LPG
水無月仁久
1話・小さな騎士(ナイト)
某県某市、浜中町にある市立浜中中学校。
そこには、委員会でもない、部活でもない、『とある集団』が存在した。
ここは生徒会室。
C棟と呼ばれる校舎の3Fにあり、『相談・雑談大歓迎』の謳い文句を掲げているものの…日の当たりが悪く薄暗い場所に位置するそれは、何処か一般生徒が入りづらい雰囲気を醸し出している。
また…この謳い文句を考案した前生徒会長と違い、現生徒会所属は厳格な印象の強い面子が多いため、気軽に足を運ぶことが躊躇されるのも、事実である。
それ故に、生徒会所属の生徒以外の立ち入りが滅多に無い、この教室。
その扉が今…そこにあまりにも似つかわしくない金髪の生徒の手によって、開かれた。
「来たか、小野寺くん」
静かな空間に、静かな声が響き渡る。
金髪の生徒を出迎えたのは、学校指定の制服を完璧に着こなした、黒髪の少年。
彼こそが、現生徒会長・
「4月始まって早々依頼とは……俺達の扱いも随分慣れて来たみたいだな、生徒会長さんよぉ?」
金のクセ毛を揺らしながら
かなり着崩した制服姿の朔夜に対していつもの如く少し怪訝な目を向けながらも、哲は話を続ける。
「……今回の依頼は、栽培部が管理している花壇を荒らしている、犯人の特定だ。詳細は…種田くんから話してもらう」
「はい、会長」
哲の隣に、これまたきっちりと制服を着こなした…眼鏡の女生徒がやって来た。
肩より少し上で切り揃えられた黒髪は、哲の漆黒に比べて少し緑掛かっている。
哲と同じく、一目で真面目で厳格な印象受ける彼女は…
現副生徒会長である。
「ところで小野寺くん。いつもここに入るときは、せめて服装くらいきちんとして来てと言ってるわよね?本当はその髪色も何とかして来て欲しいけど、そこは百歩譲ってあげてるんだから…」
冴子は哲と違い、朔夜に対して思ったことは毎回はっきり口にする。
いや、哲の場合は立場上…感情的になってはならないと、抑えているだけなのだ。
つまり、冴子の意見は彼の意見とほぼ同一。
それ故、弁解をすることは殆ど無い。
「そんなことより種田、さっさと依頼の詳細教えろよ」
「そんなことって…!!………まぁ良いわ、これ以上は確かに時間の無駄かもしれないし。貴方に割くための無駄な時間、私には無いから」
いちいち癇に触る奴だな…と思いながらも、朔夜は冴子の次の言葉を待つ。
生徒会からの依頼をこなすことは、『LPG』の存在理由であり、価値であるから。
2代目リーダーである朔夜も、哲と同じく自分の立場を考え、大人しく冴子の話に耳を傾けた。
「依頼……と言うよりは、これは独断に近いわね。栽培部の部長は、私の友人なの」
そもそも、朔夜は栽培部の部長どころか…栽培部と言う存在すら知らなかった。
もちろん部長も誰だか分からないし、更にそれが苦手な奴…冴子の友人と聞けば、あまり良い印象は持てなくなった。
まぁ後に、冴子とは真逆のタイプだと知ることになるのだが。
「彼女、物凄く抱え込みやすい性格だから……少しでも力になりたくてね」
「だったら、お前が犯人捕まえれば良いじゃねーか」
「あら、あなた達お役御免になりたい?」
不敵な笑みを浮かべる冴子に、朔夜は何も言い返せなかった。
せめても…と軽く睨み付けてみたが、彼女の表情は全く変わらない。
「犯人を特定し……そうね、証拠に写真を撮って来て頂戴。それが1番簡単でしょう?」
「分かった。……でも良いか?これはお前のためでもお前の友人のためでも、生徒会のためでもねぇ。俺達が『LPG』の一員である限り、『LPG』を創った『あの人』の気持ちを無下にしたくない。ただそれだけなんだからな!」
