第6話「勇者の妹」

「どうしてるか様子を見に来てみれば! 悪魔となにしてるの!?」


「だれ?」


「パーティに一緒にいた勇者の妹さんのシュルです」


「ふーん……それでその勇者の妹が何しに来たわけ?」


「クラリスの匂いを嗅ぎながら言わないで! はーなーれーなーさーい」


 突然現れたロングの黒髪に赤眼の少女――もといシュルに引き剥がされるリヴァ。

 シュルのおかげで助かった。体が火照る気がするのは恐らくお風呂に入ったせいだろうか。


「そういえば……よくこの部屋にわたしがいるってわかりましたね?」


「それはたまたまというか……ここの部屋、壁がとにかく薄くて防音の固定魔法を依頼するのもケチったのがよくわかるわ」


「ふむ……安宿やすやどとはそういうものです。どこの団体にも属していない一般の方が魔法依頼をすると大変ですからね」


 一般的に宿屋というのは防音がしっかりしている宿屋か防音対策がまったく成されていない二通りに分けられる。

 何故なら固定魔法と呼ばれる防音や劣化防止の魔法は高等魔法に属し、特定の認可が降りた魔導士にしか使用が認められていないのだから。



「なるほど……それであんなに安かったのね!」


「えぇ。別々の部屋を取っても普通の宿で部屋を取るよりも安かったですから。そういうことです」


 商業ギルドに入れば商業ギルド側に半分出してもらえるので宿屋側は半額程度に済む。それでも商業ギルドに払う金をケチって宿屋を経営してる宿屋は多い。

 不認可の宿屋だが商業ギルドに入ることを推奨はされているが不認可のまま宿屋を経営されていても罰せられることはない。ただ宿の品質は商業ギルドの手が入らないこともあり、どうしても低くなる。

 なぜなら商業ギルドに入るにもある程度の水準を満たさないといけないからだ。


「あのおばさん……私たちを騙したのね!」


「えーと……騙されたのはあなただけで、わたしは騙されていませんよ?」


「う、うるさいわね! 私が世間知らずとでも言いたいの!?」


「そ、そういうわけではないですが……」


 人間の宿屋に泊まる悪魔なんて聞いたことがない。一般的に悪魔は人に化けるか友好的な他種族のフリをするのが普通で堂々と泊まることがおかしい。普通に泊まらせてくれるあの宿屋のおばさんもおばさんではあるけれど。


「それよりどうしてクラリスが悪魔なんかと一緒にいるのか教えて欲しいんだけど」


「なんかとはなによ!」


「まあまあ……悪魔のリヴァと一緒に行動したのは理由がありまして、」


 シュルに食ってかかろうとするリヴァをなだめてわたしはなぜリヴァと行動しているのか話した。


「ふーんお礼かぁ……」


「はい。わたしがリヴァを治癒して助けたのでどうしてもお礼がしたいと」


「怪しい」


「は、はあ!? さっきからなによあんた! 私はね真面目にこいつにお礼がしたいだけなのよ! それを――」


「り、リヴァ? 落ち着いてください」


 シュルは疑心の目でリヴァを見る。仕方ない。人間にとって悪魔はずるがしこく何か人間側に不利益を与えるイメージが蔓延しているのだから。わたしも別に完璧にリヴァを信用しているわけでもないにせよ始めから疑ってかかるのは違う気がする。


「でも悪魔でしょ?」


「あ、悪魔だからなによ! だからニンゲンって嫌いよ! すぐに私たち悪魔を悪者扱いして!」


「そうですね」


「クラリス!? あんたまで!?」


「たしかにこの人――この悪魔は悪魔です。でもわたしにお礼をしたいという気持ちは本物だとわたしは信じてます」


 他人の感情、意図を察せられるほどわたしは器用じゃない。それでもリヴァのあの言葉は本物だとその部分に関してだけは疑っていなかった。


「クラリス……あんた……」


「そう。それでガルーナの町まで同行するのね?」


「はい。そういう約束ですから」


「……はあ。わかったわ。あなたって一度決めたら変えないものね。あのときもそうだったし」


 あのときと言うのは幼い頃のことか今までのことかそれとも勇者パーティを抜けたときのことかわたしにはわからなかったけど。もしかしたら全部かもしれない。


「すみませんシュル。そういうことなのでわたしはあなたのお姉さんのところには――」


「ああ! その話は今はなし! 色々は明日以降に後回し!」


「なによあんた……明日も来るわけ?」


「当然。クラリスは仲間だからね。それじゃあまた明日。さ、行くよクソ悪魔。クラリス? おやすみなさい」


「ちょ――なにするの離して!? わたしはクラリスと、」


「あはは、おやすみなさい」


 せっかく来てもらって申し訳ないけれど、わたしは勇者パーティに戻る気はない。そのことを伝えようとしたらシュルは両手で自分の両耳を塞いで聞きたくないという素振りを見せた。

 そしてリヴァと一緒にお話でもしたかったのかシュルはリヴァの首根っこを掴んで部屋の外に出ていった。

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