第71話 後任者

 ヴァロン夫妻の感動の再会よりほどなく後、ガストンは主君であるレオンとバルビエ城で対面した。

 すでに引退し領内の相談役を務める老従騎士ジゴーも同席している。

 すでにガストンの帰還は知らされており、和やかな雰囲気だ。


「義兄上の活躍はすでに聞き及んでおりますが……嬉しくもあり悔しくもあります。同じ戦場にありながら私は何もなしてはおりません。情けないことです」

「いやいや恐れながら、それは筋違いともうすもので。俺は体を張るのが仕事、レオン様は家中を率いて俺をこき使うのが仕事ですわ」


 ガストンは珍しく諫言じみたことを口にし「ふうっ」とため息をつく。先の敗戦で死んだ騎士タイヨンのことを思い出したのだ。

 騎士タイヨンは勇ましくしんがり・・・・を務めて討ち死にをした。それはたしかに立派なことではあるが、ガストンはレオンがそのような振る舞いをするのを望んではいない。

 レオンも口下手ながらポツリポツリと事情を話すガストンの言葉に耳を傾けていた。


「やはりヴァロンさんはバルビエ家には必要な方ですな。もはや姉婿になられたわけですし、伯爵様にはお断りを――」

「言うなジゴー。これは定められていたことだ。それに伯爵に睨まれて反乱などを疑われるのも面白くない」


 ジゴーとレオンが何やら目配せをし、頷きあう。


「実はビゼー伯爵より義兄上を戻すように声がかかりました。タイヨン家との和解も伝わっておりますし、良い機会だと思ったのでしょう」


 これに驚きはない。

 そもそもガストンはビゼー伯爵家からバルビエ家に貸し出されたようなものだった。いずれ返されるのは既定路線である。

 その時が来た、ということだろう。


「そうですかい……こんな俺を大事に扱ってくれたレオン様にゃ感謝してもしきれません。俺はこの恩を決して忘れねえ」

「私こそ義兄上には感謝しております。今後とも姉のことをよろしくお願いします」


 ガストンとレオンはどちらからともなく手を取り合い、互いに感謝を伝えた。

 2人に涙はないが、なぜか隣のジゴーのみがすすり泣いている。年寄とは涙もろいものなのだ。


「つきましては義兄上、この義弟めには願いがあるのですが、聞き入れてくださいませぬか」

「はて、お願いとは。もちろん俺にできることならなんでも――」

「そうですか、ならば遠慮なく。ご分家のマルセル殿、ジョス殿、いずれかを我がバルビエの従士として譲っていただけませんか」


 この提案にはガストンも「ええっ?」と声を出して驚いた。


 この手の話に不慣れなガストンは驚くが、これは特に不思議な話ではない。

 ガストンはもともとバルビエ家の人不足で派遣されてきたようなものだ。いなくなれば誰か他の者で穴を埋めたいとレオンが願うのは自然な流れである。SNSや転職サイトもない世界では前任者のコネで後任を探すのもあたりまえのことだ。


 それにマルセルやジョスにも悪い話では決してない。

 剣鋒団はビゼー伯爵の私兵であり、雇い兵だ。それが小なりとはいえ騎士家の従士に転身となれば出世には違いない。


「そら名誉なことですが、さすがに犬のようにくれてやるというのも、そのう、どう答えたものやら……」

「なるほど道理です。ですが義兄上に去られる私の無念も察していただきたい。せめて義兄上の後任にお身内をと願っているのです。誓って悪いようにはいたしません」

「それは信じておりますが……はてさて」


 困り果てたガストンは「むう」とうなりつつ考える。


 マルセルとジョス、比べれば役に立つのはマルセルに間違いない。

 しかし、従士になるのは名誉なことだがバルビエ家ではこれ以上の出世は望めない。上昇志向が強いマルセルは喜ぶだろうか。


 それにガストンもマルセルを実の弟ジョス同様に扱うわけにもいかない。本家分家とはいえ剣鋒団十人長の筆頭格であるマルセルを犬の子のようにくれてやるわけにもいかないだろう。


(マルセルはダメだわな……かといってジョスめに従士が務まるかのう)


 ひるがえってジョスの場合はどうだろうか。

 こちらは古参ではあるが剣鋒団の役なし平団員である。移籍はしやすかろうがガストンにとってジョスはいかにも頼りない。


 ガストンにとって弟のジョスはきこり仕事を嫌って小作人の真似事をしていた男童のままである。

 脳なしでもレオンは大切に扱ってくれるだろうが、大恩のあるバルビエ家に迷惑をかけるのはガストンの本意ではないのだ。


「ううむ、マルセルは一本立ちしとりますから、お譲りするなら弟のジョスになるでしょうが……あやつめはいい年して嫁のきてもありませんし、そのう、身内の恥を申すようですがね、いまいち甘いと言いますか頼りねえのですわ。うん、いつまでも童子わらし気分なやつなので」


 これを聞いたレオンとジゴーは顔を見合わせて『これはひどい推挙だ』と苦笑いである。

 ガストンらしいといえばらしいが、実の弟を売り込こもうという気がまるで感じられない。


 レオンらから見て伯爵直参の剣鋒団は転戦を重ねる精兵である。

 そこで長きにわたり働くジョスは客観的に見ても端武者とは呼べない職業軍人だ。

 そこまで卑下したものではない。


「うむうむ、嫁がおらぬは好都合。ならば私めに嫁御を世話をさせてくだされ」

「ああそれがいい。ジゴーならば間違いなくジョス殿の補佐もこなすでしょう」


 2人によってガストンの不安は黙殺され、トントン拍子で話が進む。こうなれば口下手のガストンに抵抗することは難しい。


(まいった。ジョスも嫌とは言うまいが……女房つきともなれば、あいつに良い女でもいたらややこしいのう)


 このように一族の仕官先や婚姻で頭を悩ませるのも『ヴァロン当主』の立場ゆえであろうか。


 先に結果を言ってしまえばジョスは喜んでレオンからのスカウトに応じ、ガストンの心配はまったくの杞憂に終わった。


 さらに言えば人好きのするジョスはガストンとは違う方向でよくバルビエ領に馴染んだ。

 ジゴーの姪孫てっそん(甥姪の子のこと。この場合はジゴーの姉孫にあたるようだ)を娶り、故郷から義理の父親にあたるコーム(44話参照)の次男を招き家来とした。

 そして数年後に子のないジゴーの養子となり、ジョス・ヴァロン・ジゴーとして家督を継ぐのだが……それはまだ未来の話である。


「義兄上はバルビエから離れますが同じビゼー伯爵の旗を仰ぐ者同士です。まだまだ頼りにさせてください」

「とんでもねえ、レオン様は立派な騎士様で。俺なんぞはアゴでお使いくだされい」


 こうしてバルビエ家でのガストンの奉公は終わり、ふたたびビゼー伯爵家に仕えることとなる。

 別れの宴席で油断したガストンがジョアナに『言葉づかいが戻っている』と散々に嫌味を言われたようだが……まあ、それは別の話だ。



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