散文
萩原朔太郎「蟲」①『宿命』
あるつまらない何かの言葉が、時としては
ある日の午後、私は町を歩きながら、ふと「
ある日、電車の中で、それを考えつめてる時、ふと隣席の人の会話を聞いた。
「そりゃ君。駄目だよ。木造ではね。」
「やつぱり
二人づれの洋服紳士は、たしかにどこかの技師であり、建築のことを話していたのだ。だが私には、その他の会話は聞こえなかった。ただその単語だけが耳に入った。「
私は跳びあがるようなショックを感じた。そうだ。この人たちに聞いてやれ。彼らは何でも知ってるのだ。機会を逸するな。大胆にやれ。と自分の心をはげましながら
「その……ちょいと……失礼ですが……。」
と私は思い切って話しかけた。
「その……鐵筋コンクリート……ですな。エエ……それはですな。それはつまり、どういうわけですかな。エエそのつまり言葉の意味……というのはその、つまり
私は妙に舌がどもって、自分の意志を表現することが不可能だった。自分自身には解っていながら、人に説明することができないのだった。隣席の紳士は、びっくりしたような表情をして、私の顔を正面から見つめていた。私が何事をしゃべっているのか、意味が全て解らなかったのである。それから隣の連れを顧み、気味悪そうに目を見合わせ、急にすっかり黙ってしまった。私はテレかくしにニヤニヤ笑った。次の停車場についた時、二人の紳士は大急ぎで席を立ち、逃げるようにして降りて行った。
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