謎が解けたらXXXXXXXX

さーしゅー

前編

「じゃあ、さっきあったことを話すよ……」


 小さな教室に響いた声はわずかに震えていて、しんっとした空気が辺りを支配する。ホワイトボードマーカーを握る手は微かに震え、力が入っていることがわかる。


 それもそのはず、彼、大元 陽おおもと ようの身には、偶然では済まされないような不思議なことが起きたのだから。

 

 陽はゆっくりと息を吐き、怪奇な現実を紡ぎ出す。

 

「ノートが消えたり、現れたりしたんだ!」


 ミステリー研究部、通称ミス研の三人、比奈ひな拓也たくや裕香ゆうかは、その言葉を聞いて思わず顔を見合わせた。それは、深いミステリーに出会ったような驚きではなくて、想像の斜め下だったような戸惑い。


 陽はお構いなしに、続きの物語を紡ぐ。

 

「まず、昼休みの話。俺は部室で数学の課題をやっていたんだ。本当は昼休みのうちに終わらせたかったんだけど、いつもより難しくて終わらなかった。だから、課題ノートを部室においてから教室をでたんだ。どうせ部室は誰も使わないし、持ち運ぶのが面倒だったからね。あっ、もちろん部室に鍵はかけたし、その鍵は職員室に返したよ」


 陽はホワイトボードに『1、昼休み ノート置いたまま鍵をかけた』と書きこむ。


 三人は彼の走らせる黒をボーッと眺めている。


「それなのに、放課後になったらノートが消えていたんだ!」 


 キュッキュと『2、放課後 密室の教室からノートが消えた』と記す。

 比奈は軽くため息をついて、耳にかかる髪に触れた。


「その課題は今日の五時が締め切りで、大慌てで探したよ。だけど、部室では見つからなかった。焦った俺は、置いてきたのかもしれないと教室に戻ったんだ。もちろんその時も鍵をかけたよ」


 『3、事件発生後 部室に鍵をかけて教室に戻る』


 陽が書き終えてコトンとマーカーを置いたとき、拓也の手が勢いよく上がる。


「はい! それ、比奈が締め出し食らったやつでしょ? 部室に向かってたら不機嫌な比奈とすれ違ってさ」


 拓也がいたずら顔で振り向くと、彼女はムッとする。

 彼女の短い髪が押し上げられるくらい、頬を膨らませて拓也を鋭くにらむ。


「だって、今日の鍵当番は陽だったのに、鍵は開いてないし! だから、気を効かせてあたしが取りに行ったら、今度は陽の名前で貸出されてるし! 職員室と部室をはしごするの結構めんどくさいんだよ?」


「それは、ごめん…………」


 陽は下を向く。手元では、マーカーのキャップが閉まったり開いたりして遊んでる。


「いいから、話の続きは?」


 比奈が陽をにらんだので、陽は続きを口にした。


「それから、教室で裕香も含めてみんな合流したんだよな?」


 裕香に目をやると、彼女は長い髪を揺らしながら、ゆっくりと頷いた。


「今度は教室から四人で部室に戻った。その時ももちろん教室に鍵がかかっていた。ねえ裕香」


 裕香は長い髪を揺らしながらコクコク頷く。


「てっきり誰かが開けてると思った……開かなかった時はびっくりした……」


「裕香が鍵を使って鍵を開ける。そして、教室に入ってみると…………あれだけ見つからなかったノートが机の上に載っていたんだ! どう思う?」


 『4、部室に戻った 密室の中にノートが現れた』


 陽は大きな音を立ててホワイトボードにマーカーを走らせると、『さぁ、どうだ!』と言わんばかりに、皆を見た。

 


 だけど、真っ先に上がった声は…………。


「はい! 陽が部室で探した時に見落としていたに一票!」


 比奈はやけに勢いよく手を上げて、冷めた声を発する。


「そもそも、ノートが見つかったならいいじゃん? 早く提出してきなよ?」


「大切な物的証拠だから! それに、机の上に堂々とおいてあったノートを見落とすなんて思えない!」


「まあ、そうだけどさ…………。被害がノートってどうなの? しかも見つかってるし」


 比奈はどうもめんどくさいらしく、いつの間にか彼女の前には小説が積んであった。ミス研部員でもありながら、茶道部、書道部と、文化部を掛け持ちしている比奈は、そんなくだらないミステリーには興味がないようだ。


「面白そうじゃない? だって密室だよ? ねえ、裕香」


 ミス研のムードメーカーの拓也は、「まぁまぁ」と比奈をなだめると、今度は裕香へパスを回した。


「たしかに面白そう…………その……陽くんはどう思ってるの?」


 裕香は無口ながらに目を輝かせながら、陽を見る。

 彼女はミス研の中でも一番のミステリー好きで、陽の言葉に一番真剣に聞いていた。

 

