2話・孤独の姫君(プリンセス)




園実秋そのみあき

ぶっちゃけお節介な…あたし、孫李安の友人。




大分寒さも緩んで来た、5月上旬。

新たな5人となったLPGのメンバーは、いつものように無名の教室で放課後を過ごしていた。


「と言うかー朔夜とかは1日中ここに居るんじゃないのー?」

「ちょっと怜時、ナレーションにツッコミ入れたら駄目でしょ!」

「えー良いじゃん別にー」


間の抜けた中性的な……怜時の声と、滑舌のあまり良くない高めな……李安の声が響き渡る。


「ちょっとー何事も無かったかのようにナレーション続けないでよー」

「良いから、無視してあげましょうよ」

「李安うるさいー」

「何だって!?」


日常茶飯な2人の言い合いが始まったところで、他へ視点を移してみよう。

机に座り、何やら資料を見つめている朔夜の横で興味有りげに身を乗り出し、同じく資料を見つめる直の姿がある。


ちなみに先程5人と告げたが、今日は唯一の2年生メンバー…神は来ていない。

基本的に不登校である彼女は、大体は朔夜が呼び出しを掛けないと学校にすら来ないのだ。


「………あー覚えらんねー!!!」


突如、朔夜が声を張り上げる。

と同時に資料を放り投げ、危うく床に散らばりそうになったそれを、直がしっかりとキャッチした。


「あの種田クソ真面目女め!なーにが『貴方、同級生の顔と名前を把握して無さ過ぎよ。最低、各部部長の顔と名前くらい覚えなさい』だ!めんどくせぇ!!」

「でも小野寺先輩、栽培部と読書部の部長は覚えましたよね?」

「そりゃあ栽培部はこの間の依頼関係者だし、読書部はあの種田本人じゃねーかよ!わざわざ資料用意すんなよ!てめーの情報なんか要らないっつーの!!」


怒りと共に…更に言葉を吐き捨てる朔夜に気付き、怜時と取っ組み合いになってた李安が近付く。

険しい顔をしてる朔夜と違い、李安は楽しそうに笑っている。


「じゃあさ、実秋の資料もあんの?」

「ああ?『みあき』?」


相変わらず不機嫌そうに、低音で朔夜が返す。


「実秋って……新堂先輩の親友で、料理部部長の『園実秋』さんですか?」

「そう!」


軽く首を傾げて横入りして来た直に向かって、李安は満面の笑顔で頷く。


「あたしの……大切な、友達よ」

「そうだったんですか」


直はそう返して、手元の資料をあさる。

手芸部部長・斉木麻鈴さいきまりん、イラスト部部長・長品真澄ながしなますみ……などと、他の部長の資料を飛ばし見ている内に、料理部部長・園実秋の資料を発見した。


「あ、確かにこの方……新堂先輩とよく一緒なのを見ます。元気な方ですよね!」

「そうね。誰に対しても、明るくて分け隔てなく接することが出来て…更に他人の悪口は言わない。本当に良い子なの」

「新堂先輩も、同じこと言ってました。いつも助けられてるって」

「助けられてる……か。あたしもそうだった…」




――‐‐


〈毒蛇の姫君〉

天然パーマのロングの黒髪を靡かせ、鋭い目付きで睨み付けて来る彼女は、まるで蛇女のようだ…と。

誰かが口にしたのをきっかけに、彼女に付けられた通り名。

そこらの、口先だけは達者な下っ端の不良レベルは、余裕で倒す。

力にも威圧感にも長けた女ボスに、大層崇拝していた奴も……少なくない。


彼女は、学校が大嫌いだった。

小学生のときはイジメに遭うし、現在は喧嘩を売られるか、怯えた目で見られるかのどちらか。

ちっとも楽しくないからだ。


しかし毎日することも無く暇なため、気紛れに学校に来ることもある。

今日がちょうど……その日であった。

鍵が空いていた家庭科室に侵入し机に伏せている内に、室内の静寂に誘われて李安はいつの間にか眠りに着いていた。




『おーい!』

『ってぇ!!!』


安眠を邪魔するかの如く、誰かが李安の肩を思いっきり叩く。

慌てて顔を上げてみると、そこには肩で切り揃えられた、緩いウェーブ髪の少女が居た。


『あれ、貴女見たことある気ぃするんだけど……何年何組?』

『ああ?2年だけど………何組かは知らねぇ』

『え!?自分のクラス知らないって……大丈夫?』

『行かねーから知らねぇ』

『…………もしかして貴女、うちのクラスの孫李安ちゃん!?』

『何であたしの名前知ってんだよ』


口から出たときには、もう遅かった。

自ら自分の正体を暴露してしまったことに、李安は落胆する。


『えー!こんなとこで会えると思ってなかった!』


そう言って喜んでいる謎の少女が、李安には全く理解出来なかった。

怯えも崇拝も彼女からは感じられず、そう、普通に接している。


『あ、あたしは園実秋って言うの。宜しくね李安ちゃん!』

『そ』


聞いてねぇよ。

そう心中で呟きながらも、嫌では無いと言う…この感情は一体何なんだろうか?


