第27話 助けた女
案ずるより産むが易し、とはこのことであろうか。
ガストンとマルセルは負傷兵としてビゼー市にほど近い農村で傷を癒やすこととなった。
「ガストン、マルセル、両名ともに見事な働き。まずは傷を養生し、次なる働きに備えよ」
ビゼー伯爵は衆人の前で戦功のあったものを褒め、ガストンもマルセルも大いに面目を施した。
次なる働き、などと出世をほのめかされマルセルはご機嫌だが、ガストンは相変わらずの拗ね顔だ。
(わざわざ村で養生とは、女を拾ったことで
伯爵がいちいち部下の性生活など気にするはずもないのだが、やましい思いのあるガストンは1人で気にしているのだ。
何のことはない。ただの自意識過剰である。
ちなみに、負傷者や病人を外に出して療養させるのはまれではない。身も蓋もないが、動けない者を兵舎に置いておくのは邪魔だというだけのことだ。
ガストンやマルセル以外にも村落で養生する者は他にもいる。
帰還の道中でも多少はニヤニヤとした同僚たちにからかわれたが、ジョスが女を抱えているからといって本格的に絡んでくる者はいない。
それはそうだろう。ヴァロン兄弟といえば、いま売出し中の勇士だ。わざわざ行軍中にケンカを売ってくるバカはいない。
ガストンやマルセルが名を高めれば弟であるジョスも評価を上げ、こうして一目置かれる。一族とはそうしたものだ。
反面、期待値のハードルも上がるだろうが、それは今は関係のない話であろう。
「ジョス、あまり調子にのると手痛い目に合うぞ、何ごとも手堅くいけ。殿さまの下知にはよく耳を傾けろ」
「兄い、俺も戦場往来で
「このっ、黙って聞かんか!」
別れぎわにガストンはくどくどとジョスに小言を聞かせ「聞いてるさ」と嫌がられて腹をたてていた。
まあ、これはジョスの言い分が正しいのだが、
「ガストン、そんくらいにしとけ。ジョスもさっさと行かんか」
マルセルが間に入り、ジョスは「チェッ」と舌を鳴らして隊列へと戻る。
ここからガストンとマルセルは道を変え、村落へと向かうのだ。
「互いにケガしとるし、女を担いでムリする必要はねえからな。休み休み行こうや」
「いや、ほんなら1人が先に行って人手を借りてくるほうがいい。早いからのう」
「それもそうか、なら俺が行くわ。お前さんは足を休ませとれ」
「ちょっと待ってくれ、銭を渡すわ。女を預ける銭は先払いの方がよかろう?」
ガストンは懐から銀貨の袋を取り出しマルセルに渡した。およそ1400ダカット(何を基準にするかで異なるが、日本円にして15万円から30万円ほどか)ほどもある。
これは先の戦で倒した騎士から略奪した鎖かたびらを味方の騎士に売っ払って作った銭だ。新品で作れば何万ダカットもするので投げ売りだが、戦陣で現金化できたのは幸運だったともいえる。
実は鎖かたびらやプレートアーマーのたぐいは身分が高くなければ使うことは難しい。
鉄の鎖かたびらは汗や血が付着すればすぐにサビが浮いてしまう。それを防ぐには磨き粉と油で念入りにメンテナンスをするしかない。それでも追いつかない場合は、砂で満たした
金属鎧の維持は大変な手間であり、専任に近い従者が雇える身分でなければ実用は厳しい。ガストンが手放すのは不思議なことでもないのだ。
余談だが、汚れを拭き取りやすい鉄の兜は手入れも容易であり、こちらはガストンが我がものとして被っている。荒縄を巻きつけた革鎧と、上に
「こんなにいらんとは思うが……」
「まあ、いいわ。奪った鎧で作った銭だ。俺やジョスの懐が痛むわけではねえもの」
この辺りの金離れの良さはなかなかできるものではないが、ガストンは『弟のため』という一事だけで決断ができるらしい。
マルセルは「大したもんだ」と苦笑いして、村へと向かった。
(どんなもんかのう。ここまで来れば助けてやりたいものだがのう)
ガストンは木陰に横たえた女の首に触れ、脈があるのを確認した。
驚くほどに冷たく、ガストンは思わず「光を」と聖句を口にした。
●
村に滞在し、3日目。
ガストンの村落での暮らしは驚くほどに高待遇であった。
ガストンとマルセルは乙名の屋敷で大切な客人として扱われたのだ。
もともと、この村は負傷者の療養に使われることもあり、村人たちへ話が通っていたのもあるが、それを差し引いても待遇が良い。
