第264話「東へ」





 第二百六十四話『東へ』





 七月三日、朝、極東の島は雨雲で覆われているようだ。


 朝の礼拝と朝食を終え、俺はマハルシの宮殿で子供遊技場に入り一休み。


 自分の子供達がワチャワチャ騒ぐのを横目に、赤いフワフワ絨毯じゅうたんの上で寝そべりながら、ヴェーダが表示するマルチディスプレイを眺める。


 俺や嫁さんズが見ているのは『ラ・ウドネス島』の戦場、レイン達が侵略中の極東に浮かぶ大きな島、そこでの戦闘を見ている。


 妖蜂の空爆と妖蟻の砲撃で島の侵略速度が上がった。


 レインはラ・ウドネス島の南西から徐々に北上していく作戦だったが、妖蟻と妖蜂に加えジャキ部隊も投入されたので、北進と東進に分かれて占領地を増やしている。


 そして昨晩、レインとジャキが島に在るダンジョンをそれぞれ攻略し、ダンマスをブッ殺した直後に二人は魔王種キングに進化した。


 あの二人のレベルは魔王に至れる数値を満たしていたし、レベルの上がり辛い特殊体ながら進化回数もミギカラ並み、魔王一歩手前で足踏み状態だった。


 そんな二人が魔王に至れなかったのは両種族の先任が存命だったからだ。


【一種族に魔王キングは一人】の原則に邪魔されていたわけだな。


 だが、今回のラ・ウドネス島侵略戦でその先任を二人が殺した。


 驚いた事に魔王に至った奴らがダンマスになっていた。


 ダンマス魔王の種族は魔人だったが、しっかり魔王としてカウントされているクソ設定が世界さんのイヤラシイところですねっ!!


 コアが魔族をダンマスに選ぶのも大陸では考えられんが、強力な魔王種がコンタクトを取ってきたら……と考えると、コアの心が揺れるのも理解出来る。


 まぁ、本当のところは分からんがね。『洗脳しようとしたら案外使えたからダンマスにした』ってのがヴェーダの推測だ。


 どちらにせよ、今のガンダーラ的にはどうでも良い謎だ。世界さんのクソ設定に悩まされる日々は終わった、力押しで解決出来る謎は踏み潰して終了です。



「厠番班長っ、ミッチィが産気づきましたっ!!」

「ミッチィは産院に転移、後任は待機未通女おぼこ組から呼んで」


「厠番班長っ、未通女組に陛下の厠は務まりませんっ!!」

「厠番班長っ、未通女組は厠掃除から始めるべきですっ!!」


「大丈夫、何事も経験よ。それに、おこぼれを防ぐのが私達の務めです(キリッ」


“おおぉ、はーんーちょっ、はーんーちょっ、はーんーちょっ”



 パチパチパチパチ……



 意味不明の班長コールと拍手……

 この班長さんは少し上げられすぎじゃないかな……



『本日の班長はリリスですからね、魔神妃を上げない女官など居ません』



 いつも神域や大魔王さんの所に居る彼女が、何故ここに居るのだろう?



『最近、分神の活躍で大陸中に不倫が流行しているのは御存じでしょうか?』



 え、マジで?

 知らんかった……



『アダムの不倫に悩まされたリリスは危機感を覚えたのでしょう、今後はラージャの隣で生活するようです。ルシフェルからも『よろしく頼む』と言われました』



 ヒュ~、そいつぁ、アレだな、ヤベェな……

 俺は不倫をした覚えが無いんですが……


 彼氏持ちと既婚者とイチャついた覚えも無いんですが……

 彼氏無しと未婚者はよくイタズラしますが、セーフですよね?



『セーフですね、手を出した後にめとるか後宮に入れるかすればセーフです。既に、帝王宮殿の後宮には妖蟻と妖蜂の妊婦で溢れかえっています、数日おきに私が後宮を拡張させていますが、ダンジョンでなかったら暴動が起きていますよ?』



 な、なるほど、敷地面積無限で助かったな……

 って言うか、どう考えても所謂いわゆる『レスDV』じゃね?


 一発やってそれっきりって、クズ過ぎんか?



『裁判ならラージャの有責で負けは確実、万を超すシングルマザーに慰謝料と養育費を持って行かれますね。うふふ、クズ』



 ッッ!!


 ファサ~ッ、ファサ~ッ、ファサ~ッ、ファサ~ッ!!

 走れ小猿達よっ、後宮へ向かうのですっ!!


 ファサ~ッ、ファサ~ッ、ファサ~ッ、ファサ~ッ!!

 飛べ小猿達よっ、後宮の乙女達に安心を届けるのですっ!!



『分神に任せるあたりが……うふふ、クズ』



 ッッ!!


 あわわわわーっ!!



