第358話『黒く濁《にご》ったソレを捧げよ……』
第三百五十八話『黒く
【宿場町に接する街道上にて】
十一月一日、午後十八時、遠くの地に在る林の中で少年が酒池肉林の桃源郷を堪能している頃、陥落街ウンコタウンと以北の都市を結ぶ街道、そこを行くとある集団に異変が生じた……
陥落街から北へ伸びる太く長い街道、そこを往来する人々の姿は日が暮れてもなお消える事はない。
無論、道行く人は日中より減ってはいる、しかしその数を極端に減らす様子は
夜中に街道を歩く彼らには『せめて日が変わるまでに辿り着きたい』と思う
日が暮れたその
そんな彼らは夜道を安全に進む為に慣れた様子で当然の如く集まって歩く。自然な流れ、暗黙の了解、昔からある旅の知恵、常識だ。
隣り合う者同士が軽く会釈し合い、分かりきった行き先などを
集団の至る場所でそんな光景が見られた。
特に問題を抱えていそうな者も
夜道を安全に進む為に作られた即席の旅仲間とは言え、『もしもの時』は盾に使える大事な仲間である、愛想を良くしておいて損は無い。狡猾な行商人などはその思いが態度や表情へ
この夜行集団を見つけた行商人の『ネトルネコ』もその例に漏れず狡猾。
ネトルネコは内心をその肥えた体と柔らかな笑みで隠し、小心者を演じて人々の警戒心を解きながら『お子さんや女性、歩みの遅いご老人は中央へ』と声を出しつつ自分もズカズカと安全な中央へ入り、
そういった行動をとる
中央に陣取ったネトルネコは両腕に子供を抱え、自分の周りには女性と老人を配置して『うむ』と頷く。
彼は動きが遅い者で周囲を固め、簡易肉壁を造って満足していた。両腕に抱えた子供は『
そんなフル装備のネトルネコをリーダーとした集団が宿場町まであと2kmの辺りまで来た時、夜目の
「待てっ、あっちの丘、何かが……街道に入ってこっちへ来る、騎兵……いや、騎士団以外の旗を持っている、が、賊じゃぁない、あれは――」
男の声に驚く一行、その指差す方角を一斉に見つめた。
ネトルネコは『盾』を構え直して丘と街道を見据える。
そして再び夜目の利く男が
「ッッ!! 先頭の大男……『百人斬りのガッシ』だ……っ!!」
どよめく一行、しかし反応は二つに分かれた。
一方は安堵の息を漏らす多数派、もう一方は恐怖で息を詰まらせた少数派。
そんな中、ネトルネコは怒りと焦りに顔を
ネトルネコは舌打ちを必死に
ネトルネコの故郷は隣国に在る中規模の平和な街だった、しかし、その平和な街を略奪の為だけに襲撃し、一日で滅ぼした元凶がガッシの属する傭兵団、鷹の旅団であった。
武を
豪商として知られたネトルネコの父親は旅団に捕まり首を刎ねられ死んだ、母は雑兵に輪姦された後に首を刎ねられた、兄と弟はロープで繋がれた四肢を牛に引かれる『牛裂き(車裂き)』に処され死んだ。
そして、美人で評判だったネトルネコの妻も母と同じ道を辿る。
だがしかし、その死んだ妻が捕縛される直前に
やがて行商の旅から故郷へ戻ったネトルネコが見た光景は筆舌に尽くし難い惨状、彼の絶望は計り知れない。
焼け落ちて見る影も無い実家、
そんなネトルネコが瓦礫と化した納屋に意識を向けたのは偶然か、それとも必然か。
彼は思った、『もしかしたら』――
ネトルネコは立ち上がって納屋へ走り、焦げた瓦礫を放り投げ、蹴飛ばし、石床に在る隠し扉のツマミを見つけ、それを摘まんで右に三回、左に四回、カチリと音がするまで
鍵が外れた隠し部屋の扉を開こうとするネトルネコ、焦燥に駆られて何度も
数度目の挑戦で開扉に成功、
隠し部屋の奥には衰弱した幼い娘、扉を跳ね上げ急いで娘の許へ駆け寄る。
幼い娘は何かを大切そうに抱えたまま気を失っている、それは妻が用意したであろう小麦の菓子を入れる袋と小さな水筒、両方とも中身は既に空だった。
娘が助かったこの奇跡は決して神の慈悲などではない、これは賢明な妻が
無慈悲な神に感謝などしない。
この惨状を放置した神など死ねばいいのだ。
ネトルネコの信仰心はこの日消えた。
そして誓った、必ず鷹の旅団に復讐すると。
無法者集団を放置するテューダー王国を滅ぼすと。
気狂い共を英雄視する愚民共を必ず駆逐してやると。
衰弱した娘の看病をひと月ほど続けたネトルネコは、娘の体力が回復し終えるとその娘を背負って滅びた故郷を離れて西へ旅立ち、海沿いの小さな町に辿り着くとそこに
その日から約二年、その間、ネトルネコは娘を背負いながら行商人として稼ぎ、資金を貯めて小さな店を開き、幼い娘を世話する女中と店を任せる従業員を雇えるまでになり、復讐する為に必要な『準備をする時間』を手に入れる事が出来た。
その時間を使ってネトルネコは動く。
行商の
今回の行商の旅も自然な形で鷹の旅団を追う事が目的だった。しかし、旅団の足取りや通過した土地での行動を知るのが目的であって、決して遭遇する事が目的ではない。
しかも今回のような意図せぬ鉢合わせは御免
復讐の時まで存在を知られたくはない、顔を覚えられるのは都合が悪い。
ネトルネコは能天気に笑う両腕の盾を地面に叩き付けたくなる衝動を何とか抑え、深く息を吐いて冷静さを保った。
噂の宿場町まであと少し、そこまで行けば身を隠す
ネトルネコは二年ぶりに神へ祈った、かつて信奉していた神ではない、異邦の見知らぬ神へ。
「呼んだぁ?」
「ッッ!!」
耳元で突然
いつの間に、そんな言葉が陳腐に思えるほど当たり前のように隣に居た褐色の美女、いや、美女集団。
夜道を歩く為に集まっていた旅人達の間に
いつ入り込んだのか、いつ隣に、いつ背後に、いつ眼前に……そんな事は誰にも分からない。
ただ一つ、一つだけ確かな事、この一行に属する全ての者が本能を
その褐色の美女達に心を奪われた、という事。
このシンプルな答えだけは理解出来た。
ただ、ネトルネコは少し違う。
彼は心を奪われてなどいない。
眼前の『女神』に心を、信仰心を捧げたのだ。
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