『で、アンタ。こんなとこに何か用かよ?』

『折角名前教えたのにぃ……もう。まぁ良いわ、あたし、料理部の部員だから』

『……へぇ、部活…ねぇ…』


皮肉めいた笑いを浮かべながら李安は立ち上がり、出入り口へと向かう。

誰かと和気あいあいと行う活動なんか、全く興味が無い。

そう思ったのだが、実秋に腕を掴まれたことで逃げることは叶わなかった。


『……んだよ、離せ』

『ね、折角だから試食してってくんないかな?今日、あたし一人しか来れないみたいだからさ!』

『はぁ!?』


強引にまた椅子に座らされて、李安はもう一度立ち上がる気力さえ湧かなかった。

ちょうど、何か食べたいと思っていたところ。

ペースに呑まれたのが癪なので、そう思い込んで納得することにした。




『李安ちゃん、甘いの好き?』

『……嫌いじゃない』

『じゃあ決まり!今日はマーブルクッキー作ろうかと思ってさ♪』


そう言って、実秋は調理の支度を始める。

暇なので、仕方なくそれを見つめるしか出来ない李安。

しかし料理をすることに縁の無かった彼女には、実秋が用意している器具の名前どころか、使用方法すら検討が付かなかった。


『えへへ、実は冷蔵庫に生地は寝かしてあるから、あとは型取って焼くだけなんだ』


説明されたって、何を言ってるのかさっぱり分からない。

より一層不機嫌そうな顔をする李安に気付かず、実秋は鼻歌混じりにクッキーの型を抜いて行く。

取り敢えず李安は、銀色の枠の使い方を理解出来た。


『よし、後はオーブン入れてっと!もうちょっと待っててね、李安ちゃん』


実秋が調理を終えて、李安の正面に腰掛ける。

何やらニコニコとこちらを見ている実秋に、思わず。


『…何がそんな楽しいんだよ?』


問うていた。

実秋は予想もしていなかった質問に目を丸くしながらも、当然と言うように迷わず答える。


『嬉しいからよ』


そんなもんは見れば分かる。

だから具体的に何が嬉しいのか聞きたいのに。

と思っていると、実秋は元々から先の言葉を繋げるつもりだったらしく、間もなく続きを口にする。


『李安ちゃんと話せたことが。2年になって、もう1ヶ月経ったのに…李安ちゃん全然学校来ないんだもん。話したくても話せないじゃない』

『………ふーん…』


軽く返してはいるが、李安の心境は全く穏やかじゃなかった。

自分と話せて嬉しいなんて。そんなことを、言われるとは思っていなかった。


暫く沈黙が続く。

と…チーン、と高い機械音が響き渡り、直ぐに実秋は目を輝かせて立ち上がった。


『焼けた!』


早足でオーブンへと向かい、焼き上がったクッキーを中から取り出す。

そんな様子を、頬杖を付いて見ている李安にも香ばしいバターの匂いが伝わり、何となく食欲が湧いた気がした。


『出来たよー!』

『あ…』


つい、声が漏れる。

爽やかな笑顔を浮かべ、ただ前しか見ずに駆け寄って来る実秋が、顔から綺麗に床に倒れ込んだ。


『いたた……』


床にある、僅かな段差につまづいたのだろう。

もちろん、言うまでもなくクッキーは全て下に落ちてしまった。


『大丈夫かよ…?』

『んー…ごめん。折角良い感じに焼けたのに……これじゃ食べられないね』

『いや、あの……アンタが』


自分の身よりもクッキーを気に掛ける実秋に苦笑を零しつつ、思わず李安は彼女に向かって手を差し出していた。


