第284話「涙拭けよ、な?」





 第二百八十四話『涙拭けよ、な?』





 カスガ大陸南部の朝は雨。

 血反吐と泥水が混ざった戦場は死屍累々の惨状。


 ときの声を上げながら、眷属達が遁走とんそうする敵兵を殺していく。それ以外の声は敵の悲鳴かうめき声だ。


 戦場の空を雷雲のようにおおった甲蟲軍団が怒涛の如く飛来し、敵兵の死体へ群がって戦場を黒く塗り潰した。


 ヴェーダが飼い慣らした地を這う蟲眷属が血と汚物で穢れた泥水をすすり大地を洗浄する。


 甲蟲軍団と眷属蟲が去った場所には敵兵の装備品と程良くたがやされた戦場の大地だけが残った。


 攻城軍が包囲する城郭都市の城壁から、籠城中の敵兵達が絶望の表情で戦場を見ていた。奴らが瘴気甲蟲軍団を見たのはこれが初めてだ、心中お察しする。



『ハード率いる精鋭部隊が撤退中の勇者集団に追い付きました。追撃隊を三部隊に分けて包囲します』



 そりゃご苦労さん。

 ところで、勇者は何で【飛翔】を使わんのかね?



『上空はエルフを乗せたワイバーン部隊が抑えていますので』



 なるほど、じゃぁもうしまいか。


 朝食前にハード対勇者の一騎打ちが見られそうだな。

 いや、飯食いながら皆で見るか。


 眷属ネットでの中継と各地の広場に巨大マルチ神気ディスプレイの準備ヨロシクゥ!!



『畏まりました。ところでラージャ、面白い発見が有りましたよ』



 ふむふむ、言ってみたまえっ!!

 その発見で私をドキドキさせてみたまえっ!!



『うふふ、あの勇者国王、ラージャとそっくりな耐性持ちです』



 あ、それ面白くないです。

 ドキドキしない無駄な発見です。


 でもまぁ、俺と似た耐性持ちなら……騎馬突撃で先頭を駆る意味も分かるな。無謀な朝駆けは理解出来んがねっ!!



 中二病勇者君、覚えておくと良い、ほとんどの魔族は視界に入れば殺したくなるほど卑怯者と臆病者が大嫌いなんだ……大森林の魔族は特に、な。


 配下を捨てて逃げる親分なんてモンは論外だぜ?


 三種族の融和を声高に叫ぶなら、それくらい調べときな。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 雨が強まってきた、追い込まれた勇者部隊が丘に駆け上がり円陣を組む。


 丘を包囲する精鋭部隊、雨に濡れたハードが騎竜フグリキャップの歩を進め、ワイバーン達が上空を旋回する。


 戦争映画のラストには相応しい光景だな。


 敗残護衛に囲まれた中二病患者が熱い眼差しをハードに向けて叫んだ。



「人間も魔族も獣人もっ、殺されたら死ぬんだよっ!!」



 正論である。俺の隣で一緒に朝食を摂っていたカスガが『ブフッ』とワインを吹き出した。トモエが瞬時に姉貴の口元をハンカチで拭く(0,002秒)



「魔族達よもうめてくれっ、殴られた奴の頬も殴った奴のこぶしも痛いんだよっ、どちらも痛いんだよっ!!」



 正論?である。ちなみに俺の拳は痛くない。再びワインを吹いたカスガがディスプレイに映る勇者を指差し『何だアイツは』と俺に抗議して来た。トモエが『殺って来ましょうか姉上』とか言い出した。


 妖蜂姉妹に目を付けられたアホに軽い嫉妬を覚える。

 野郎の演説にカスガの笑顔を奪われたのが悔しいっ!!


