第5話 「攻めてきた邪竜族を撤退させてレッドくん大勝利! だったはずが聖龍姫たち相手には大敗北の俺」
聖龍城から橋を渡った先にある城下町。
更にその先の城下町の外で戦いを繰り広げる聖龍族と邪竜族。その二つの勢力の戦いは聖龍族が圧倒的劣勢であり、逆に言ってしまえば邪竜族がそれだけの力を持っているということを聖龍側は身を以て体験し、邪竜側はその強さを知らしめる形となっていた。
「な、なんて強さなの……?」
「な、なんだか以前よりパワーが上がっているような」
「バカめ! 勇者の力を得た我らと、得ていぬ貴様らでは相手にならないのだ! さっさとこの地を明け渡せ」
邪竜族の形態はドラゴンの身体を人間サイズにまで縮め、二足歩行の足。そして左手には剣や斧、槍等を握っている竜戦士、ドラゴンファイター。他には空から攻撃する飛竜、そして人間の姿をしたものと様々だった。それに対し聖龍族は人間形態のものがほとんどだった。それは邪竜族は成熟した者が大半であったが、聖龍族はその真逆。未成熟の者が大半を占めていたために純粋なドラゴンの姿やドラゴンファイターの姿へ変化を遂げることは出来ずにいた。
「確かに強いです。でも負けません!」
「な、なに!?」
その圧倒的戦力差ゆえに諦めかけていた。しかし九属性の内、四人いる聖龍の中でも一人だけ諦めていないものがいた。それは聖龍姫と呼ばれる聖のレティシアだった。彼女はその腕に持つ、弓を引く。
その弓矢は強力だった。邪竜の悪しき固い鱗を貫くほどに。
「レティシア、あなた……」
「ふん! たかが一人で何が出来るの? さあお前達、奴に集中攻撃ですわ」
勇者と契約を交わしたレティシアは自身の力を数十倍にまで底上げしていた。しかし、多勢に無勢。あっという間にレティシアに攻撃を集中されたその時だった。
「な、何が起こったの!?」
「それが……」
「何が、何が起きてるの?」
邪竜側の大将と思わしきものは怒声にも似た声を上げた。カーラはそれに対し、
「聖龍姫、覚悟し――」
「え……?」
レティシアを取り囲んでいた邪竜戦士が一体二体、三体四体、そして五体と次々と倒れていった。見ると邪竜戦士の背中には弓矢が貫き刺さっていた。
「どこから、どこから攻撃を受けてるの?」
「邪竜姫様、あちらを!」
何かを見つけたの一人の竜戦士が空の一点を指を差すように斧を差し向けた。すると聖龍も邪竜も関係なく視線が集中した。
「……俺参上、ってな」
「なんだあの人間は、いや龍人か?」
「勇者様、来てくれたのですね!」
「へー、あの人が勇者なんだ」
「そう、あれが私達の、聖龍の勇者よ! 信じられないかもしれないけどね」
そこには銀龍の羽根と尻尾を生やし、髪で左目を隠した美少年の人間が、勇者の姿がそこにはあった。
左手には弓を持ち、背中の一部分には弓矢が敷き詰められた箱を背負っている。が、それは手を伸ばした時にのみ出現するようだった。勇者の伸ばした手が背中を離れると、その弓矢の入った箱は消え失せた。
「勇者だと!? 聖龍も勇者召喚に成功していたのか!」
「その様子だと、そっちの、邪竜だっけ? いるんだろ、勇者」
「その質問に答える必要はない、ですわ!」
睨み合う勇者レッドと、邪竜姫と呼ばれた黒いドレスに同色のドラゴンの角と尻尾の女。
「理由はどうあれゆけ、精鋭達よ! 勇者を倒すのだ!」
「
周囲の竜戦士に比べ、一回りほど大きな角を生やしたリーダー格と思われる竜戦士は剣を勇者に向けて命令した。その瞬間、レッドは叫んだ。
青と白を掛け合わせた色合いにドラゴンの模様があしらわれた服装へ。髪も顔立ちも通常のものへ変わり、翼はおろか、尻尾も消え失せ、地上へ落下を始めた。それと同時か邪飛竜や竜戦士は勇者レッドへ攻撃を開始した。しかし。
「なっ……そんなバカなことが」
「あ、有り得ませんわ。こんなことは」
「驚いた。剣を振る度にまるで三本目の腕や脚のように身体に馴染んで、頭には戦い方が、知識が流れ込んでくる……これならいける!」
勇者が地上に降り立った時には、竜戦士や邪飛竜の身体がレッドの足元に倒れ、転がっていた。
「三十を越える我が精鋭達が一瞬で……これは予想以上だ。全軍撤退するぞ」
「ちょ、待ちなさい! まだわたくしは役目を終えてなどいませ、」
「聖龍側に勇者の存在を確認。その際に戦闘、底知れぬ未知の戦闘力、やむなく戦力、並びに士気低下を避けるため撤退とする」
リーダー格の竜戦士は邪竜姫の首根を引っ掴み翼を羽ばたかせ飛び立つ。その背中を追うように邪竜族の者達も次々と飛び去っていった。
「助かった……?」
「みたいね。何にしても撤退してくれてよかったわ」
「
「あーっ!? あ、あなたはさっきの、おっぱいタッチの人!」
安堵する聖龍姫達だったが、レッドが通常形態へ戻るやいなやカーラは指を差して驚きの声を上げた。
「は? おっぱいタッチってあれは事故みたいなものだろ! 今更蒸し返すな」
「今更じゃない、ついさっきのことだよ! すっごく傷付いたんだからね!」
