第29話 マルセルの出世

 ビゼー城へと戻ったガストンらを待っていたのは陣触れであった。

 それはリオンクール国王からのもので、ビゼー伯爵も契約に応じた兵力を整え参加する義務がある。なんでも隣国であるダルモン王国が兵を興し、横の国へと軍を進めたらしい。おそらくはクード川を越え、東岸地域に侵入するだろう、とのことだ。

 現在、軍を率いたビゼー伯爵は他の諸侯と合流し、評定(作戦会議)をおこなっている。どうやら総勢は6000人弱、総大将はドレーヌ公爵とのことだ。


「ほーん、よう知っとるのう」

「お祈りのときに聞いてきたのさ。助祭さまは何でも知ってるからね」


 これらの情報を仕入れてきたのはジョスだ。

 軍というものは騎士や兵士といった戦闘員だけで構成されるわけではない。必要な物資を売買する酒保商人、殺気だった兵士を鎮めるための売春婦、神の慰めを必要とする者のための聖職者、それらを世話するための奴隷や荷運びの人足。他にも仕事にありつくための傭兵や略奪や窃盗目当ての素性怪しげなゴロツキもいる。

 6000人もの軍が集まれば付帯するこれらの数も増し、一種の経済圏を成していると言って過言ではない。

 そして不思議なことにジョスはそれらの中に入って噂を集めるのが実に巧みなのだ。思い返せば村にいるときからジョスにはそうしたところがあった。


「ほうかね、神さまに仕える人は何でもお見通しだからの。俺は少しおっかねえ」

「司祭さまは知らんけど、若いほうの助祭さまは気さくな人だね。手紙の代筆とか代読とか無料でしてくれるみたいだよ」

「そら徳のある方じゃ。時間があるときに俺の手習い(読み書きの訓練)も見てもらいてえが……押しかけるのも気がひけるのう」


 とはいえ、ジョスが集める噂はこの程度のものである。

 しかし、ほんの数年前には戦っている相手の名前すら知らなかったガストンでも立場なりに情報を得るようになったということでもあろう。


 そして一方のマルセル、こちらもガストンらとは別の理由で落ち着かない日々を送っていた。


「また戦、また戦だわ。手柄をたてても立身出世はお預けときたか。情けないやら世知がらいやら、これがホントの骨折り損じゃ」


 療養から戻ってすぐに出陣となったマルセルが不平不満をまき散らしていたが、なにやら出陣に合わせて弓手を集めた組の兵士頭を任されたらしい。

 今では「殿さまは俺たちの働きを良く見とる!」などと鼻息荒く喜んでいるだから他愛もない。


「めでたいことだの。兵士頭ともなれば嫁をもらって養えるかもしれんのう」

「おう、一番出世じゃ。手当も色がつくに決まっとる。これは運が向いてきたわ」


 たしかに今までの常備軍は全員が伯爵の直卒であり、このような階級が作られるのは大きな変化である。

 その一番手の中にマルセルがいるのだ。これで喜ばぬはずはないし、ガストンだってマルセルの出世は誇らしい。


「まあまあ、腐るなよ。お前だって功名したのは間違いねえ。ただちびっとばかし俺のほうが上ってだけだわ。お前さんも、もう1つ2つと働けばすぐに立身できるだろ」


 マルセルの素早い手のひら返しと、あまりの言いぐさに珍しくジョスが腹を立てていたが、ガストンは苦笑いをするのみだ。


(まあ、朋輩の喜びようを邪魔することはねえさ)


 実のところ、伯爵はガストンをはじめ常備軍の猛者数名を従士にしたかったようなのだ。しかし、伯爵家ともなれば従騎士、従士は世襲のエリート家系が多い(しかも暴君的な伯爵に反発する者も少なくない)。従士たちは得体のしれない荒くれ者を同僚とすることを良しとせず、ガストンらの話は沙汰止みとなっているそうだ。


 強引な手腕と謀略で内乱を勝ち進める伯爵が家臣に遠慮をするのは少々意外な気もするが、それだけ従騎士・従士というものは権力に近く、武力を備えた勢力なのである。敵にまわすのは得ではないと伯爵は判断したのだろう。


(ま、話半分だわな。あまり高望みはするものでねえわ)


 出世話が本当かどうかガストンには分からない。だが、伯爵の家来の中には、わざわざガストンに耳打ちしてくれる者がいた――それだけ気を使われている、ということだろうか。


「ジョスよ、マルセルも出世をしたからには厄落としをせにゃならん。酒なり女なり奢ってもらってこい」

「そらまるで逆だわ、祝うのが筋じゃろうが」


 大軍になればなるほど軍の動きは鈍る。ましてここは敵地ではなく、上層部は評定となれば陣中といえど自由な時間はわりとあるものだ。


「ジョスよ、俺もヒマなうちに手習いの稽古をするわ。遊んでこい」


 ガストンが腹を立てていた様子のジョスにこづかいを渡すと、ジョスはバツが悪そうに受けとった。

 なんだかんだで2人は仲が良いし、ジョスの怒りも根の深いものではない。兄から気づかわれたと感じ、恥じているのだろうか。


「そんじゃ、ちょっくら盛り場(人が集まる場所、この場合は仮設の酒場や売春婦だろう)をのぞいてくるわ」

「おう、酔いつぶれるなよ。ケンカ騒動には近づくでねえぞ」


 マルセルはガストンの小言に肩をすくめ、ひらひらと手を振って応える。

 ガストンは酒や女を好む気質ではないので、こうした時はあまり参加をしない。


(さて、俺も始めるかい)


 2人を見送り、ガストンは懐から手紙を取り出した。それはジョアナ・バルビエ(助けた女)からのもので、ガストンは暗記をするほどに読み込んでいた。

 それはロマンチックな感情からではない。羊皮紙は高価なものであり、ガストンの身近には字が書いてあるものはこれしかないためだ。


(字を書けるようになったら、この女に手紙をだすのもいいかもしれねえ。文は……そうだ、さっきジョスが教えてくれた助祭さまに相談するのも悪くねえな)


 ガストンは座り込み、木っ端でガリガリと地面に文字を刻みつけていく。

 その姿は奇妙ではあるが、陣中に変わり者はいくらでもいる。ガストンもこれで馴染んでいると言えなくもないのだ。

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