 あの演説はもう少し真面目に聞く必要が有るな……

 


「力で押さえ付けても真の平和は訪れないっ、頭を押さえ付けられたら憎しみが残るだろっ、その憎しみは消えないんだっ、つまり連鎖するんだよっ!! 受け継がれるんだよっ!! だからこそっ、足りない物は奪うんじゃないっ、譲り合うんだよっ!!」



 せ、正論……ではない。憎しみが残らないように鏖殺おうさつがベターだ。九族皆殺しなど効果大である。ちなみに、生き残った者に恐怖心は残せます。


 今回カスガは笑わない、『簒奪者が何を……』と困惑気味だ。私も同意見です。



『あの勇者は王族男子を全員殺して王位簒奪を成しましたが、女性王族や臣下に憎まれていないのでしょうか?』


「憎むも何も、アホ化されてそれどころじゃねぇだろ」


「ブフッ」

「姉上、ワインは食後になさいませ」



 正論である。カスガは飲み過ぎである。吹き出すなら牛乳にすべきである。その辺が解っているイセは牛乳を口に含んで待機しているがアカギに怒られている。


 おっと、嫁さん観察は置いておこう、今は面白生物を観察せねば。



「大人は俺を笑いながらっ、敗戦報告てがみの見過ぎと言うけどっ、俺は本当にっ、現実せんそうをっ、見たんだっ!! 常識と言う眼鏡を外せっ、俺達の世界はっ、アニメじゃないっ、アニメじゃない、アニメじゃないっ、アニメじゃないっ現実ホントの事なんだよっ!!」



 もう何を言っているのか解らない……



「ブフッ」

「姉上……」



 カスガが俺の肩にポコポコパンチして来た。何で叩かれるんだろう……何故か嫉妬力ジェラシックパワーを萌え上がらせたトモエも肩パンしてきた痛いですやめて下さい。


 イセが俺の正面に立ち顔面目掛けて牛乳を吹いた。何で?


 皇太女のシナノちゃん(12歳)が俺の顔をスパッタオルで拭いてくれる。


 シナノちゃんの蟲腹も不思議空間に収納しているので、テーブルを囲んで座る食事時の密集した空間でも活発に動き回るようになった。可愛いです。



「お父様っ、シナノが拭いてあげたのじゃっ」

「うん、有り難う、お利口さんやなぁ」



 エヘヘと笑うロリっ娘の頭を撫で、俺の膝に座らせようと思ったらエーちゃんが座った。しょうがないのでエーちゃんの上にシナノちゃんを座らせる。


 イセがウンウンと頷いて姉貴の横に戻った。シナノちゃんを座らせるのが狙いではない事は十分に承知していますが、何がやりたかったかは分かりません、何で策士をよそおうのか……



『ラージャ、勇者以外を精鋭部隊が討ち取りました』


「え、マジで? 見てなかった……」



 あぁホントだ~、首チョンパしたのか、なるほど。


 残るは面白生物のみだが……無傷か、やるねぇ大将。


 物理と魔法の耐性持ちならハードには厳しいか?

 ハードは魔術師寄りだしなぁ。



『そうですね、勇者は【物理無効】と【全魔法半減】の耐性を持っていますが、魔法の方は装備品で耐性を100%に上げています。ハードと言わずほとんどの眷属と相性が悪いですね』


「なるほどなー。じゃぁダークエルフかフオウさん送って影に沈めてもら――」


「トモエ」

「御意」



 肩パンを止めてくれないカスガが妹に出撃を命じた。


 敵の情報はヴェーダ経由で知ってただろうし、ディスプレイで俺以上に戦況を把握していたからな、名君として当然の判断か。ワインを吹かせた事への報復だとは思いたくない……



『トモエが魔ドンナの新婚ダンジョン経由で戦地に出撃……到着、勇者の頭と魔核を持って帰還致します』



 早すぎワロタ。

 ハードが棒立ち涙目で大草原。


 さて、人間国家ハロイン王国を蹂躙しよう。

 環境破壊など気にせず蹂躙したまえ諸君っ!!


 戦闘で荒れた大地は俺と豊穣姉妹に任せろっ!!

 どうだアカギ、妖蟻も一緒にヤらないかっ!?


 あ、イセは違――



 アッーーーーー……






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る