『あ、ありがと』


李安の手を取り、実秋はゆっくりと起き上がる。

彼女の額や膝は打ち付けたせいか赤くなっているが、擦り傷や火傷は無さそうだ。


『はしゃぎ過ぎだ。子どもじゃねぇんだから…』

『あはは……早く李安ちゃんに食べてもらいたくてさ』


いちいち、実秋の言うことには気恥ずかしさを感じる。

誰かが自分のために何かをしてくれる。

それが李安にとっては、久々過ぎて。


李安はしゃがみ込み、床で砕け散ったクッキーをじっと見つめる。

そしてそれを1つ拾い、口に入れた。


『ちょ…!?』

『……まだ食えるだろ。床に落ちたくらいで気にすんじゃねーよ』

『………アハ……ハハッ!もー駄目!!いちいちツボだよ李安ちゃん!!』

『うるせーよ』


少し恥ずかしそうに頬を赤く染めながらも、食べるのを止めない李安に、実秋の笑いも収まらない。


『ありがとね、李安ちゃん』

『………別に。取り敢えず、美味かったぜ。ごちそーさん』


笑い過ぎて瞳に溜まった涙を拭いながら実秋が言い、それに対しクッキーを完食した李安は、僅かに染まった頬を隠すように素っ気無く返す。

家庭科室を去ろうと彼女に背を向けそのまま足を一歩前に進めた李安に向かって、実秋は言葉を続けた。


『明日!学校来たら、真っ先に教室来なさいよ!カップケーキ作って持って来るから。食べに来てよねっ!』

『…………バァーカ、誰が行くかよ』


小さく呟いたその一言は、果たして李安に届いたのか否か。

確認する間も無く、李安はその場を後にした。




次の日の李安の行動は、昨日の呟きを覆すものだった。

ふと気が付くと李安は、実秋の居る筈の教室……つまり自分の在籍する教室の前に、立ち尽くしていたのだ。


『……安易なもんだな…あたしも』


李安は自嘲気味に呟く。

誰かを信じることを、あんなに怖がっていたのに。

たった1人の優しさに触れただけで…こんなにも脆く、頑なな壁が壊れてしまうなんて。

赦された気になるなんて。


『………バカらしい』


帰ろう。

そう思って後ろを振り向いた瞬間、何かにぶつかる。

『きゃ』と小さい声を出したこと、柔らかく温かかったことから、李安は視界に入れずともそれが人だと分かった。


『ご…ごめんなさい…』


自分の視点よりも遥かに下に映る、茶髪の少女。

こちらを見上げている彼女の目にはうっすら涙が浮かび、怯えた表情をしている。


やっぱり。

自分に対する見方はこう。これが普通。

あの娘が、特別だっただけ。

なのにどうして、こんなところまで来てしまったんだろうか。

甘い誘惑にそそのかされて、全てが自分を受け入れてくれるような。

そんなのは、気のせいだと言うのに。


『あ、おっはよー文子!』


聞き覚えのある声に李安が振り返ると、そこにはまさしく昨日話した少女…実秋が居た。

文子は直ぐ実秋の方に視線を移し、彼女に抱き着いた。


『みあ…み…実秋……私…』

『どうしたの文子?お、そこに居るのは李安じゃないの!』


幼い子どものように実秋の胸で泣きじゃくる文子の頭を優しく撫でながら、実秋は漸く李安の存在に気付く。

彼女の昨日と変わらない態度に嬉しさを感じながらも、それを表に出さないよう李安はワザと無表情を作った。


『ちゃんと来たのね、偉い偉い』


文子と同じ感覚で、李安の頭も撫でる実秋。