「萌えよ性宇宙セクモっ【フェチゴン・漏山ろうざん性龍覇せいりゅうはっ!!】」



『きゃっ、何コレ今回もスゴイぃぃウフフ……』


「班長お下がりくだイッぐぅぅぅぅっ……」

「班長ここは私がイッぐぅぅぅぅっ……」


「クッ、アダムの粗チン野郎とは比べものにイッぐぅぅぅっ……」



 うおおおおおっ!!

 後宮の乙女達ぃっ、待ってろよーん、今行くかんなーっ!!


 転移転移転移ぃーーっ!!




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




【とある牛獣人妻の恋物語】




 朝、今日も私はクソ旦那をボコボコにして家を追い出す。おびえるアホな息子達は首根っこを掴んで外へ放り投げた。



「夜まで帰ってくるんじゃぁないよ、とっとと仕事行きなっ!!」



 オンボロの魔牛荷車に慌ただしく乗り込み、四人は仕事へ向かった。


 玄関の扉を閉め、鍵を掛ける。


 胸をトキメかせながら、私と『あの子』専用になった寝室へ戻った。


 ベッドの上でスヤスヤ眠る可愛い私の坊や……

 坊やの股間は朝の生理現象で大変な事になっていた。


 困った子、私がお世話してあげなきゃ……

 オネショを回避させる為に、母としての仕事を……




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 今日は量が少なかった……

 昨日より、その前の日より……

 そう、最近は少しずつ量が減っている……


 これはオネショが改善されてきた証拠なのだろうか?


 かすかな不安を胸の中に仕舞い、坊やの体にシーツを掛け直す。


 寝室の窓際に置いた大魔神様と豊穣神様の小さな木製神像に祈りを捧げ、毎日のお勤めである朝の礼拝を済ませた。


 可愛い坊やの頬にキスをして、私は狭い台所に向かい朝食を作った。坊やは余り食べ物を口にしない。だけど、私のお乳は大好きなようだ。


 私は坊やの為だけに食事を採って健康な体を保ち、乳の出を良くする努力をしていた。


 坊やが目を覚ましたら、今日もお腹いっぱい飲んでもらおう。



 愚かな私は、暢気のんきにそんな事を考えていた……



 朝食を終え、食器を洗い、洗濯を済ませ、寝室に戻る。


 今日の坊やはお寝坊さん……

 昨日より、その前の日よりお寝坊さん……


 マヌケな牛女の足りない頭に不安がよぎる。


 私の歩幅は大きくなっていった。

 勢いよく寝室の扉を開ける。



「なっ……坊やっ!!」



 私の大切な可愛い坊や、そんな坊やの体があわく輝き、透けていた。


 眠ったままの坊やに飛び付き、私はその左頬に触れようとした……


 触れる直前、坊やは少しだけ目を開き、私に微笑みを見せる。


 震える私の右手を小さな左手で掴み、それを自分の柔らかい左頬に当ててくれた坊やは、私の目を見ながら小さな声で言った……



「東へ」



 一言だけそう言った坊やは……最期に天使の微笑みを私に贈り、美しく光り輝きながら、まるで砂塵の様に光の粒となって消えた。


 驚愕か、いや、恐怖か、最愛の坊やを失った恐怖で動けないマヌケな牛女。


 体が震え、涙が滝のように流れ出る。


 坊やが寝ていたベッドにもたれ掛かり、坊やが残したフェチモンが私の鼻孔を優しく撫でる。


 現実を知った私はここでようやく声を出して泣いた。


 余りにも、失ったものが余りにも大きすぎる。


 ただ泣き叫ぶだけのマヌケな牛女、そのマヌケを憐れんで下さったのか、窓際に置いた夫婦めおと神の神像が輝き、その光が細い線となって空に伸びた。


 神の光は窓の外へ、東の大空へ伸びていた。



「グスン……東、グスン、東へ……東へ?」



 東、教国に獣人の居場所など無い……

 教国の更に東はメハデヒ王国……いや、大森林も……


 私は悪魔化した自分の体に視線を落とし、窓際の夫婦神を見つめた。



『東へ』



 坊やが残した最期の声が私の背中を押す。


 行かなきゃ、東へ……



 少ない手持ちの衣服を麻の大袋に詰め込み、ベッドの床下に隠していたわずかなヘソクリを入れた小壺も大袋に入れる。


 そして、坊やが使っていたシーツを綺麗に畳んで小さな魔牛革のカバンへ大切に仕舞い、その鞄を大袋に入れて袋の口をキツく縛ると、大袋を肩に担いで家を飛び出した。



 悪魔化して強靭になった体、全力で走るのは初めて。

 速い、体が軽い、まったく疲れない……


 これなら、人気ひとけが無い山脈沿いを走って行ける。


 東へ、坊やが残した最期の言葉……



「待ってて、坊や」



 もうすぐ、ママが迎えに行くからね……


 東へ……


 私は走る、東へ……





   完っ!!


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