第6話 「聖龍王は気難しく、くのいちドラゴン娘に危機感を覚える俺」
「勇者様の、御成り~」
「……戻ったか。勇者よ」
「ま、まあなんとか」
やっぱデカいな聖龍王のおっさん。もう戻ったのか。まあ、あの姿じゃ、あのバカデカい玉座には座れないだろうしな。
「……どうした」
「へ? 何が?」
「他の、娘達の姿が見えぬようだが」
「あ、ああ! あいつら――聖龍姫達は疲れたから休むって言ってましたよ」
本当はあいつら来る気なんて全然なかったけどな。
俺、変態扱いだし……
「そうか……」
「ああそれで、邪竜族だっけ? あいつらは俺が追い払ったから心配無用ですよ」
「そうか。それにしては見送った時に比べ、魔力と聖龍魂が幾分か低下しているように見えるが」
「ま、魔力の低下? 何のことでしょうか?」
やばいな。なんか、感付かれたか?
「……まあよい。キサマが今より娘達との仲を育めばよいだけの話よ」
「その件ですが、俺には少々荷が重く」
「ああ? 何か申したか? ワシ、最近耳が遠くてな。キサマ、今、何と、言った?」
「な、何でもありません!」
こえええっ!! 感付かれてはなかったが怖い! 俺が言ったことに対して強調した言い方をしやがって! これじゃあごめん、それ無理なんて言えないじゃないか。くそっ!
「まあそんなに心配せずともコレを見れば簡単じゃ」
「? なんですかそれ」
「む? これか? これは勇者好感度ブックといって、守護聖龍達がどれほどキサマに好意を持っているかが一目で解り、アドバイスも容易い――」
「ぶっ!?」
「どうした勇者よ」
「何でもありませ、続け……て」
くっ、こいつ……ギャルゲーでよくあるヒロインの好感度やら攻略のアドバイスやらをくれる親友ポジかよ! だいたいなんだその本、ピンク色で中心にハートマークって似合わなさすぎて思わず吹いてしまったぜ……
「……キサマはまだまだ守護勇者としては未熟。故にこれから善行を積み、守護聖龍達の信頼を得るのだ」
「信頼、ですか……」
「うむ。だがまずは肩肘張らず普通にしていればよい」
「普通に……まぁ、少しずつ誤解を解いていけばいいか」
好感度ブックという本を読んで俺にアドバイスする聖龍王。 そのバカデカイ身体に似つかわしくない小さく可愛い本を読む聖龍王は何ともシュールだった。
「うむ。話は以上だ。グオオオオッ!!!」
「っ!?」
話は終わり。 そう安堵しかけたその時、聖龍王の雄叫びが部屋一帯に響き渡った。あまりの轟音に鼓膜が破れるかと思ったわ! なんだよこれ……なんだよ、これ。
「はっ。お呼びでしょうか? 聖龍王陛下」
「うむ。勇者を部屋に案内しろ」
俺が驚き戸惑っていると謎の忍装束のような姿の長い髪を一結びにした黒い龍っ娘が現れた。胸もそこそこあって網タイツか……こいつ、エロいぞ!
「はっ! かしこまりました。では勇者殿」
「あ、ああ……」
「勇者レッドよ。キサマの更なる活躍を期待しているぞ」
俺は聖龍王と別れて謎のポニーテール黒髪クノイチドラゴン娘に部屋まで案内されることになった。この娘は見たところ、俺より年上に見えるな。一応敬語を使うか。
「えっと、もしかしてその格好って」
「よくぞ仰いました! これは
いや、俺が言い終わる前に喋り始めるし。何なのこの人。さっきの重々しい感じの、主に仕えて幾十年みたいな雰囲気はどこに言ったの? 完全に蚊帳の外なんですが、何? 俺、空気なの? 空気王なの? いや、王じゃないけども……むしろそれは聖龍王がなりそうなものだし。
「いや、もういいです」
「いいえまだ話は終わっていません! この女忍装束は今は少数となってしまった黒龍一族の鱗で出来ていまして、それはもう貴重で幾つとない逸品でそれは言い例えるならば」
終わってないんですって。何なのこの娘、こういうキャラだったの? なんか凄い面倒臭そうな感じなんだけど。何か似たようなところを感じるけど、なんかあれだ……押し売り感が凄い! 聞いてくださいオーラが凄い!