(まったく、マルセルも
どうやら、この待遇はマルセルが上手いことをやったらしい。女を連れてきたことを面白おかしく脚色したようなのだ。
それはガストンを主役にし『落城の混乱から傷ついた姫君を救い出した』だの『反逆者の一族を皆殺しにしようとする伯爵から姫をかばった』だの『傷ついた足で何日も背負って歩いた』だの、いかにも村人が好みそうな単純で勇ましく『わかりやすい美談』である。
実際に救い出して背負い続けたジョスなど影も形もない。
城を攻めたガストンが姫を助ける矛盾や、見ず知らずの者をかばって主君に歯向かう『
農村の生活など退屈なものである。刺激的な話であれば多少の不自然も問題にならないらしい。
「あのう、ヴァロンさま」
ぼんやりと物思いにふけるガストンに声をかけたのは、この屋敷の主人の末弟だ。名をトビー・マロ、年は15才。病的に白い顔色と赤い目、若いのに頭髪は真っ白だ。いわゆる白子症というやつで、病弱な子供がかかると言い伝えられていた。実際にトビーの体は弱いらしい。
密かにガストンは『気の毒だが長生きできんのう』と同情していたが、さすがに口には出さない。
「トビーさんか、もう槍の稽古をはじめるかね?」
「いえ、違うんです。あの……姫さまが目を覚ましたからヴァロンさまに知らせろって兄から言いつかりまして」
「ほうかね、そら何よりだわ。なるべく休ませてやってくだされ」
「ああ、いえ……そのう、お声をかけたりはしないので?」
当然の疑問ではあるが、ガストンは「むう」と小さくうなって考え込んだ。
今までの経緯くらいは説明すべきだろうが、助けた本人のジョスがいないのだ。あまり恩着せがましいことはしたくなかった。
「いや、やめとこう」
「ええっ? それはまた、なぜですか」
「いやな、まあ……俺は先の戦いでは寄せ手だわ。つまり仇だ。騎士も討ち取って功名までしてのけた仇だ」
「それはそうですね」
「うん、病み上がりに仇敵が現れて気が逆上してはいかん。村の衆でいたわってくれい」
「そのようなものでしょうか……? いえ、分かりました。兄に伝えます」
ガストンは女の世話を村人に頼んでから1度も自ら話題にしたことはない。避けているだけではあるのだが、村人はそうは思わなかった。私欲がない、下心がない、と見たのだ。
これにはマルセルの作り話を『バカバカしい』と放ったらかしにしたガストンにも責任があるだろう。
目の前のトビー少年などはすっかりガストンに尊敬の眼差しを向けているがムリもない。
ガストンとマルセルは女を抜きにしても敵の騎士を一騎討ちで倒した豪傑と、敵城一番乗りの勇士なのだ。村の若者が憧れるに十分な英雄であった。
(はあ、めんどくさいのう。それもこれもジョスのせいだわ)
ガストンは鼻から深く息を吐き出し、ビゼー城にいるであろう弟に不満をぶつけた。
若者から尊敬に似た感情を向けられると、故郷を追い出された日を思い出して居心地が悪いのだ。
去り際にトビーは「また後ほど槍の稽古もお願いします」と頭を下げた。
実はガストン、請われて村の若い衆に槍を教えているのだ。とはいえ、足のケガもあるので大した内容ではない。
ペルランから習った通りに『打つ、払う、突く』を繰り返すところからだ。これを500ずつ、計1500。ガストンは今でもこれを日課としている。
(やれやれ、俺も少しは槍を振ってみるかのう。ケガをしているとき戦わぬとも限らんからな。これも稽古じゃ)
ガストンの槍は倒した騎士から奪った立派なものだ。
木の葉のような形の大きな穂先をもち、柄には鉄環がいくつも
これに同じく奪った短剣を剣帯ごと腰に佩く。短剣は刃渡りがガストンの指先から肘くらいまでの両刃の剣だ。これはガストンの太ももに何度も突き立った剣でもあった。
槍も剣も騎士から奪っただけはあり、なかなかの優品である。
(そういえば
身支度を整えたガストンが屋外に出ると、賑やかな声に気がついた。見ればマルセルが井戸端で村の女らとにぎやかに談笑している。洗濯を手伝っているようだ。
ガストンもチラリと『手伝うべきか?』と悩んだが、結局は独り槍の稽古をすることにした。
女性と話すことは苦手なのである。
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