もちろん素直に受けられる筈も無く、顔を赤くして突っ撥ねた。


『つかっ……アンタ、いつからあたしを呼び捨てに…!!』

『今日からだけど、嫌?』

『嫌じゃねぇ!!』

『じゃあ良いじゃない、李安』


つい、本音が出た。

冷静ならば、絶対口には出なかった気持ち。

言葉にして、改めて理解した。

そうだ。嫌じゃないんだ。


『あ、紹介しとくわね李安。この子はあたしの親友で、新堂文子って言うの!超ド級の人見知りでさ、未だにあたし以外に友達居ないのよねぇ』

『ちょ、実秋!それ言わなくても良いじゃない…』


未だ実秋から離れようとしない文子を見て、確かに…と納得してしまう。

それと同時に、自分だから怯えられている訳でも無いことにも、安心してしまった。


ふと、李安は周囲に目を向ける。

今までは…あんなにも人の視線が気になっていたと言うのに、こうして冷静になって見てみれば何でもない。

思い込んでる部分があったと……気付かされたんだ。




‐‐――


「でも結局……あたしが心を許したのは実秋だけだったわ。他の子と話すことも無くは無かったけど、やっぱり実秋以外は身構えちゃう」

「そうだったんですね。やっぱり、園先輩って凄いな…」


そう呟いてから、「あ、でも…」と直が続ける。


「LPGって、園先輩居ませんよね?何で入ったんですか?」

「それは………そうね、実秋よりも、もっと強力な人が居たからね」


李安の一言を聞いた朔夜も力強く頷いたことから、直はそんなに凄い人なんだな…と思った。


「多分、いつか会えると思うわよ」

「分かりました!楽しみです」

「楽しみ……まぁ…」

「確かに、宝条ならあの人のペースについて行けるかもしんねぇな…」


苦笑する2人に対し、ニコニコと笑顔を浮かべる直。

その姿が何だか『あの人』と被って、ますます苦い顔になった。


ふと李安は、そう言えば1人取り残されてる怜時の方を見る。

何をする訳でも無く、机にダラリと身を預けている彼を見て、李安は小さく笑みを零した。




――‐‐


『え!?李安、好きな人出来たの!?おめでとう!』

『っ……あんまデカい声で言うんじゃねーよ…恥ずかしい。あたしだって、何でアイツなんだか分かんないし……』

『良いじゃない良いじゃない、頑張ってね李安。あたしは応援してるから!』

『………ありがとう、実秋』




‐‐――


「何よ、アンタ1人だけ輪から外れて」

「別にー僕、李安の昔話とか聞きたくないからー」

「まぁ別に…あたしだってアンタに聞いて欲しくなんか無いわよーだ、このバカ怜時」

「あーあー……何で今日、神ちゃん来ないんだろうなぁー。女の子ー」

「あたしも一応、女の子なんですけど?」

「えー何処がー?」

「何!?」


そして始まる、いつもの言い合い。

その合間に、李安は小さく呟いた。


「アンタが居るから、今あたしはここに居るんだからね」

「え、何?」

「何も言ってないっつーの、このバカっ!」

「ぷぎゃ!!」


李安のパンチが、怜時の腹にヒットする。

俯く怜時と何となく上を見上げる李安の、両者の顔が僅かに赤くなっていたことに……誰も気付くことは無かった。




2話終わり。

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