4話・我が儘女神(ヴィーナス)
な、アンタは何だかんだでうちの特別やったんやで?
……なーんて、今更言える訳ないやろ。
夏休み真っ最中の、8月。
ジリジリと照る灼熱の校庭や、茹で上がりそうな程に蒸した体育館等で動き回る運動部。
理想に向かって己を表現し、作品創りに精を出す文化部。
9月以降の学校行事に備えたり、日々の学校生活のために全力を尽くす委員会。
それぞれが日課や目標、様々なものを持って活動する中で。
LPGのメンバーもまた、惰性的にだがいつもの教室に集まっていた。
勿論、不登校気味な神を除いて。
「だぁーっ、あちぃな!!」
顔を真っ赤にし、額に汗を垂らしながら朔夜は…教室の窓を全開にする。
普段は視聴覚室で使うような、黒の分厚いカーテンで覆われている室内も、閉めっ放しだと暑くて仕方ないため開放された。
「………」
「………」
いつもなら些細な一言でも衝突し、言い争いをしている李安と怜時も暑さのせいで大人しい。
唯一暑さにバテず平然としているのは直で、何やらノートを広げて書き込んでいる。
「何やってんだ?宝条」
暑いし暇なので、朔夜はそれに食い付くことにした。
「夏休みの宿題です」
「はぁ?んなもん、いちいち真面目にやるだけ無駄だぜ?」
先輩としてあるまじきアドバイスをする朔夜も、直が書いてるものを見てある意味納得する。
「へぇ……結構絵上手いんだな、宝条って」
「そうですか?」
直のやっている宿題は、絵日記だった。
中学生にもなって宿題が絵日記か、と言う思いはあれど……それが真剣に取り組んでいるのが直だからこそ、はっきり言って違和感が無い。
「ああ。少なくとも、怜時より」
「そんな酷いんですか?怜時先輩の絵って」
「おう。幼稚園児が描いた方が上手いくらいにな」
「…………朔夜酷いし……」
いつもの間の抜けたものとは違う、いやに低くて小さな声が怜時から発せられる。
それに対し朔夜と直は、苦笑で返した。
‐‐――
「いんやぁ、ここに来るんも久々やわ」
明るい茶髪のツインテールを揺らし、浜中中学校の門を潜る少女。
薄く化粧をしたその姿は、中学生とは違う…やや大人びた印象を受ける。
「アイツら、上手くやっとるんかな…」
そう呟いて生徒会室……では無く、その下の空き教室とされる場所を見つめる。
彼女の瞳に、淡く光る金色が映った気がした。
ガラッ
4人は、その物音に一瞬反応が遅れた。
此処は人通りも殆ど無い、端の教室。
日当たりも悪く、日中でも薄暗いその場所に立ち寄ろうとする者など……特に今は夏休み、居る筈が無いと。
咄嗟に、全員が唯一の可能性である灰色の髪の少女を思い浮かべるも…そこには居たのは、同じ少女でも茶髪の別人であった。
しかし、直以外の3人は……彼女をよく知っていた。
「「「ミナモ姉さん!?」」」
3年生の声が綺麗に重なる。
『ミナモ姉さん』と呼ばれた少女はツインテールを揺らし、ニヤリと笑った。
「相変わらず派手な頭しとるんやな、朔夜」
名前を呼ばれ、僅かに頬を染める朔夜。
それを見た直は、何となく朔夜の気持ちを察した。
「お、何かちっこいの居るで!もしかして、新メンバーか?」
「あ、はい!1年2組の宝条直です!」
「直か、直やんな。宜しゅうな!」
そう言って、ミナモは少し膝を曲げて直に真正面から抱き着く。
あまりに唐突な出来事に、直も顔を真っ赤にして焦った。
「お、小野寺先輩~……」
直の小さく弱々しい訴えに、朔夜はふぅ…と一息付いてから。
「その人は、俺の1つ上の先輩で名前は
彼女を簡単に、説明した。
‐‐――
あれから、数日。
真夏の日差し照り付ける、昼間の炎天下の中で。
とある公園の物影に、隠れるように固まる男女合わせて5人の姿。