格好悪いと思いながらも、朔夜は吐き捨てるように一気に言葉を放ち、勢い良く生徒会室を後にする。
暫く呆然としていた2人だったか、ふと顔を見合わせて、微笑う。
「彼も、悪い奴では無いのだがな」
哲の呟きに、冴子は小さく頷いた。
‐‐――
『LPG』とは、『Life Protect Group』の頭文字を取ったもので、直訳で『生活を守る集団』である。
英語として文法がめちゃくちゃと言うか、ただ単語を並べているだけなのだが…LPGのメンバーは学力に乏しい生徒の集まりがために、それに気付いた者は命名者含め、誰1人居ない。
「ああ、栽培部の部長なら知ってるわよ。あたしの友達の友達だから」
「えー李安、友達とか居るんだー」
「うっさいこのバカ怜時!」
ちょうど生徒会室の真下、常に鍵が掛かり黒いカーテンで窓も扉も覆われた、無名の教室が存在する。
3F同様廊下は薄暗く、近寄り難い雰囲気を放つその教室に近付くものは、少ない。
「お前らいい加減にしろ!」
言い争う少年少女の間に立ち、複数のプリントを丸めた物で2人の頭をポカッと殴ったのは、先程の金髪の少年…朔夜だ。
「痛いんだけどー朔夜」
かなり間の抜けた、中性的な声を上げたのは、怜時と呼ばれた少年の方だ。
日本人にはかなり珍しい…紫掛かった長髪を、首の後ろで緩く束ねている。
眼鏡を掛けていて一見知性的で大人っぽく見えるが、実は中身は真逆でかなり子どもっぽい。
「当たり前だ、殴ったんだから」
「ちょっと朔夜、あたしはレディーなんだから手加減してよね!」
決して滑舌が良いとは言えない、如何にも少女らしい声で文句を挙げたのは、
真っ黒な長髪は左寄りに三つ編みされていて、前髪は横分けにしているために、額は殆ど晒されている。
「えー李安の何処がレディーなのー?」
「黙れ!」
怜時の一言でまた火種が付き、口喧嘩が始まる。
いくら止めても始まるそれを見て、朔夜は半ば諦めたように溜息を吐いてから、呟いた。
「悪いな、宝条。相変わらず騒がしくて」
「いえ、賑やかで楽しいです」
朔夜の言葉に茶髪でショートカットの人物が反応する。
にも関わらず、現在身に纏っているのはフード付きのパーカーと膝丈の半ズボンと、制服では無い。
気になって初日、朔夜も尋ねてみたのだが…直は核心を突く部分を上手くはぐらかした。
そのため理由は定かでないが、簡単に言うならば制服嫌い…だそうだ。
「僕も、早く皆さんみたいに仲良くなりたいです」
「ちょ、直!別にあたしと怜時は仲良くないからね!?」
「そうそうー。僕、李安の友達になった覚え無いからー」
「あたしだって無いわ!バカ怜時!!」
ちなみに、朔夜、怜時、李安の3人は全員3年生。
他にも…今ここに居ない2年の女生徒を含め、現在LPGは計5人の生徒が所属している。
委員会でも、部活でもない。一般生徒には知られていない、謎の集団…LPG。
実はメンバーの殆どが、心に闇を持つ……所謂不良達の集まりである。
‐‐――
腰まで伸びた灰色の長髪を風に靡かせ、眼帯を付けていない左の目で男達を見据える。
彼女の外見は、かなり異色であった。
右目には眼帯、額には包帯、胸にはサラシ、制服ではあるが女子のそれでは無く、男子用のズボンを穿いている。
それでいて男子規定の学ランを着る訳でも無く、上は白いYシャツ1枚。
そして、極め付けは……背中にくくり付けた、学校でよく見掛ける形の…箒。
「来いよ」
短く言い、神はその箒をまるで刀のように構えた。