 陽は彼女のまっすぐな瞳から目を逸らすと、頬を掻きながら口にした。


「鍵もかかっていて、ここは三階だから窓から侵入することもできない。他に侵入経路もないし完全に密室にしか見えない……」


 陽が唸っていると、拓也が思いついたようにニヤリと口角を上げる。

 

「それこそ七不思議の一つかもしれないよ? だって、今日はピッタリだもん」


「七不思議?」


 その言葉に陽が首を傾げる。


「 『十一月十一日に物が忽然と消えては現れる』ってね?」


 拓也はまるで怪談を語るかのように、含みを込めて口にした。

 陽は只事ではない話に、思わず息を呑んで耳を傾けたが、聞こえてきたのはやけに勢いのいい返事だった。


「はい! あれでしょ? 『午後四時四十四分校庭で好きな人を叫びながら四周走ると結ばれる』ってやつでしょ?」


 比奈は手元の小説をパタンと閉じて目を輝かせる。


「えっ? そうなの?」


 陽は思わず、拓也を見た。だけど、『七不思議』と口にした本人もポカンとしている。


「聞いたことある…………『朝休みが終わる直前まで黒板の隅に好きな人を書くと結ばれる』とか…………」


「そうそう! 『放課後の鐘が鳴る時、好きな人のものを持っていたら結ばれる』とかね?」


 裕香と比奈が盛り上がっている中、陽は首を傾げた。


「そうなのか?」


「ううん? 聞いたことがないよ、そんなの。七不思議でよく言われているのはこれだね」


 拓也は話を遮られたのが不満だったのか、少しため息をつきながらホワイトボードに黒を走らせる。

 

 『

 4月4日   

 校舎裏の墓地にいると奇妙な声が聞こえてくる

 8月8日   

 誰も使っていないはずの靴箱に、差出人不明の手紙が入っている

 9月15日  

 屋上からうめき声が聞こえる

 11月11日 

 ものが忽然と消えては現れる

 12月12日 

 黒板に解読不能な謎の文字が現れる

 』

  

 

「校庭で叫びながら走るなんてトチ狂った不思議なんて聞いたことないよ?」


「あたしだって、そんな細かくてショボい不思議なんて聞いたことないわ?」


 拓也に齧り付く比奈。少し険悪になったところで裕香の小さな声が聞こえる。


「たぶん、私たちが話しているのは恋愛七不思議…………拓也くんが話しているのが普通の七不思議…………だとおもう……」


「普通の七不思議って……なかなか複雑な言葉だね……」


 拓也は苦笑いをした。


「で? 確かに今日は十一月十一日だからそこに書いてある、物が消える日というわけか」


「そういうこと! 面白いと思わない?」


「確かに面白い! ミス研として、これは解明するしかないな」


「えー? 恋愛七不思議の方を追おうよ? ノートとかどうでもいいって」


「まあまあ……私は面白そうだと思う……」


「まあ、裕香がゆうなら…………」


 比奈は大きくため息をつくと、ホワイトボードをにらむ。陽が書いた、事件の状況が残っている。

 

 1、昼休み ノート置いたまま鍵をかけた

 2、放課後 密室の教室からノートが消えた

 3、事件後 部室に鍵をかけて教室に戻る

 4、全員戻る 密室の中にノートが現れた

 』

 

「でも、状況はわかったし、密室なのはわかったとしても、動機は何?」


「課題が写したかったんじゃない? 今回の難しかったし」


「確かに、陽は絶対人に見せないもんね」


「小さい男ね?」


「うるさい!」


「一つ言えることは、ノートを実利のために取るならば、犯人は俺ら四人以外ありえないってことになるね」


「どうして?」


「部室は教室からずいぶん離れている。たまたま通りかかったなんてありえない。それに、ノートを置いたのは計画された物じゃない。だから、ノートがあることを知っているのは、昼休みもここで過ごしたこの四人だけ」


「そうね…………じゃあ、犯人はあんたでしょ? なぜなら馬鹿だから」


 比奈は決めつけるようにビシッと拓也を指さした。


「それを言うなら比奈の方が怪しいよ? いつも僕の課題を写しているけど、この課題に関してはまだ僕はやってない?」


「あたしはこんな心の小さな男の課題なんて写さないわ?」


「心が小さいのと、課題を見せないのは違うだろ? むしろ、ちゃんと課題をさせてあげる優しさだよ!」


「そういうところよ!」

 

 比奈が思わず立ち上がった所で、拓也が「まあまあ」と二人をなだめる。


「でも、その説を採用するなら裕香はここで外せるね」


「なんで?」


 比奈は怪訝な表情で、拓也をにらむ。

 