「ねーミナモ姉さーん。ホントにその人来るんですかー?」
春夏秋冬365日24時間。基本、いつでも間の抜けた声を上げるのは、怜時だ。
眩しいのか目を細めて……いや、元々起きてるのか寝てるのか分からない程の糸目なので、これも普段通りだった。
「ちょ、近寄らないでよ怜時!何処触ってんのよ!?」
春夏(以下略)。あまり滑舌の宜しくない高音は、勿論李安。
暑さのせいか、いつもは三つ編みにしている黒髪も…今日はポニーテールになっている。
「別にー李安のまな板よりも貧相な胸に、ちょっと肩ぶつかっただけだしー」
「ああ!?誰がまな板以下だって!?」
「ちょっと、静かにして下さい先輩方っ!」
唇に人差し指を当て、2人を睨み付ける直。
そんな直の様子に…終始笑顔を絶やさないミナモと、ミナモの命令により参加を余儀なくされ、苦笑を絶やさない神。
どうしてこんな状況になったのか。
それはあの日、ミナモから『依頼』があったからだった。
――‐‐
『そう言えば、ミナモ姉さん。約半年ぶりの顔合わせになりますけど……何しに来たんですか?』
『何しに来たとか………可愛い後輩の顔見に来たら、アカン?』
『いえ、あの、別に』
李安と怜時は久しぶりに、直は初めて見ることになる…朔夜の丁寧語と動揺っぷり。
いつも強気な朔夜だが、ミナモには大層弱いと言うことが窺える。
『ま、顔見せっちゅーのも勿論やけど。夏休みも暇そうにダラダラしとるアンタらに、依頼したろう思てな』
『依頼、ですか?』
その言葉で、ミナモをよく知る3人はそっちが重要な本題なのだと察した。
『ああ。うちの彼氏の、浮気調査や』
聞き捨てならない単語に、過剰な反応を示したのは当然朔夜だった。
表向きは平然としているように見えるが、何も言葉を発さず、声を掛けてもピクリとも動かなくなった。
『じゃあーミナモ姉さんが、ちっとも僕らに会いに来なかったのってー』
『せや。後輩より、彼氏のが大事やもん』
思えば、怜時のこの質問が地雷になったのだろう。
唐突に鞄を抱え、疾風の如く教室を出て行った朔夜。
あまりの行動の酷さに、李安が笑いを堪えている。
『何や、朔夜。腹でも痛ぁなったか?』
言いながらクスクスと笑うミナモだが、さほど気にした様子も無く話を戻した。
『んでな、最近彼氏の様子がおかしいんよ』
『おかしい、とは?』
『まず、うちに対してだけ挙動不審』
バッ…とミナモが右手を開いて掲げ、親指だけを畳む。
『次、学校終わって1人で帰ろうとする』
人差し指が畳まれる。
『いつも、完璧に終わらしとる宿題を忘れる』
『授業中ぼーっとしとるから、先生に当てられても気付かへん』
『体育で、顔面でサッカーボールを受ける……あ、これはいつものことやな』
『うちの言い付け守らんくなった。うちには絶対服従って決めた筈なんに…』
指10本の動きが何往復もし、最早20なのか30なのか、それ以上なのか分からなくなって来たところで……漸くミナモが息を付く。
取り敢えず、ミナモの彼氏の人物像について。
『成績は優秀だが、運動神経は0。身長はミナモよりも低く、ミナモに絶対服従を強要されている』ことが理解出来た。
‐‐――
「………来たで」
そう言って、ミナモの指差す先には1人の少年。
サラリと靡く黒髪ショートヘアに、顔の半分を埋め尽くす大きな丸眼鏡。
とある少年漫画のツッコミ役に酷似した姿ながら、そのキャラクターよりも気弱で非力な印象を受ける。
「あれが、
あまりにも、2人を並べたときに『女王様とその下僕』にしか見えないであろうアンバランスさ、いや、ある意味では釣り合っているのかもしれない。
そう思わせる芹の容姿に、怜時と李安、神は絶句した。
唯一、直だけはいつもの人懐っこい笑顔を向けて。
「優しそうな彼氏さんですね」
