知里幸恵 序『アイヌ神謡集』
その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました。
冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って、天地を凍らす寒気をものともせず山また山をふみ越えて熊を狩り、夏の海には
平和の境、それも今は昔、夢は破れて幾十年、この地は急速な変転をなし、山野は村に、村は町にと次第次第に開けてゆく。
太古ながらの自然の姿も何時の間にか影薄れて、野辺に山辺に嬉々として暮していた多くの民の行方もまたいずこ、わずかに残る私たち同族は、進みゆく世のさまにただ驚きの眼をみはるばかり。しかもその眼からは一挙一動宗教的感念に支配されていた昔の人の美しい魂の輝きは失われて、不安に
その昔、幸福な私たちの先祖は、自分のこの郷土が末にこうしたみじめなありさまに変わろうなどとは、
時は絶えず流れる、世は限りなく進展してゆく。激しい
けれど……愛する私たちの先祖が
アイヌに生まれアイヌ語の中に生いたった私は、雨の宵、雪の夜、暇あるごとにうち集って私たちの先祖が語り興じたいろいろな物語の中ごく小さな話の一つ二つをつたない筆に書き連ねました。
私たちを知って下さる多くの方に読んでいただく事ができますならば、私は、私たちの同族祖先とともに本当に無限の喜び、無上の幸福に存じます。
大正十一年三月一日
知里幸惠
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