笑っている。不気味な笑み。愉しくて仕方ない、そんな顔。
4人の男達が、一斉に神に襲いかかる。
多勢に無勢。そんな状況に見えるが、神は全く表情を崩さなかった。
箒を見事に操り、舞うように男達をなぎ倒して行く。
「ちっ、手応えすらねーな。てめーら」
笑った口元から一転、興味が失せたと言うようにへの字に結ぶ。
動かなくなった彼等を一瞥し、彼女は『相棒』と称す箒をまた背中へとくくり付けた。
『破滅の魔女』
箒に乗って空を飛ぶ、魔女と掛けて付けられた…神の通り名である。
神は、殆ど学校に来ることがない。つまり、不登校と言うやつだ。
一昔前は気紛れに学校にやって来て、特に何をするでも無く校内を彷徨ったり昼寝をしたりして帰る…なんて言う生活をしていたが。
今は、そうは行かない。
「来たか、大河内…」
神が見た久々の朔夜の顔は、疲労し切っている。
理由は…大声で言い争う先輩2人の姿と、机と椅子がグチャグチャに乱れている室内を見れば、簡単に察しが付いた。
「何だ。新しい依頼は、コイツらをぶっ潰すとかか?」
「そんな訳無いだろ。あ、でもちょうど良い……大河内、アイツら止めてくれ」
朔夜の言葉に、無表情だった神があからさまに嫌な顔をする。
しかしそれも一瞬のこと。直ぐニヤリと笑いを浮かべて、言った。
「………めんどくせぇが、まぁ良いか。天音堂はまだしも……」
言いながら神は素早く箒を構え、怜時と李安に向かって駆け出す。
ほぼ無防備に神に腹を叩かれて倒れた怜時とは違い、李安は振りかぶる箒をガッシリと掴んだ。
「李安さん、アンタとやれるのは楽しい」
「あら、神。昔、散々あたしにぶちのめされたこと、忘れた?」
「今の腑抜けたアンタに、負ける気なんかこれっぽっちもねーな」
「ぴぎゃ!!」
妙な声を上げたのは、床に伏している怜時。
目の前の相手しか見えていない、2人のどちらかに踏まれたようだ。
先に仕掛けたのは、神だった。
槍のように、剣のように……本来の使用用途とはかけ離れた棒を、容赦無く李安に突き付ける。
それに対し、李安は武器を一切使わない。
しかし己の体の柔軟さを生かして、神の箒を見事に交わす。
その度…床に倒れた怜時が踏まれ奇声を発していることは、誰も気にしない。と言うか、気付いていない。
「何だ、逃げ回ってばかりじゃねーか。『毒蛇の姫君』さんよぉ?」
「っ…!?昔の通り名、掘り返さないでくんない?姫君とか……柄じゃない!!」
「そーそー李安に姫なんて似合わ………んぎゃあああ!!!!」
今度は…ワザと李安は今までより一層、怜時を深く踏み付けた。
「………神。今あたし、めちゃめちゃ腹立ってるから……本気で行くわよ?」
指を軽くポキ…と鳴らした李安の、目付きが変わる。
鋭く獲物を捉える、飢えた獣のようなその目は……神よりも厄介な、当時最凶の不良だったときの、孫李安のもの。
とある出来事をきっかけに、『毒蛇の姫君』を引退した今でも……それが完全に消え去ることは、無いようだ。
そんな李安を見て、遂に神が本気で笑った。
彼女の求めていた者。強い者。自分と同じ匂いを感じる者。
望んでいたそれを前にして、神は正常では居られなくなっていた。
「良いぜぇ……充分に私を楽しませてくれよ…」
体を震わせながら、神は箒を構える。
もちろん李安も拳を作り、攻撃体制は万全。
しかし……同時に飛び掛かったそれぞれの攻撃が、互いに当たることは無かった。
「いい加減にしろお前らぁっ!!!」
張り詰めた空気の中に、朔夜の怒声が響き渡る。
右手で神の箒を、左手で李安の拳を掴み、彼はこれ以上の乱闘を阻止していた。