と、無邪気に言っている。
「んーでも、あの人ならミナモ姉さんに黙って浮気とか無理じゃないー?」
延びた声からの、意外とまともな意見に全員が驚いた。
根からの善人体質で、気が弱い。
そんな芹が、『浮気』などと言う不粋に行為に出るだろうか。
「………せやけど。今まで土日に会えんってときは、要らんくらいに細かく予定を説明してくれた芹が…今日は、今日だけは何も言ってくれんかった。怪しいに決まっとる!!」
そこ に居るのは、いつも自信満々で笑顔を色んな意味で絶やさないミナモでは無かった。
僅かに瞳を潤ませて、唇を噛み締める。
『恋する少女』の姿が、確かに在った。
(これは………朔夜には見せらんないわね…)
あの日から、夏休みでも毎日のようにいつもの教室に顔を出していた朔夜が、来なくなった。
口に出さずとも、あまりにも分かりやすい朔夜の恋心。
それを突然、強引に打ち砕かれた彼は今どうしているのだろう。
李安は心中気に掛けながらも、芹の尾行を開始したミナモの後を付いて行った。
‐‐――
先の展開は、あまりにも悲惨だった。
怜時の否定虚しく…芹が向かった駅前には、彼を待つ少女の姿。
「ごめんね、
暇梨と呼ばれた少女は頬を膨らませ、如何にも怒っていますと表現していた。
名前呼び、親しげな雰囲気。
ミナモの中の何かが、音を立てて千切れた。
「………道頓堀に沈めたる」
「えーここからなら、東京湾のが近いと思いますよー?」
「ちょ、怜時!?アンタ余計なこと言わないでよ!!」
李安は羽交い締め、直は情け程度に前から抱き着いてミナモの犯行を阻止する。
「………つーか、アレ小学生じゃねーか。妹とか、親戚とかじゃね?」
流石の神も…顔見知りの先輩が犯罪者となるのを見過ごす訳にも行かず、必死で否定材料を探す。
「芹にはな、妹は居らへんねん。母1人子1人の母子家庭。あと親戚付き合いはあんま良くないらしいから、あそこまで親しい筈は無いんや!!」
その言葉と共にミナモは李安と直を振りほどき、芹と暇梨の元へ立ちはだかる。
「………しゃーねーだろ」
未だ呆然とする空気を真っ先に抜け、ミナモの後を追い掛けたのは意外にも神だった。
他の3人も、それに続く。
「うちが居りながら、幼女に手ぇ出すなんて!!」
ミナモは、芹の胸倉を掴んで罵倒を浴びせている真っ最中だった。
李安はそんな中腕を胸の前で組み、平然と……いや、無関心な暇梨の態度に違和感を覚える。
「お姉さん」
長い黒髪を風に乗せ、可愛らしい声とは裏腹に冷たさを含んだ暇梨は…睨むようにミナモを見つめ。
「私、この人の浮気相手でも友達でもなんでもありませんから。敢えて言うなら、元義理の兄妹とでも言いましょうか」
「「「「「もっ、元義理の妹ぉ!?」」」」」
新旧合わせたLPGの、心が1つになった瞬間だった。
‐‐――
『詳しく聞かせぇ』と言うミナモの連行によって、全員近くにあったファミリーレストランへとやって来た。
「アンタら、好きなもん頼んでえぇよ。芹の奢りやさかい」
「え!?………あ、うん…」
有無を言わさず決定され、流石に芹が哀れだと思ったLPGのメンバーは取り敢えずドリンクバーを注文。
「あ、うちはタラコスパセット大盛とチョコパフェな」
「私、ビーフ100%上ステーキセットとパンケーキ3色アイス乗せで」
しかしミナモと暇梨は遠慮する気配も無く、それぞれ好きな物を注文する。
「………僕、水だけで良いや…」
メニュー表と財布を見比べた芹は、小さくそう言った。
各々ドリンクバーに飲み物を取りに行き、全員が揃ったところで暇梨が話し始める。
「まず、自己紹介からさせてもらいますね。私の名前は、
歳の割に丁寧、そして毒を含みながら語る暇梨。
