夜に対しては兄のように慕っている気持ちがあった。

そんな朔夜に言われてしまっては、彼女は断れない。


「……仕方ねぇ。多少の暇つぶしにはなってるし、私に出来る範囲内のことはやってやるよ」

「大河内………ありがとな」

「ふん…」


それでも、素直に返事の出来ない神は。それだけ言って、用は済んだとばかりに教室を出て行った。


「一応、生徒会長には現状を伝えてなるべく負担が掛からねーよーにしとくから。宝条も宜しくな、大河内のサポート頼んだぜ」

「はい!僕に出来ること、精一杯頑張ります」

「よし、そうとなったらあたし達も勉強よ怜時!どうせ志望校は一緒なんだし」

「えー李安と一緒なのー?嫌なんだけどー」

「仕方無いでしょ!あたしと怜時の学力じゃ、この辺りで一番偏差値低いとこくらいしか狙えないんだから!!」


そう言って李安と怜時が勉強を始めたところで、朔夜は直を連れて生徒会室に向かったのだった。




‐‐——


こうして、母親と和解した朔夜は今までになく勉強に励む。

そうなると、いつもこなしていた家事が疎かになると言うことで、前よりも早く帰るようになった母と。兄のためにと、事情を把握した妹の暇梨が隔週で週末は手伝いに来てくれることになった。

朔夜としては、彼女の家の方の家事もあるのに申し訳ないと思いながらも……何だかんだで、離婚してから一度も会っていなかった母と暇梨が交流しているのを見て、嬉しい気持ちもあった。

こんな周りの協力もあり、元々要領の良かった朔夜はグングンと学力を伸ばし、遂に迎えた受験日当日。

全教科で満点を取って、無事公立高校に合格したのだった。




6話終わり。

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