「って聞いていますか? 勇者殿」
「いや、それはもういいから!」
「いえ、さっきから言葉を運ぶ度に、いやいやいやいや仰られていますが」
「いや、そんなわけないだろ!」
「ほらまた。なんですか貴方、童貞なんですか?」
「ど、どどど童貞ちゃうわ!」
「そこは言わないんですね、さすが童貞勇者殿」
何なのこの人。なんか面倒なことを言い始めたと思ったら今度は人を童貞呼ばわりかよ! いや間違ってないんだけどね? 接吻童貞から卒業したわけだし、もう俺って童貞でもないんじゃないか? そういう意味では童貞ではないよな……うん、なら童貞ではないってはっきり言ってやればいいんだ!
「ど、童貞じゃないよ? 童貞じゃないよ……?」
「は? 何故、二回も……? ですが、いやをつけていないのでこれは嘘ですね」
「いや、そんなことないから! これは嘘じゃないからね!」
「いや、をつけているので嘘ではないと」
「違うそこじゃない! ちゃんと一つの言葉として嘘じゃないと思ってくれよ!」
「はて? これは嘘に分類されるのでしょうか?」
「はぁ、もうどうでもいいや……次行こうぜ」
「もうどうでもいいや? これはもしかして、“いや”がついてるから引っ掛けで真実に分類される可能性が……?」
「ねーよ! 俺の“いや”にどれだけの言葉の意味が含まれるんだよ!」
「そうですか、では参りましょうか」
疲れた……まさか大好きな龍っ娘がいる世界でこんなに叫ぶ日が来るとは。日頃ツッコミを入れるキャラクター達はこんなことをやってるのか? ツッコミで過労死するぞ? ずっとこんなことやってたら。しかも何故かさっきとは打って変わって満足そうに笑ってるし。こいつに敬語なんてツッコミやらされる間は絶対無理だ……使いたいとも思わないが。
「なんか、嬉しそうだな」
「はい。勇者殿に構ってもらえて、私は嬉しいです」
「は? 構っ……今なんて言った?」
「さっ、勇者殿、こちらですよ?」
「あ、ああ……ありがとう」
気のせいか? 今、構ってもらえてって聞こえた気がしたが。いやまさかね? こんな娘からそんな言葉が出るわけないし。
「ってこの部屋は? とてもじゃないが、人、一人が休めそうな空間には見えないけど」
「会議室です。お休みになる前に勇者殿にお願いしたいことがありますので」
「俺にお願いだって? そのお願いって変なことじゃないだろうな?」
忍者龍娘に案内されたのは広い空間に長いテーブルに椅子が並べられた彼女の言う通り、俺の想像する会議室と脚色ないくらいに現実感あるものだった。
椅子とテーブルは多少形は違うが、それらを除いたらだいたい同じだろう。俺はその広い空間で二人っきりという状況に落ち着かず、目についた椅子に腰掛ける。
「心配せずとも守護聖龍様方の下着を全て持ってきてくださいとはお願いしませんよ」
「下着!? ちょっと待てっ、なんてことを言ってるんだよ! そんなのお願いされても絶対に持って来ないからな? 絶対な!」
「……それは、フリと見てよろしいでしょうか?」
「よろしくねえよ! 頼まれても持って来ないって言ってるんだよ!」
「……そうですか。残念」
「何が残念かはあえて聞かないでおこう」
どうしてこいつはこう、顔に似合わないことをさらっと真面目に言うのか。最近流行りの残念系ってやつか? 言い終わると何故か満足そうに笑ってるし……
「それで勇者殿にお願いしたいことと言うのはですね」
「ああうん、なに?」
「実は守護聖龍様方のその、お世話係をお願いしたく」
「…………」
やっと本題に入ってテーブルに文字は読めないが予定表みたいな紙を広げたと思ったら俺はとんでもないことを言われた気がした。あまりの衝撃に聞き間違いかと思って聞き返すことすらも躊躇った。
「勇者殿? 聞いておられますか?」
「……ごめん。今さ、なんて言った?」
「勇者殿に守護聖龍様方のお世話係をお願いしたく、今からその担当の曜日を決めて頂こうと思います」
「……一つだけ質問。それに俺の拒否権は?」
「ありませんね。聖龍王陛下のご命令ですので」