「私の父はとてつもない甲斐性無しでして……結婚に2回失敗しました。1回目は母、2回目が…」
「僕の、母」
ぼそりと呟いた芹を暇梨が睨み付ける。
芹はそれに気付きながらも、暇梨の話に続くように身の上を話す。
「そう…つい最近だよ、暇梨ちゃんの父親と僕の母親が離婚したのは。大体、1年くらいだったかな。一緒に暮らしてたのは」
「その間は確かに、『義理の兄妹』と言う関係でしたが今は何でもありません。只の他人です」
結局また暇梨が主導権を握り、今度こそ芹は口を閉じた。
そのとき、訝しげに暇梨を睨み続けているミナモが声を上げる。
「で、何で只の他人やっちゅーなら…こうやってわざわざ休みの日に待ち合わせしとんねん」
「そ、それはね、ミナモちゃん…」
「無理矢理付き合わされたんですよ、彼女の誕生日プレゼント探しを……ね」
暇梨の言葉に…芹は真っ青になり、ミナモは真っ赤になる。
LPG面子も、神以外は何とも気恥ずかしい空気に呑まれてしまった。
「そう言えば、ミナモ姉さんの誕生日って8月の下旬…」
「うんうんー。言われれば去年とか、あの教室で誕生日パーティーしたよねー」
李安と怜時が1年前を思い出す。
その頃はまだ面識が無く、出来事を知らない直は状況を想像し…神は嫌な記憶を呼び起こしてしまったのか、苦い顔をした。
「私も、ちょうど兄の誕生日が近いので……こんな人でも多少は参考になるかと思いましてですね、渋々承諾しました」
いちいち、自分に対してだけ刺々しい発言をする暇梨の態度に苦笑を零してから、芹は眼鏡の奥からしっかりミナモを見据えた。
「ごめんね、ミナモちゃん。僕……今まで女の子と付き合うの初めてだし、ミナモちゃんが何を貰ったら喜ぶか全然分からなくて…。自分でも、不審な態度取ってたのは気付いてたよ」
「芹、アンタホントにアホやんなぁ」
「うん…」
2人の間の雰囲気が柔らかくなったことを察し、李安は神達に耳打ちをしてこの場を離れることにした。
「私は注文したものがまだ届いていませんから」と言って、暇梨は立ち去る様子は無いものの、2人からは多少距離を置く。
まぁそれは、芹と離れたいからとも解釈出来るだろうが。
何はともあれ、依頼完了とは言えないが……問題は無事に解決したため、4人もレストランを出て直ぐに解散した。
‐‐――
ほぼ同時刻、朔夜は自室で横になっていた。
家に居るのはあまり好きでは無いのだが、何となくLPGの教室に行く気にもなれず……ぼんやりと時間を過ごしていた。
ピリリリリ
静かだった空間に、不自然な電子音が響き渡る。
音源は朔夜の携帯電話からで、ディスプレイを確認すると通話ボタンを押して耳に当てた。
「よぉ、久しぶりだな」
《ホントだよ、お兄ちゃんったら……自分からは絶対電話くれないもんね》
電話口から聞こえたのは、幼い少女の声だった。
それは弾んでいながらも怒りを含んでいて、朔夜は苦笑する。
「悪かったって。時間空くのが大体夜遅くだからよ、そうなるとお前寝てんだろ?」
《もー!私だってもう小5よ!?いつまでも子ども扱いしないでよね!》
「小5なんて充分子どもだろーが……っと、そういや父さんは元気か?」
電話越しに兄妹は久しぶりのやり取りをし、兄は父の様子を窺う。
実は、朔夜は母子家庭である。
小学5年生…現在の妹と同じ歳のときに、両親が離婚。
話し合いの結果朔夜は母、妹は父が親権を持つことになり、家族は今の形となった。
《元気よ。仕事仕事で家庭を顧みず、相変わらずの独り身。あ、私が居るから二人身ね》
「そういや、また離婚したんだったか?」
《そうそう!私にはやっぱり母親が必要だからとか何とか言って…結局こうなるんだったら私、別に新しいお母さん要らないし、いざとなったらお母さんとお兄ちゃん頼るし!って言ったら黙り込んじゃってさ》