「大河内!俺はお前に、2人を止めろっつっただろ!代わりにお前が暴れてどーすんだよ!?」
「っ…」
「李安も!乗るな!!」
「はい……」
押し黙る2人の様子を見て、溜息を吐きながらパッと両方の手を離した。
ちなみに…知らず内に朔夜は、完全に動かなくなった怜時を踏み台にしている。
「ほら、散らかった部屋片付けろ。依頼の話出来ねーだろが」
そのまま朔夜は、近くにあった椅子にどっしりと座った。
女子2人は露骨に嫌な顔をしながらも、言われた通りグチャグチャに乱れた椅子や机を直し始める。
「……あれ?いつまで床に転がってんだ?怜時」
「朔夜も、結構酷いよねぇ……僕の扱い…」
朔夜の言葉に反応し言葉を発した怜時だったが、また直ぐに意識を失った。
‐‐――
「大河内先輩、怪しい人居ますか?」
《今んとこ誰も居ねーよ。つーか、誰か来りゃ宝条にだって見えんだろ》
翌日の放課後。
早速LPGのメンバーが、『栽培部の花壇荒らしの犯人探し』の依頼に当たっていた。
ちなみにそれは…神と直の下級生2人だ。
「大体、これ効率わりーだろ。いつ現れるか分かんねー奴を張ってろとか」
《まぁ良いじゃないですか。どーせ暇でしょう?大河内先輩》
「うるせぇ!!」
2人はそれぞれ、別々の場所で花壇を見張っていた。
神は校舎の死角。直は花壇近くの桜の木の上で、生徒会から借りたデジタルカメラを構えている。
ちなみに連絡手段は、携帯電話だ。
「しっ。………誰か来ます」
神の居る場所から正反対の方向、指定の学ランを着た生徒と思わしき人物がこちらに近付いて来る。
生徒会からの情報だと、栽培部は女子生徒しか居ないそうなので、特別何がある訳でも無いこの場所に近付く彼は、充分に怪しい。
「大河内先輩。いきなり接近して攻撃とか駄目ですからね」
『…………ち』
電話越しに小さく舌打ちの音が聞こえた。
やっぱりそのつもりだったんだな…と思い、直は苦笑する。
ガサ
僅かな音だが、静かな場所だったため充分に聞こえた。
やはり男子生徒は花壇に近付き、土足で踏み入る。
何度も何度も乱暴に花を踏み付けるその姿は、例え花好きで無くとも心傷む光景だ。
慌てて証拠写真を撮ろうと、直がカメラを構える。
「止めて工藤くん!!!」
突如、そこに居た誰のでもない声がその場を支配する。
工藤…と呼ばれた人物が来た方向と同じ、茶髪の大人しそうな女生徒が花壇にゆっくりと近付く。
「新堂…」
「《新堂…!?》」
その名前には、2人共聞き覚えがあった。
(……そういや、副会長の奴が依頼じゃなくて独断だって言ってたらしいな。なら、部長本人が動くのもおかしかねーか…)
神は心中呟きながら、文子の様子を観察する。
普段は温和であろう雰囲気。しかし今は怒りからか、鋭い目付きをしている。
「栽培部の部長として、言わせてもらうわ。これ以上、花を傷付けるのは止めて!!」
「は?知るかよ」
工藤は開き直ったのだろう、悪びれた様子も無くそう言い放つ。
そんな工藤の姿に、木の上からそれを眺めている直は憤りを感じた。
「必死んなって……バカじゃね?こんな、誰も見ないような場所の花の世話して。ああ、内申点とかかよ?」
「違う!私にとって、花は私の大好きな友達のようなものよ!」
「花が友達とか……気持ち悪い奴。そういやお前、人間の友達殆ど居ないもんなー!」
明らかに馬鹿にする口調で話す工藤の言葉を、文子は唇を噛み締め涙を堪えて聞く。
幼い頃から、何度もこうやって馬鹿にされて来た。
内向的な性格故に人と関わることが苦手で、本当に花にばかり話し掛けていた時期もあったから。
(実秋…!)