カーラは顔を自身の髪や尻尾よりも赤みのある真っ赤な顔で訴える。そんな姿を見て、周囲に集まったカーラを除いた聖龍姫達はレッドを凝視している。
その瞳は下に見るような目だ。まるで虫けらを、いや、その眼差しは何の感情もなく汚物を見るようなそんな言葉よりも重い、無言の圧力攻撃だった。そしてレッドは思い知る。
「最低ね」
「勇者様、最低」
「こ、怖いですぅ!」
これが現実だということを再び思い知る。
レッドは思った。これがラノベならば、純ハーレムものならば、きっと。きっと好感度が上がるばかりか、もう仕方ない奴ね、と流されつつも恥じらう萌え仕草を拝められるはずだった。
しかし現実は厳しい。たった今、偽者であるものの、ただの人間であるはずの自分がここまでやったのだから伝説の勇者もそこそこ評価してくれるであろう自分の働きで上がったはずの好意は無残にも雪崩れのように崩れ落ちていくのがレッドには聞こえた気がした。
「言い訳があったら聞くけど?」
「すいませんしたっ!」
稲妻のような髪と、色をした雷の守護聖龍・イリスは仮にも勇者であるレッドに威圧感たっぷりに言った。その瞬間、レッドは待ってましたとばかりに即、土下座を繰り出した。その場に正座し背筋をピンと立たせ、両手を地にその顔を擦り付けるが如く頭を下げた。
「ちょ、なんて格好っ」
「許してください女王様、自分にはダメージが大きすぎます!」
「誰が女王様よ!」
「い、イリス。これは……」
それは綺麗な土下座だった。何故そんなに綺麗なものが出来上がったのか、それは勇者の心が折れた証。ゆえに土下座なんてまったく知らないドラゴン娘達をドン引きさせるには充分すぎる効果を発揮していた。レッドは思った。これが胸を触った罪なのだと。これがギャルゲーならば、主人公補正で何とか切り抜けていたはずだと。所詮自分はよくて主人公の親友レベル。物語の主人公になんて絶対なれないな、と。そうレッドは思うのだった。
「もういいわ。頭上げなさい」
「許して頂けるのですか、女王様!」
「あぁ? 誰が女王様よ、この駄竜勇者がっ!」
イリスは怒りの形相で絶賛土下座中の勇者の頭を踏みつけにした。そんな会話の後、勇者は弁解タイムの末になんとかとりあえず許してもらえることが出来たのだった。
―――
「大丈夫ですか? 勇者様」
「な、なんとか……」
俺は無事、窮地を脱すことが出来た。
邪竜とか言う見た目かなり迫力のある黒いドラゴン達と戦った時よりも厳しい戦いだった。
まさか俺の心を武器に戦わないといけないとは。
やはり、了承を得ずに胸に触れるのは危険だ。
ハーレム主人公の補正強すぎだろ……
常人がやったら、死ねるね。
「ちょっと! 離れて歩いてよね!」
「はいはい分かってますよ、女王様」
「女王言うな!」
もうこいつは俺の中じゃ、女王様確定だ。
貶された上に頭まで踏まれたんだからな。
それにしてもイリスはまだいい。
問題は……
「うぅ……」
「あ、あのさ」
「ひう!? マリンはそんなにおっきくないですよぅ!」
この通り、完全に青髪ドラゴン娘のマリンちゃんには怯えられてしまっている。
俺はそんな経験はないし、これからも誓ってそんな過ちを犯すつもりはないが、まるで幼女に教育上不適切なことをしそうなお兄さんとその当事者の幼女みたいな感じになってしまっている。
おかしいなぁ、ちょっと前はこんな極端に露骨に嫌がられた感じはなかったはずなのに。
「勇者さま、信じてますからね?」
「う、うん……」
気まずいわ!
全体的に気まずいわー。
俺は敵っぽい邪竜とか呼ばれている奴らを追い払うという結構個人的には素晴らしいことをしたはずなのになんでこんな距離置かれなきゃいけないんだよ! むしろさ王道なら勇者様、すごく凄いです! とか言われてもおかしくないんだぜ? むしろ言ってくれ! 勇者様、凄いです! ってさ。
じゃないと俺の心が挫けそう……
「も、もうすぐね」
「あ、ああ」
「そうだね、やっと帰れるよ!」
「…………」
「………………」
うわああああっ!! この沈黙は止めてくれ! 俺のライフはもうとっくにゼロよ!
聖龍王、俺、こいつらと仲良く出来る気がしない……
でもやらなければあのおっさんは怒るんだろうなぁ。
喰われたり、火あぶりにされてもおかしくない迫力だったからな、あのおっさんは。
「勇者様! よくぞ憎き邪竜族を追い払ってくれました!」
「聖龍王様が中でお待ちです」
「ささっ、早く!」
ああ、ごめんよ。
あの時、心の中でめちゃくちゃ言って。
今は君達、シスターさんっぽい人達が俺の心のオアシスだよ。
「あれ、聖龍姫様方は行かれないのですか?」
「わ、私達はあとで行くから」
ああやだやだ。
どうせ行く気なんてないんだろ!
いいよ俺一人で聖龍王のおっさんのところに行くからさ。
こうして俺はたった一人で城の門を潜ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます