後編

 コンコンコン。


 三回ノックを鳴らすとドアを開けて、「失礼します」と口にする。


「すいません、鍵の貸借記録を見せてもらえませんか」


 陽が全体に伝わるように、大きな声で要件を口にすると、一番手前の先生が大きく頷いた。


「そこにかかっているからどうぞ。鍵を無くしたの?」


「そういうわけじゃないんですけど、調べてることがあって」


 陽は、入口にかかっていたノートを取ってペラペラとページをめくる。

 

「えーっと、部室の鍵は…………俺だけか……」


「職員室に鍵の記録見に来たのね?」


 比奈は少しボリュームを落として口にする。


「そう……鍵を借りる生徒は借りた時間と返した時間を、必ずここに書かないといけない。だから、ここを見れば犯人がわかると思ったんだけど……俺の名前しかない」


「見せて…………」


 裕香はグイッと陽の隣に割り込み、興味津々に記録ノートを見る。

 陽は慌てて体をかわし、裕香にノートを手渡す。


「誰も借りてないね…………」


「じゃあ、空振りってわけね?」


「いや、もう一つ用事がある」


 陽はそういうと、ノートを元の場所に戻してから、職員室の奥へとぐいぐい進んでいった。

 

「田中先生。今よろしいでしょうか?」


 陽が声をかけると、若い女性の先生がポニーテールを揺らしながら振り向いた。


「あら、ミス研全員揃ってどうしたの?」


「ちょっと、ものが消えたり、現れたりして……」


「もしかして七不思議? 今日は……そうね!」


 田中先生はカレンダーに目をむけると、頬を緩めた。


「あ、はい……そうです」


「あった、あった! 懐かしい〜」


「先生はこの学校のOGなんですよね」


「ええそうよ。七不思議……ドキドキでね……好きだったわ」


 先生はとても懐かしそうに微笑んでいる。


「ちなみに、無くなったものは見つかっているのよね?」


「はい……」


「じゃあそのミステリーは解かない方が良いと思うな? それは無粋だよ? もう困ってはいないのよね?」


 比奈は先生の言葉聞いて「先生もそう思いますよね」と握手を交わす。だけど、陽は納得いってない様子で、田中先生をにらむ。


「これって窃盗ですよ?」


「でも、そのものを取る気はさらさら無かったはずよ。そこは私が保証するわ」


「田中先生は、この事件何か知ってるんですね?」


「さて、どうかしら」


 陽の言葉に先生は苦笑いをしながら、はぐらかした。


「じゃあ質問を変えます。裕香は放課後、先生の所に来ましたか?」


 裕香は陽をびっくりした目で見た。この言い方だと、まるで裕香が犯人だと疑ったようなものであったから。先生は一つゆっくり呼吸をすると、はっきり口にした。


「そうよ。私が呼び出したの。あんまり大した用事じゃなかったんだけどね」


「その用事は?」


「それはプライベートな質問よ。他の生徒には教えられないわ。たとえ、教えたとしても損害がないものでもね」


 先生はそこまで口にすると、手をパチンと叩いた。


「はい、散った、散った! まあでも、もし本当に盗難があったならしっかり相談してくれていいから。その時はちゃんと聞く」


「でも…………」


「わかりました、ありがとうございました」


 拓也がそう口にすると、陽を引っ張って歩き出した。

 陽は顔を顰めたまま、職員室を去った。


 * * * 


 部室に戻ってからも、陽は難しい顔で黙り込んでいた。

 

「もういいんじゃない? 鍵だって誰も借りて無かったんだし、本当に勘違いでしょ。それに、先生も問題ないって言ってたじゃん?」

 

 比奈は窓の外を眺めながらため息をついた。

 外は茹だるようなオレンジに染まっていて、夕方であることをこれでもかと伝えてくる。ちらほらと校門通る生徒も見える。


 それなのに…………。

 

「よくない! ちゃんと謎を解き明かさないと…………」

 

 陽は駄々を捏ねる子供みたいに声を張り上げた。

 難しい顔の陽に、困り顔の比奈、拓也は交互に目配せして、一息つく。

 

「鍵の貸借記録をつけずに鍵を借りる方法とかあるのかな?」

 

 比奈は大きなため息をつきながら、こっそりと拓也をにらむ。


「先生の目を盗んで、鍵を取るとか?」


「それじゃあ窃盗だよ? それに、貸し借りで二回も見逃すなんて、そんなに先生たちの目は節穴じゃないと思うよ?」


「じゃあ、生徒以外の誰かが鍵を取ったとか? 例えば幽霊とか!」


「幽霊の仕業なら、それこそ七不思議だよね?」


「それはそうだけどさぁ…………」


 比奈は机に突っ伏せた。手の先ではシャープペンシルを振っていた。まるで白旗を振るかのように。

 

「じゃあ、本当に七不思議…………」


 裕香の言葉に、陽は大きな反応を見せなかった。

 じっと、俯いたまま、やっぱり難しい顔をしている。


「でも、なんで十一月十一日なんだろうね?」


「そんなの、数字が並んでいるからとかじゃない? 元々七不思議なんてくだらないのよ?」


「恋愛七不思議だって、午後四時四十四分だよね」


「恋愛のおまじないには、そういうのが大事なのよ! 恋愛はそういうもの! ねえ、裕香」


「そ、そうだね……」


「比奈が突然振るから、裕香困ってるじゃん」


 少しあたふたした裕香を見て、比奈は「あ……ごめん」と謝った。

 

「っていうか、もう五時になるよ? そろそろ解散にしない?」


 冬の部活動標準終了時間は五時と決められていた。もちろん、それ以降部活をしていても怒られないけれど、一種の基準ではあった。


「でも…………」


 いまだに悩んでいる陽。比奈の目には、彼のある物がとまった。


「っていうか、そのノートいいの?」


 比奈はそのノートを持ち上げる。陽はわけがわからないと顔をしかめるけど、その表情はすぐ驚きに変わった。


「五時じゃん! ノート! ちょっと提出してくる!」

 

 陽は椅子から飛び跳ねると、部室のドアをバンッと開く。そういって陽は駆け出した。


「じゃあ、勝手に解散しとくから、鍵しめてね!」


 比奈は陽の後ろ姿にそう叫ぶと、そそくさと帰り支度を始めた。

 拓也と裕香はポカンとしていたけれど、比奈に釣られ、慌てて帰り支度を始めた。

 

 

 

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