今では笑って話している彼女だが、離婚した当時は更に幼かったせいか…嫌だ嫌だと泣きじゃくっていたことを思い出す。
両親共働きであるため、割と遅い時間まで子ども2人だけで過ごすことも少なくなかった。
そのため妹は誰よりも兄に懐き、離婚の際は母親と離れることより…兄と離れることを嫌がっていた。
《あんなお父さんだし……私が支えるしか無いのよ、もう》
そんな彼女が、随分と成長したものだと朔夜は感じた。
それと同時に、自分の兄としての未熟さも目の当たりにしたような気がする。
《あ…そうだ、お兄ちゃん!今度いつ会える?出来たら9月!2週目の土日!》
「おい、それ殆ど決まってんじゃねぇかよ……まぁ、天気次第だな。一応日曜で」
《あれでしょ、土曜日は布団干すつもりだから…ってことでしょ?もう、お兄ちゃんもすっかり主夫だよね》
「………まぁな」
女手一つで朔夜を育てて行くことになり、以前よりも仕事に打ち込み始めた母親。
最初はそんな母親を助けたい、と言う思いからやるようになった家事だった。
《じゃあ、夕飯の支度あるから切るね!日曜日、楽しみにしてる!》
「ああ、またな……暇梨」
電話越しでさえ、妹の名前を呼ぶのは久々だった。
時々暇梨から近況報告としてメールを貰うが、それに対しては相槌程度の返信しかしない。
お互い関わりたい気持ちはあるが、それぞれの生活を考えてなかなか一歩が踏み出せないのだった。
今回、暇梨が会う約束をした理由は勿論分かっている。
割と細かく日程を指定されたのも。
「……マメ、だよなぁ…アイツも」
暇梨は、朔夜の誕生日を絶対に忘れない。
毎年必ず誕生日に近い休日に約束を付けて、プレゼントを手渡してくれる。
そのことが、申し訳ないと思いながらもとても嬉しかった。
「誕生日か…」
ふと、この間久しぶりに顔を合わせたミナモのことを思い出した。
トレードマークと言える程しっくりと来る茶髪ツインテールに、含みを持ちながらも憎めない笑顔。
荒んでたあの頃の自分を、救ってくれた恩人。
色々と無茶苦茶なときもあったけど、誰よりも尊敬している。
「………寂しいな」
そんな彼女も、恋人が出来た。特別な人を見付けた。
仲間だったミナモが高校に進学し、他と交流を持つことに対する疎外感。
それよりも、心苦しい最も強い原因があることに、朔夜は気付いていなかった。
恋愛感情。
周囲に居る誰もが、朔夜の好意を勘付く程あからさまな態度ながらも……本人に全く自覚は無かったのだった。
‐‐――
「よぉ」
新学期が始まってもなかなか顔を出さなかった朔夜が、漸く姿を現したのは9月も半分以上が過ぎた頃だった。
彼にしてはあまりにも長い不在であり、口に出さずともかなり心配していたLPGメンバーは内心喜んだ。
「あ、小野寺先輩!お久しぶりです!」
抱き着かんばかりの勢いでやって来た直が、あるものに気付く。
「先輩その首の、カッコイイですね!」
直の指差す先には、朔夜の胸元で鈍く光る銀色の髑髏。
それは黒い紐が付いていて、ペンダントになっていた。
「ああ……これは、妹からの貰い物だ」
「え、朔夜…妹居るの!?」
「おう、小5のな」
少し離れた場所から2人の様子を見ていた李安が、その言葉に反応して声を上げる。
「まぁ、今は別々に暮らしてるけど…」
「それって…」
「親が離婚してるからだよ。今時、珍しいことでもねーだろ?」
直は、その言葉で先日出会った暇梨と言う名の少女を思い出す。
しかし…そう言いながらも、寂しさを隠し切れていない朔夜に対して、これを質問するのも躊躇われた。
そして何よりも、今の朔夜に…ミナモに関する話をしようとは思えなかったからだ。
