北原白秋『雀の生活』より

 ある早春のほのぼのとした黎明方でした。ある土手の蒼々とした、大木の松の一番下の枝に、首くくりが一人、まるで操り人形のようにブラ下がっておりました。

 まだ少年でしたが、それは正しい瀟酒しょうしゃないい姿勢でした。

 制帽をかぶって制服を着て、顔は白いハンケチでキリッと包んで、すらりと宙に下がった二本の脚のさきには紅いたびが風が吹けば身体と一緒にふらりふうらり揺れていました。金釦きんボタンがキラキラしていました。

 静かなものでした。死んだ者とも思えぬその少年の死相は、全く天真な幼な童の無邪気に遊び事でもしているようでした。清澄な空気の中に浮いて見えるから、猶更なおさらです。

 見ていると雀がその松ケ枝に留まっていたのです。首をくくった黒い細帯の結び目にも一羽留まっていたのです、頭を動かしたり、羽裏を掻いたり、羽ばたきしたり、それにちゅっちゅといていたのです。

 その枝の一番尖の一叢ひとむらの青い松葉の中にも小さな雀が目を覚ましていました。松葉が揺れます、小枝が揺れます、動きます。

 その松と土手との空間には、目を覚ましかけた市街が見え、橋梁きょうりょうが見え、人馬が見え、工場が見え、煙突が見え、幾筋かのばい煙も彼方此方に立ち始めると、碧い空の円天井が、次第に上って来る朝日の放射で紅く紅く焼けて来ました、広重の空のように。何という平和な朝でしたか、

 私はたまらなくなって大きく息をつきました、涙が感謝と祈念とに輝きました。

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