「だって、先生が違うから課題が違う」


「確かに…………」


 ミス研の面々は四人ともバラバラのクラスに属している。さらに言えば裕香のクラスだけ数学担当の先生が違う。


「じゃあ、他に目的は?」


「たとえば、ミス研への挑戦状。とかどうかな?」


「挑戦状?」


「うん、七不思議の一つをわざと再現することで、僕たちに勝負を挑んでるんだよ」


「誰が?」


「この中の誰かさ。結局ノートの存在を昼休み時点には知っておかないと、時間的に不可能だからね」


「なら、私は違うわね? だって七不思議知らなかったんだもん」


「いや、そこは嘘をついている可能性も否定できないよ」


「本当に知らなかったんだって! それをいうなら裕香が怪しんじゃない? 一番のミステリー好きでしょ」


「確かに好きだけど…………やってないよ……」


 裕香はそっと俯くと、助けを求めるように、視線を陽に向けた。


「うーん……とりあえず目的はこの二つか」


 陽はマーカーを走らせる。


 『

 1、課題が難しくて写したかった。 

 濃厚 比奈 除外 裕香

 2、俺たちへの挑戦状       

 濃厚 裕香 除外 比奈

 』 


「ちなみにアリバイは…………?」


「さすが、ミステリー好きの裕香だね。ここはちゃんと基本を押さえないとね」


 拓也の声に、裕香はコクコクと頷く。


「確かに基本は重要だ。みんな放課後はどこで何してた?」


 拓也はガサガサとカバンを漁ると、時間割を取り出して机の上に置いた。


「時間割を見るに、一番早く時間が空くのは一コマ少ない裕香かな」


「でも、私は田中先生に用事があったから、田中先生に聞けばわかる…………」


 裕香は指差す先を見ながら、ゆっくりと頷いた。田中先生は裕香のクラス担任であるとともに、ミス研の顧問でもある。


「裕香以外はギリギリまで授業があったけど、比奈のクラスの先生は少し早く終わる先生だよね」


「そうよ、でも終わってからチャイムが鳴るまでは友達と話していたわ? これは優子とか由衣とかに聞いて貰えばはっきりするわよ?」


 比奈はすんっとした態度で拓也をにらむ。


「そして、僕は片付けをゆっくりしていたら、少し遅れたかな」


「みんなアリバイはあるし、空いていたとしても十分じゃないか……」


「そもそも、密室のトリックはどうするのよ? 鍵が締まったままノートは消えたり現れたりしたんでしょ? 陽のいうことが正しいなら」


「そういうことになる」


 陽が顎に手を当てて、「うーん」唸る。

 すると突然、「あっ、そうだ!」と比奈の声が教室に響いた。

 比奈は部室にある棚に駆け寄り、戸を手当たり次第に開く。


「どうしたの?」


「ここら辺とか、隠れられそうじゃない?」


 比奈の指差す先には、人が入れそうなくらい広い一段があった。スライド式の戸もついていて、中からでも十分閉められそう。


「確かに……でも、隠れてどうするの?」


 陽の疑問に、比奈は得意げに鼻を鳴らす。


「まず、昼休みにみんなの目を盗んでここに隠れる。そして、陽が戸じまりしたのを見計らってノートを取って、放課後まで隠れる。そして、陽が教室に戻ったタイミングでノートを机の上に置いてから脱出する」


「それだったら、別のところで事件になってそうだね?」


 拓也は苦笑いをした。


「それじゃあ、みんなで部室に戻った時に鍵が締まっていたことが説明できない。でも、それ以外は成り立つな……」


「いや、大騒ぎだよ! 無言で誰かいなくなったら」


「私もあり得ないと思う…………」


「そこはあれよ。鍵を借りて締めたのよ?」


「その時は俺が鍵を持っていたから、借りられないぞ」


「じゃあ、うーん…………マスターキーを使ったのよ!」


「マスターキーって…………特定の人しか持てないじゃないのか?」


「じゃあ、わからない! なんか超能力でも使ったんじゃないの?」

 

「でも、鍵を開ける以外方法は無いことは確かだな…………後は七不思議が真実であるか……」


「やっぱ校庭を四周走った方が良いのかしら?」


「そっちじゃないよ! そもそも、その不思議は毎日あって良いのか? 大抵四月四日とか付いてそうだけど?」


「恋愛の七不思議はそんなケチじゃないのよ。だから、毎日でもできるわ」


「やっぱりなかなかカオスだね……」


「途中で抜け落ちたって聞いたことがある…………」


 ため息の拓也に、裕香が口を挟む。


「それだけいい加減だったら抜け落ちるだろうね」


「いいのよ。そもそも実在しないんだから! だから今だって七不思議を考えるのは馬鹿げてるわ! どうせ、陽が見落としているだけ…………」


「そう! 七不思議なんてわけがない! 犯人はちゃんと鍵を使ってこの部屋に入ったに違いないんだ! これからそれを見に行こう!!」


 陽は立ち上がると、鍵を持って部室の外に向かう。

 他の面々は『どういうこと?』と顔を見合わせるけど、お構いなしに陽は歩いていく。

 

「廊下寒い」なんて文句を聞きながら、陽の向かうままに歩いた。

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