文子は昔…今と同じような場面で自分を助けてくれた、現在は大親友の名を無意識の内に浮かべていた。
助けて。そんな思いが、彼女の心中に渦巻く。
しかし……ここに、その大親友は、居ない。
断ったのだ。いつものように、協力すると当たり前に言う彼女を、無理矢理納得させて。
『これは、栽培部の問題だから。部長の私が何とかしなきゃ』
半ば突き放すような言葉を、彼女はどんな思いで受け止めたのだろう。
だから駄目なんだ。頼ってしまっては、駄目だ。
「……貴方に、そんなこと言われる筋合い無いわ」
文子の声が、低くなる。
先程よりも一層鋭く睨み付ける瞳に……今までの怯えは無かった。
「そうですよ!」
そう言ったのは、文子でももちろん工藤でも無い。
それは…今日はクリーム色のパーカーに、カーキー色の半ズボン。
身長が低くかなり小柄で、一見すると小学生に見える人物のもの。
いつの間にやら高い桜の木から降りて来た、直だ。
(宝条…!?あのバカっ!!)
物陰から窺っていた神が、心中叫ぶ。
首にデジタルカメラを下げたままの直の姿は、如何にも怪しく見えるだろう。
「僕も花は大好きです。美しく咲いているのを見ると、とても癒されます。そんな花を友達だと言う先輩は、凄く心が綺麗で優しい方だと。僕は思います」
直の言葉に、文子は過去の記憶が甦る。
『新堂さんはね、心が綺麗なの!!』
小学生のとき。
私が、花に向かって話し掛けるところをクラスの男子に見られて…今みたく『気持ち悪い』って言われたことがあった。
何も言い返せなくて、悲しくて、辛くて。
そんなとき…たまたま通り掛かった、同じくクラスメイトだった実秋が、男子に向かって言ってくれた言葉。
これをきっかけに、私は実秋と仲良くなった。
「んだよこのチビ!!」
飛び掛かる工藤を、直は軽く避ける。
それがまた彼の怒りを刺激し、工藤は意地になって無茶苦茶に拳を振っている。
直は、余裕の表情だ。
「ふ……見掛けで判断するもんじゃねぇな…」
直を助けるつもりで箒を構えていた神だが、そんな姿を見て溜息と共に言葉を吐き出す。
口元に、僅かに笑みを浮かべて。
「クソ、コイツっ……ちょこまか動くんじゃねぇよ!!」
「っ、新堂先輩!避けて!!」
「え……きゃああっ!!」
工藤の拳が向かう先。
直が避けた今、そこに文子が居た。
渾身の力を込めて放たれたそれを受け、文子の体が地面に倒れる。
「先輩!!」
慌てて直が文子に駆け寄る。
それを隙と感じた工藤は、卑怯にも背中を向けた直に殴り掛かろうとした。
しかしそれは、未遂に終わる。
「無防備な状態のときに、後ろから攻撃かよ?アンタ、弱者の典型だな」
箒の持ち手が、工藤の喉仏を軽く圧迫する。
それにより…直に向かって寸前まで突き付けられていた彼の拳は、力を失いぶらりと垂れ下がった。
「大河内先輩、駄目ですよ出て来たらぁ!一応極秘任務なんですから!」
「てめーも人のこと言えねーだろが」
「うっ……。あ、それより新堂先輩!大丈夫ですか!?」
「はぐらかすなコラ。宝条」
殴られた箇所を押さえながら、半身起こした文子は呆然と目の前の見知らぬ2人を見つめる。
どちらにしても奇妙な服装の人物だが、自分を助けてくれたのだから、きっと悪い人では無いのだろう。
そう思って、ぎこちないながらも笑顔を向ける。
「ありがとう」
「いえ!僕達はたまたま通り掛かっただけなんで!」
そうで無いことはバレバレだが、文子は特に何も言うことをしなかった。
それよりも、一生懸命に誤魔化すように…花とても綺麗ですね、新堂先輩は部長なんですね、などと言い始めた直との会話を、文子は心底楽しんでいる。
「私は先に帰る。後は好きにしろ」