「俺は母親に、妹は父親にそれぞれ引き取られた。妹とは時々会うけど……父親は、あの日以来だな」
『あの日』と言うのが、離婚し別々に暮らし始めた頃であることは…聞かなくても分かった。
3人は似たような話を、この間何処かで聞いた気もしたが、詳しく思い出せない。
空気が重くなって来たのに気付いた朔夜は、暑い暑いと、わざとらしく窓を開けに行った。
――‐‐
時は少し遡り、8月中旬。
久々にかつての仲間達と再会し…自分の心配事を押し付けたことで、根底にはまだ不安を残しつつも大分気が楽になったミナモは、LPGの教室を出てもう1つの目的地へと向かった。
『よ、生徒会長居るか?』
既に卒業をした身だと言うのに、遠慮無く生徒会室の扉を開けて中に入って来た人物に…生徒会長こと、黒崎哲は大きく溜息を付いた。
『美芳野先輩。卒業生は来客扱いとなるため…先に職員室に顔を出して、プラカードを受け取ると言う規則の筈ですよね?』
『あー……そーゆう、堅苦しいの止めへん?いちいち面倒やんか』
『………種田くんが居たら、真っ先に怒られてますよ』
『種田…ああ、うちの引退後に入って来た副会長か。真面目そうな感じやもんな』
そう言って、ミナモは僅かに記憶に残る眼鏡の少女の顔を思い浮かべた。
『そういや、朔夜は上手くやっとるか?』
『まぁ、はい。種田くんとはいつも衝突してますが』
『若さやな、若さ!その辺が子どもらしくてえぇわ、哲は少々ジジむさいかんな』
『はぁ…』
『ま、根は良い子やさかい……元生徒会長のよしみとして、うちからも宜しゅう頼んますわ』
ツインテールを揺らし、頭を下げるミナモの姿があまりにも意外で……しかし彼女らしいと哲は感じた。
『勿論です。何だかんだで、こちらも小野寺くん達LPGには世話になっている。安心して下さい、美芳野先輩』
『……あーあ、結局いつまでも哲はうちのこと「ミナモ姉さん」って呼んでくれへんかったな。強制言うたのに』
『理不尽な命令は、いくら生徒会長相手と言えど無視しますよ』
哲は過去を振り返る。
副生徒会長に立候補し、見事当選。
同じく生徒会長に立候補して当選したミナモの無茶苦茶ぶりに振り回されたり、素直に感動したり。
たった1年間、されど1年間。濃密な学校生活を過ごした。
何処か憎めず、不思議な魅力を持ったミナモと…。
『んーまぁ、あの朔夜が上手くやれとるんやったら、この先も大丈夫やろ!』
お邪魔しましたわ、と言って嵐のように去って行ったミナモの影を追うかの如く、生徒会室の出入口を暫く見つめていた哲が、小さく呟いた。
『やはりあの人は、こちら向きの人間では無いな…』
浜中中学校を、より良くしたい。その思いは同じ。
しかしやり方は違う。彼女が……ミナモが居なければ、LPGに所属している彼等のような者達は救えなかっただろう。
それが哲には、よく分かっている。
『すみません会長!資料探しに手間を取り………どうしました?』
目の前のドアが開き、ちょうどミナモがここに居る間、図書室に足を運んでいた冴子が戻って来る。
どうやら、冴子が怪訝な顔をしてしまう程不似合いな表情をしていたようだ。
哲は、苦笑した。
『何でも無い。さて、資料をくれるかな?』
ミナモが生徒会を引退し、約1年。
自分が生徒会長となり、新しいメンバーを率いてやって来た。
黒崎哲は、己らしいやり方で。
『ありがとう、種田くん』
『え!?あ、はい……』
LPGの絆には及ばないかもしれないが、彼は彼なりに今の生徒会メンバーを信頼し好意を持っている。
(これで、良い)
そんな哲の心中に応えるかのように、窓から優しい風が入り込んだ。
4話終わり。
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