「……俺は嫌とは言えないわけか」
聖龍王のおっさんの差し金か。通りでおかしいと思ってたんだ。単独行動するなってそういうことかよ……
「聖龍王陛下にご進言なされるのであれば事態は多少変わるかもしれませんね」
「聖龍王様に物申せるか……無理だな」
無理に決まってる。あんな馬鹿みたいに大きく、しかもこのよく分からないが聖龍界とか言うドラゴンが一杯いる世界の王だぜ? 一応は勇者になりはしたがあいつに勝てる気はさらさらない。
「……でしょうね。では担当曜日を決めていきましょうか」
「担当曜日……? それってもしかして」
「そんなことはございません。全て勇者殿お一人でやって頂きます」
「そうかよ……」
こいつの謎の先読みはなんなんだ。ドラゴンの特殊能力か何かなのか? 聖龍王もそうだった。守護聖龍と呼ばれてる奴らはそんな感じ全然しなかったな、そういえば。
「ではまず説明を。曜日は七つから束なり、週の始まりから幻・炎・水・風・雷・邪・聖となっています」
「それってただ属性を列べただけだよな」
「そうですね。そして後ろに龍の文字が追加されます。幻龍の曜日、炎龍の曜日といった感じで」
「まあ何となくは分かるよ。でも邪も入ってるんだな、敵なのに」
「大昔は友好関係にありましたから……ちなみに邪と聖の曜日は一般的には休日扱いとなっていますよ」
「なるほどな……ちなみに、大昔は友好関係にあったってどうして」
「さあ! 早速担当曜日を決めていきましょうか!」
「お、おう……」
触れてはいけない系の話なのか、これ?聖龍と邪竜に昔いったい何があったんだ? 邪竜と戦ってしまったから引き返そうにはないが……出来れば戦いたくはないな、ドラゴンとは。
「今日が炎の曜日なのでとりあえず幻と炎を決めていきましょうか」
「あの、龍って使わないのか?」
「はて……? 何の話ですか?」
「ほら、さっき幻龍とか炎龍の曜日って説明されたのにお前自身、使ってないなと」
「ああー、そのことですか」
なんかすげえ面倒くさそうな感じで見られてるな。
俺はこの世界に来たばかりで全然何も知らないが、この世界に住んでる奴らにとっては当たり前で常識なんだろうな……異世界とはいえ、無知って怖いな。
「それは正式名称なだけで別に略して言っても何の問題もありません。伝われば何の問題もないですから」
「そういえばそうだな……現に意味はちゃんと分かるし」
「幻だけに?」
「お前なぁ、」
「えへへ、そんなことより早く曜日を決めましょう。陽が暮れてしまいます」
自分で言って自分で照れてるぞこの子。可愛いから許すけど。
「それなんだけどさ……勝手に決めておいてくれないか? 俺、この世界に来たばかりだから全然分からないから決めてくれたら助かるし」
「それもそうですね。では僭越ながら私が決めさせて頂きます」
良かった……勝手に決めてくれた方が楽だもんな。
正直今日は疲れてもう頭とか使いたくないんだよな……
「幻はこれで炎は――」
「これが幻か。なんて書いてあるんだ?」
さらさらと紙に書いていくな。さすが忍者……でもなんて書いてあるんだ? まったく読めないなこれ、この世界の文字なんだろうけど、全然分からない。
「ああ、これは“サキ”と読みます」
「サキ? 誰……?」
「私の名前ですよ勇者殿。マージャンとか強そうでしょう?」
「いやどうでもいいっ! 確かに強そうではあるけども! それよりなんでお前の名前を書いてるんだよ。これは守護聖龍の世話する日を決めるものなんだろ?」
こいつも、もしかして守護聖龍? いや、そんなわけないか。こいつがもしそうだったなら聖龍王のおっさんがそんなことさせるわけないしな。守護聖龍ってこの世界を支える柱みたいなものみたいだし。
いや確証はないが何となく話の流れからそんな感じがする。
「幻の守護聖龍様が現在遠方にいるためですよ」
「それなら休みで良くないか? そうだ休みにしよう!」
「そうですか……守護聖龍様方のお世話は出来ても私、サキのお世話できない。そういうことなんですね!?」