いつの間にか気絶していた工藤から離れ、花にも文子にも興味が無いと言うように、面倒そうに神はその場を去る。
そんな彼女の声は聞こえたのか否か、直は結局1時間近く文子と話し込んだのだった。
‐‐――
「………写真は、うちの新人のミスで撮影に失敗したが…犯人は工藤涼平と確認。でも本人も充分反省したらしいから、再犯の可能性は低いと思うぜ?」
翌日、放課後。生徒会室。
朔夜は神と直の依頼報告を簡単にまとめ、会長の哲の元に提出しに来ていた。
「ご苦労だった。まだ確定とは言い切れないが、これで花壇も荒らされることは無くなるだろう」
「でも……分かってるわよね?私は証拠写真を要求した。いくら結果がプラスに傾いたとは言え……それが失敗したと言うことは、依頼遂行も失敗になるわ。肝に命じて置くことね」
相変わらずの減らず口め…と、朔夜は心中で呟く。
口には出さずとも。不快な雰囲気だけは露骨に表しながら、朔夜は用は済んだからと早々に生徒会室を後にする。
扉が閉まって数十秒。冴子が口を開いた。
「………もしかしたら。文子1人で、解決出来ていたかもしれないわね…」
「この件は新堂くん……被害者本人からの依頼では無かったが、その友人である、園くんからの依頼…だったんだよな?」
「ええ。文子は実秋に、今回の被害を日常会話の愚痴として零した。それを聞いた彼女は、もちろん協力すると申し出る。実秋はいつだって、文子の力になって来たから」
それはもう、周囲から見て過保護と思えるくらいに。
「でも、文子はそれを断る。初めて。その気持ちが…部長としての使命か、大好きな花のためか、はたまたいい加減実秋に迷惑を掛けたくないからか。私には本音は分からない。けれど、そんな彼女を見て実秋は、嬉しくもやっぱり不安は拭えなかった…」
『お願い冴子!生徒会って、こう言う問題も解決してくれるんだよね?あたしが出ちゃうと文子が勘付くだろうから……生徒会の方で何とかして下さい!』
実秋は必死だった。
その、あまりの必死な姿に押されて…私も、断ることは出来なかった。
「………でも、今回の依頼報告を聞いて思ったわ。文子は、実秋が居なくても大丈夫。心配する必要は無い。実秋に言い聞かせないとね」
クスクスと笑い始める冴子につられて、哲も自然と笑みが零れる。
いつもは厳格な雰囲気の生徒会室も、今は少しだけ穏やかな空気が流れていた。
‐‐――
「おはようございます、新堂先輩!」
「あ、おはよう。今日も良い天気だね」
「はい!」
あれから数日後。
文子とすっかり仲良くなった直は、放課後栽培部の花壇に遊びに来た。
もちろんそこには、丁寧に世話をする文子の姿がある。
「パンジー、綺麗ですね!」
「うん。でも……不思議だなぁ。パンジーの花は、いつも私の大切な出会いのとき、傍に居る」
「そうなんですか?」
実秋のとき。
そして、この間。
あと…好きな男の子と初めて会ったときも、鮮やかにこの花が咲いていたことを思い出した。
「そう言えば……名前、聞いてなかったね。教えてもらっても良いかな?」
文子は直が、口振りや外見を見る限り年下だと言うのは理解していた。
それと…制服で無くとも、きっとここの生徒なんだろうと言うのも何となく気付いている。
格好については、踏み込んで理由を聞くつもりは無いけれど…せめて、名前くらいは知って置きたかった。
「1年2組、宝条直です!」
予想以上にすんなりと答えた直に向かって、文子は満面の笑顔で応える。
2人が笑い合う中、それを喜んでいるかのように…パンジーの花は綺麗に咲いていた。
1話終わり。
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