第3話 魔の森の洗礼


 早いもので、あのピクニックから早数ヶ月が経つ頃、私達三人は王国の希望として魔王討伐に向けて旅立つことになった。


 片桐君は銀色のプレートアーマーに紅色の片手剣を装備し、道行く人たちから黄色い声援を受けている。

 彼はルックスこそ良いのだが、私に対してはライバル宣言をしてから常に暑苦しく付きまとってくるようになった。だから市井の人々からのあの声援は片桐君の中身を知らないルックスのみに向けられているわけで……すぐ横で歩く私は複雑な笑みを作るだけである。


 そのすぐ左横にいる佐之君は何が気に入らないのか、その表情を曇らせている。いや、言いたいことはわかるよ? 


 それは彼の格好にある。別に女装させられているわけではないのだが、常日頃から王宮内の王女やメイド達におもちゃにされてきた彼はすっかり女性と見間違うほどの美しさを手に入れていた。


 だからかどこからどう見ても美少女が男装してるようにしか見えないんだ。それを気にしているんだろう。やっと男の装備を纏うことができたのにちっとも嬉しそうじゃないのは気のせいだと思いたい。こんな彼もすごい魔法を扱えるんだけどねー。その活躍の機会を奪い続けてきたのが他ならぬ私。


 それに対して私の装備は何? 

 三角巾とエプロンのみ。もう一度言うよ? 三角巾とエプロンのみだ。腰には申し訳程度に鍋つかみが用意してあるぐらいである。なんだろう、この場違い感。完全に二人のお手伝いさん扱いだよぉ。


 そんなアホなことを考えている私の思惑をよそに、私達を乗せた馬車は王国騎士団と合流して敵の本拠地へと向けられる。王国を守る為にも多くは出せないがと、その中でも精鋭を30名つけてくれた。中にはなぜか王女であるリリアーナまで居た。


「どうしてリリアーナがここにいるの?」

「愚問ですわ明日乃。それは勿論、こんな面白そうなイベント逃す手はないと思ったからです!」


 完全に我欲で動いてるよこの子。

 でもちょっとだけ嬉しい自分がいる。

 一応旅立つ際に確認したけど、あの中で女子って私だけなんだよね。野宿とかもあるからそこを心配してたんだけど、リリアーナが来てくれたおかげで彼女付きのメイドさんも来てくれた。

 寝る時や着替える時は彼女のところにかくまってもらおう。いくら佐之君が女の子のように可愛いくても、彼はちゃんと男の子なのだ。


「それに、どんなに強力な敵が現れても明日乃の料理で簡単に倒せちゃうでしょ? だから王宮にいるよりこの遠征について行くほうが安心だってお父様が」

「できる限りのことはするけど、リリアーナは一応王女様なんだからね? それを忘れないようにしてね?」

「はーい」


 ゆるーいやり取りを経て、私達一行は魔の森へと入っていく。


 正直なところ、私の出番ないなーって思うよ。

 だって片桐君、めちゃくちゃ強くなってるもん。

 そのくせあれだけ動き回ってたのに、何を目標にしてるのかまだまだ明日乃に追いつけないとか言って修行し始めるの。

 ちょっと待って、片桐君の中の私のイメージって屈強な大男とかじゃない? 

 私そんなゴリラじゃないよ!? 無いからね? 


「露払いは僕たちに任せて、太刀木さんは料理作りに専念してほしい」

「う、うん」


 そんな心配をしている私に佐之君が語りかけてくる。あぁ、もうそんな憂いに満ちた目で見ないでー。何故だか彼に見つめられるとキュンとしちゃうのだ。まさかこれが恋? 

 いいや、私に限らず佐之君のスマイルには王女付きのメイドさんのハートをも貫いている。

 だから気にしないことにした。これは深く考えちゃいけないやつだ。


 私は私のできることを専念しようか。

 キッチン召喚と持ち込まれた食材を使って自慢の料理の腕をモンスターに披露してやるのだ。

 本当は素敵な恋人に振る舞う予定だったのに。どこで予定が狂っちゃったんだろう? 

