終章

「失礼しました」


 俺はドアを両手で閉めて、職員室を後にした。


「あの時計ちょっと進んでいるんだ」

 

 数学の先生は五時一分に提出したノートを笑顔で受け取ってくれた。

 

 俺は職員室の余韻ぬくもりを感じながら、つめたい廊下をゆっくり歩く。

 頭の中は、ノートを提出できた安堵より、謎のことでいっぱいだった。

 

 ノートが消えたり現れたりする謎は、そんなに難しくなかった。

 

 犯人は裕香だ。

 

 この謎の解く鍵は、協力者の存在だった。

 要するに先生であれば、記録なしに鍵を借りられるし、アリバイだって作り放題。

 

 シナリオはこうだと推測する。

 

 まず、放課後一番早く終わった裕香は先生に鍵を借りてもらい、部室からノートを取る。先生に鍵を返してから、部室の棚に隠れて待つ。これは、比奈のアイデアの通りだった。


 そして、俺が部室から出たのは見計らい、ノートを元の場所に戻し、部室を出る。何事もなかったように俺たちに合流して、鍵がかかってないことを誤魔化すために、わざと真っ先に部室へ行って、鍵を開けるフリをする。

 

 先生が共犯者だと気づいた時点で手口ははっきりとした。

 だけど、犯行動機が余計にわからなくなった。

 

 先生が違う裕香は課題を写す必要なんてないし、俺たちへの挑戦状なら不可解な点だらけだ。


 第一に、その犯行手口。鍵も開け放題で、アリバイも作り放題。時間も十二分にある。そんな状況で、わざわざ戸棚に籠るだろうか。それに、ミステリー好きの裕香が、こんなスキだらけの謎を作るだろうか。それこそ、致し方がなくそうしたようにも思える。

 

 第二に、先生の不可解さだ。挑戦状を突きつけたいという理由で、生徒に協力するだろうか? そんなくだらないイタズラに乗り気になるだろうか? それに関連するかわからないけど、謎を相談しにいった時の先生の態度には違和感があった。まるで、別のことを話しているようなすれ違い。


 そもそも、先生は謎を解くのが無粋と言っていたのだから、挑戦状ではない。

 

 だとすればなぜ裕香は、犯行に及んだのだろうか。

  

 意識をふと視界に戻すと、眩しい光が目をくすぐる。

 ちょうど渡り廊下に立っていて、グラウンドや校舎がオレンジに染まっている。


 あの様子なら、どうせ部室には誰もいないだろう。俺は一つため息をつくと、再び歩き始めた。

 

「やっぱり七不思議?」

 

 ふと、口からこぼれた。

 ニヤリとした拓也の表情・声が、はっきり脳裏に浮かんだ。

 何か関係がある。どうしても、可能性が捨てきれなかった。

 

 そこで俺は、もう一度七不思議を思い出すことにした。

 

「えーと、四月四日が…………『午後四時四十四分校庭で好きな人を叫びながら四周走ると結ばれる』………………」


 コツンコツンと廊下を歩く。


「…………っていやいや、それは恋愛の方! 普通の方は『校舎裏の墓地にいると奇妙な声が聞こえてくる』だ!」


 俺は廊下で呟きながら一人ツッコミをしていた。


 比奈がオカシナことを言うもんだから、印象に残ってしまった。

 

「でも、校庭を走るのは四月四日なんだろうなぁ……。途中で日にちが抜け落ちたって言ってたし、ちゃんと全部に日にちがあるんだろうな…………」


「もしかしたら、田中先生なら抜け落ちる前を全部知っているのかな……」


「って、七不思議が二つもあったら十四不思議じゃないか? 変な話だよな…………」




 

「……………………」

 




 その瞬間、俺の脳内に電流が走った!


 

「えっ!? そう言うこと!! じゃあ、今日は? 十一月十一日は??」


 

 部室で、比奈と裕香が話していたを思い出す。

 そして、先生がニヤニヤ話していたという言葉も思い出す。

 さらに、裕香の不可解な犯行手口を思い出す。

 

 その三つから導かられる答え。裕香の犯行動機は…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううううう、嘘でしょ!!!!」


 

 俺は思いっきり叫んだ。誰もいない廊下に俺の声が響く。



 

 ——そして、瞬きをした瞬間、突然あたりは明るくなった。

 

 まるで壁がなくなったかのように明るい陽が差し込んできて、目の前にはあの時の部室が映し出される。突然、チャイムの音がなり始めた。おそらく放課後を知らせる鐘の音だろう。日差しに照らされた彼女は俺のノートを持っている。

 俺の心臓は突然飛び跳ねた。突然息が苦しくなって、それでも目を逸らせない。

 

 それは、きっと…………。

 

 ——あたりは暗くなって、普段通りの、薄暗い廊下へと戻っていた。

 



 だけど、俺の心臓は落ち着くどころか、より激しく脈を打つ。

 いつしか、体はソワソワし始めて、立ち止まっていることが苦しくなる。

 

「も、もしかして…………教室に残ってる…………?」

 

 そう思うと、途端に足が動かなくなった。たぶんすごく緊張しているんだと思う。

 これが、本当ならば合わせる顔がないし、勘違いだったらもっと合わせる顔がない。

 

 思考放棄して逃げるのが一番気が楽だけど、そのとんでもないミステリーに目を背けることなんてできなかった。

 

 震える足に、徐々に締め付けられる胸の奥。だけど、止まらずにいられない。

 

 やっと辿り着いた部室の前、俺はある種の確信を持ってドアを開ける。

 

 夕陽に照らされた裕香が、そこに一人座っていた。



* * *




 目が合った時、俺は下に逸らしたんだと思う。

 無心を心掛けていたのに、動揺を隠すことができなかった。

 

 彼女は、微笑んだ。

 

 犯行がバレて「あちゃー」と残念がるような苦笑いでもなければ、気まずいからとりあえず笑っておくような作り笑いでもない。その奥には真剣ささえ覗かせた、微笑みだった。

 

 俺は、無言で彼女の向かいに座る。目なんて合わせられなかった


 最初に口を開いたのは彼女だった。


「謎は解けた?」


 俺はゆっくりと、首を縦に振った。

 

「さすがだね……陽くんは…………」

 

 彼女はそう呟いて、うつむいた。膝の上で握る手は、少し震えている。

 

 俺は思い切って、口を開いた。

 

「だけど! 謎が残ってしまったんだ…………だから…………一緒に謎解きしてくれる?」


 その返事に、間なんて無かった。

  

「喜んで! 私、ミステリー大好きだから」

 

 彼女は照れを隠すように、微笑んだ。その目尻に少しの滴を光らせて。

 







 謎が解けたらI LOVE YOU おわり

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

謎が解けたらXXXXXXXX さーしゅー @sasyu34

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