「うん、そういうことだよ」
「うわああんっ!! 勇者殿が差別してます! サキ、悲しいよー!」
なんかジタバタ駄々を捏ね始めたぞ。なんか面倒臭くなってきたな……いや、今日初めてこのサキとかいう女忍者に会ってから面倒しかない。最初は相当な人格者なんじゃないかとも思ったが聖龍王が居なかったらこんな感じになるのか……
「……なんか軽くドン引きしてません?」
「いや、軽くも何も普通にドン引きだけど。どんな不良に遭遇した時よりもドン引きだけどっ」
女座りで冷静に問いかける聖龍王のお付きっぽいサキとかいう女忍者龍娘。俺はそれに素直に告げてやった。
「勇者殿は人が悪いな……私をこんな風に染め上げてしまうとは」
「人様が聞いたら勘違いされるようなことを言うな! 別にお前と俺、そんな進展してないからな! さっき会ったばっかりだからな?」
「……勇者殿、昨日はお楽しみでしたね。私と」
ポッと頬を夕焼け色に染めてとんでもないことを言い出した。
「……帰るか」
俺はそれを聞き、立ち上がってドアノブに手を掛ける。
「まっ、待ってください! そんなことをされては聖龍王陛下にお叱りが!」
「なら真面目にやれ!」
彼女は俺に縋り付き、逃がさないように足に手を絡めてくる。俺はそんな姿を見て先程まで座っていた椅子に再び腰を下ろした。
「……まったく仕方ないですね」
「なんで俺が駄々捏ねて仕方なくみたいな雰囲気になってるの? いやまあ良いけどさ」
少し言い方に違和感を覚えた。でもまあいいか……
さっさと終わらせてくれるなら黙っていよう。
「良いなら言わないでください。童貞非アナル勇者殿」
「やめろ! 然も俺が後ろを卒業したみたいな言い方は止めろ!」
「うるさいですよ、勇者殿」
「お前が言わせたんだろうが! 温厚な俺でも怒るぞ」
黙っていられなかった。言わないとこのままではまるでこれから卒業したことを前提で言われる気がしたから……だが座って真面目にペンを走らせてるところを見るとやる気はあるらしい。
「……もしかして図星?」
「違う! 全力で違うから!」
戸惑い驚き隠せないオーバーリアクションをする女忍者サキ。俺は今までの人生でこんな勘違いのされ方をしたことがない。……泣きたい。
「そうですか、なら安心ですね。勇者殿を掘りた――いえ何でもありません」
「何の安心だよ……っておい、今なんて言おうとした? なんかとんでもないことを言われた気がしたんだけど」
「気にしないでください。私の中のド○ラー魂に火が付いただけですので」
「うん……ってとんでもないところに火つけてんじゃねぇよ!?」
更にとんでもないことを遠回しに――ある意味では最も分かりやすい言葉だったが――言われた気がして何か命――いや、尻の危機を感じ取った俺はその後は黙って終わるのを待った。
「終わりましたよ勇者殿」
「ああ……じゃあ行こう。俺も早く休みたいし」
「良ければもう少しこのままで居ませんか?」
「……居ませんよ。早く行かないと大変ですよサキさん」
「はあ、そうですか。残念」
終わったと告げるサキ。その言葉に安堵する俺だったがこのままで居ないかという提案に蟻地獄に誘い込まれるような気分になって俺は急いでその部屋を出た。……だってちらちらと書いてる間も俺の尻に視線が注がれてるんだもん。こいつと二人っきりとか怖すぎて生きた心地しなかったんだよ!
残念とか何が残念なのか考えたくもないな。
うん、考えるなよ? 俺。
「……どうして、私の後ろに?」
「いやほら俺、道とかまだよく分からないからさ。だから道案内頼む」
「なるほど。なら仕方ないですね」
「うん、仕方ないネ」
本当は聖龍王に教えてもらって知っていたが、こいつの前を歩くのは何もないと分かっていても心臓に悪い……
「では参りましょう勇者殿。ついてきてください」
「ああ分かった」
キリリッとした顔で歩き出すサキ。俺はその後ろを恐る恐るついていった。
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