 それでも昔やってたことがこうして異世界で役に立つのなら本望だと前を向く。


 今日は肉じゃがよー。


 茹でたジャガイモに串を刺して、やや芯が残る硬さで湯から取り出す。さっと水に通して粗熱をとり、砂糖と醤油で付け合わせのお肉と玉ねぎを炒めていく。肉は火を入れすぎないように投入するのは最後。ジャガイモを底に敷いて上から玉ねぎ、肉の順に投入する。全体的に火が通っているので後はジャガイモに出汁を染み込ませるだけの作業であるが、浸透圧を使ってゆっくりとなじませる。この際鍋をヘラでかき混ぜるのは厳禁。


 完成したお出汁を味見してうっとりとする。

 今日も最高の味付けに、騎士団の皆さんが空腹にお腹を抑えていた。でもこれ、私が携わってる時点で猛毒なんだよね。

 私は食べられるけど、私以外がアウトな奴。

 一体どれほどの効果を持つかの研究成果は以前行われたピクニックで証明されている。

 毒は基本的に経口摂取でのみ有効で、手で触れても特に異常はきたさない。持ち運びに便利な干し肉系も重宝されるが、香りの強いスープ系も植えた肉食獣を呼び出すのに効果的であるとされた。


 作り手である私を中心に空腹の波が周囲に広がって行く。少しして大地を揺るがす音がした。

 この森の守護者であるトロールだろう。

 見上げるほどの巨体から振り下ろされる棍棒は、王国騎士団が束になっても敵わない。

 ましてこんな足場の悪い森の中じゃ、何もできないまま蹂躙されるだろう。


 だがここで私の肉じゃがが火を吹いた。

 見た目、煮込み具合、香りをパーフェクトで揃えた特性肉じゃがは空腹のトロールの興味を示し、手を出させた。勿論私たちは鍋を置いて撤退済み。哨戒の兵が様子を見ているのだ。


 最初こそ罠だと思って警戒していたトロールだったが、すぐに空腹に負けて一口放り込む。鍋は全部で10個用意した。そのうちの一つを鍋ごと食べてしまう。それも一口でだ。その大きさたるや対峙したくもない。


 一つ、二つでは飽き足らず、全てを平らげたトロールはもうないのかと残念そうに周囲を見渡した。だがもうないことを悟って持ち場に帰ろうと立ち上がろうとした時、その場で尻餅をつく。

 もう完全に毒はトロールの体を巡っていた。立ち上がりたくても力が入らず、その場で泡を吹いてぐったりとした。

 兵士の一人がすぐに生命感知の魔道具を使って確認を取ったところ、すでに事切れていることが発覚! 


 王国が長年煮え湯を飲まされ続けてきた驚異の一つは、こうして私の手料理で屠られたのである。みんながみんなやりきった顔で感動を体全体で示している。やったぞーって、抱きしめあって、すぐに恥ずかしくなって離れたりした。


「やっぱり明日乃にはまだまだ遠く及ばないか。俺ともあろう者があの巨体を前にぶるっちまってた」


 片桐君はそう言って私を褒めてくれるけど、実際あの巨体には私もぶるってたよ? だからお願い、ライバルとしての敷居を上げないで!? 


「さすが太刀木さんだね。僕でもあの巨体をああも屠るのには30分はかかるだろう。こうも被害を最小限にとどめての討伐は太刀木さんの他にできるものは限られてくるんじゃないかな? 同じ仲間として鼻が高いよ」


 やめてぇえ、佐之君だって十分すごいよ。この世界の魔法の勉強をいっぱいして、いっぱい取得したんだもん、それに比べて私はふつうに喜んでもらえるように肉じゃがを作っただけだからね? 

 だからそんな自分じゃまだまだ追いつかないみたいな顔しなくていいから! 


 こうして私達は一人の欠員も出さずに魔の森を抜けることになった。

 戦闘後はやたらと腹が減る。残り香を糧に今日も騎士団と王女様一行は味の薄いスープと干し肉を得て腹を満たした。


 私? 私はふつうに美味しくいただけるから。

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