第7話「宿屋の朝」

「おはよう。クラリス」


「おはようございますシュル」


「ふははわぁ……」


「おはようございますリヴァ。眠そうですね?」


 翌日。

 わたしは宿屋の食堂にやってきた。朝食を摂るためだ。そこにはすっかりお目覚めのシュルとクセが強い欠伸あくびをしているリヴァの2人がいた。


「えぇ……悪魔は朝が苦手なのよ……特にアルカード家はね」


「アルカード家ってよくは知らないのですが有名な家系なのですか?」


「アルカード家は吸血鬼として有名だからね。リヴァがなぜサキュバスなのかは謎だけど」


「謎でもなんでもないわ。ただ祖母がサキュバスだった。それだけの話よ」


 他愛の話だ。

 それでも人の家の話というのは興味深い。そんなリヴァの家の話をツマミに食事を進めていく。

 海藻サラダ、リトルコケドリの卵を使った目玉焼き、コボルドポークのベーコン、それに小さめの黒パン二つが添えられていた。


「それにしても、かったいベーコンね! 加工日いつよ!」


「安宿ですからね。こんなものでしょう」


「とりあえず美味しいとは言えないね……」


 海藻サラダはパサパサ、堅焼きというか少し焦げていて、黒パンは普通の黒パンよりもワンランク固い気がする。わたしを含めた三人は愚痴をこぼしながら空腹を満たすだけに咀嚼する。


「それでこれからどうするのよ?」


「もちろんガルーナの町に戻るために港町に向かいます」


「それは異端者の森を通るってこと?」


「異端者の森?」


 異端者の森。そこは人間だけではなく行き場をなくした多くの種族がその森の深くにある町や村、ひいては国を追われた異端者たちが住まう里につながることからそう呼ばれていた。

 警戒心が強く、好戦的な人物が多いことから勇者パーティにいた頃は異端者の森を回避して遠回りしたためにシュルが知らなくても無理はなかった。


「えぇ……いろんな理由で道を外れたものが――荒くれ者が多いって噂よ。港町に向かうならあの森を抜けた方が早いわ。でも、」


「一般的な旅人などが知らずに入る可能性は?」


「十分ありえるわね。何せ、見た目は普通の森だもの」


「ではその森を通りましょう」


 困っている人がいるかもしれない。それなら通る理由には十分だ。


「正気!? 遠回りした方が絶対安全よ!?」


「もちろん。もしも怖いからというなら残念ですがここでお別れですね」


「そ、そそそんなわけないでしょ! 私は悪魔よ!怖いものなんて何もないわ!」


「そうですか。それなら決まりですね」


 リヴァは慌てたようにわたわたするがどうやらまだまだわたしについてくる気らしい。

 食事も終わったところでわたしはシュルに切り出した。


「そういうことでわたし達は行きます。エクレアには元気にしていると伝えておいてください」


「ま、待って!」


「? なんですか?」


「私も連れてって!」


「なぜですか? わたしについてくる理由なんて、あなたにはないでしょう?」


 席を立ってシュルから背を向ける。するとシュルは慌てたように声をかけてきた。リヴァとは違う真に迫った慌て方だった。


「それは……あなたにとってはそうかもしれないけど、私はあなたが心配なの!」


「心配? わたしはひとりでも平気ですよ?」


「それはそうかもしれないけど、あの悪魔もいるし」


「な、なによ」


 シュルは言いにくそうにテーブルに視線を落とす。何か理由があるのだろうか。リヴァは自分のことを言われると不満そうな表情を露わにした。


「そう……そう! 私はクラリスの貞操を守るためについていくの! 大丈夫、その悪魔が手を出そうとしたら爆炎エクスプロージョンをお見舞いするから」


「さらっと怖いこと言うのやめなさいよ……」


「貞操はよくわかりませんが、あなたが行動してくれるなら助かります」


 シュルはわたしと同じ十五歳とは思えないほど豊富な魔法知識と固有魔法などを除いたほぼ全ての攻撃魔法が使える天才魔導士だ。

 そんな彼女が同行してくれるならこれほど心強いことはない。


「本当!? ありがとう! よろしくね!」


「リヴァもいいですか?」


「うーん……まあいいわ。異端者の森を通るなら戦力は多いに越したことはないし、勇者の妹ならそこそこやるんでしょ?」


「はい。その点に関しては問題ありません。勇者パーティでも彼女を越える攻撃魔導士はいませんでした」


 シュルはひとつの村程度なら彼女の攻撃魔法で一瞬で滅ぼすことができる程度には強力だ。シュルが敵として現れたなら死も覚悟した方が良いかもしれない。


「えへへ!任せて!これでもSランクだからね!」


「Sランク!? それはすごいわね……」


 シュルの言うランクは戦闘ランクだ。魔王軍との単独戦闘を想定したもの。戦闘ランクはギルド協会が制定したものでSの数が多いほど強く、ABCDEFGとAに近いほど強くGに近いほど弱いとされていて最大でSSSランク。シュルのSランクは魔王の側近クラスと単独で対等に戦えるというものだけど、あくまでギルド協会のルール上のものなのであまり信用はできない。


「そんなことないよ。だってクラリスなんてSSランクだし」


「SS!? クラリス、あんたそんなに強かったの!? SSってたしか魔王と――」


「いいえ……単純な強さだけではないですよ。特に治癒魔導士にとっては戦闘ランクなんてあってないようなものです」


「そ、そう……まあ、あんたがそう言うならもう何も言わないわ。それだけの実力者ならあんたが護衛や傭兵も雇わずにひとりでいるのも納得できるしね」


 そう、本来はわたしに仲間なんていらない。わたしが死にかけたことなんてこの世に生を受けてから一度もないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伝説級の治癒魔導士《レジェンドヒーラー》、勇者パーティを抜けて人助けをしながら旅をしていたら魔王に名誉魔族に任命されました。 むぎさわ @mugisawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