第216話「バカめ、それは残像だ」
第二百十六話『バカめ、それは残像だ』
【法神スカンマスカンチの神域にて】
緊急事態を報告した最後の守護天使が死んだ、いや、滅んだ。
胸に有る神核が神気を根こそぎ抜かれて割れている、冥府の女王でも復活させられない。
その恐ろしい死に様に神々は恐怖する。
唯一落ち着いていたのは法神のみ。
その法神が右手を上げて神々のザワつきを制した。
「
法神の言葉にハッとする神々。
そうだ、法神は『法』を司り、また『法』を支配する神。
法神が自身の神域で新たな法を定めれば、それは即座に適用される。
即ち、この神域内であれば、法神は無敵……っ!!
一斉に安堵する神々。中には『奴らに倍返しだ』などと、今から『法で縛られる』であろう相手に威勢の良い事を言う神も居る。それに賛同する神々も多い。
その様子を見た法神は
「うむ、理解出来たようだな。たとえ
法神の力強い断言に、神々は『おおっ!!』と称賛し、失いかけた士気を再び高めた。
法神は『調子の良い奴らめ』と苦笑する。しかし、頼もしいと感じたのも事実、威勢の良い若手連中に活躍の場を与えてやる事にした。
法神派閥以外の神々なら、このような法神の上から目線が
これほど非生産的・非建設的で破壊的、そして無益で不毛な権能の使い方も珍しい。
これでは忠義に厚い眷属神が居たとしても
派閥頭首の戦略に落とし穴があっても不満を抱けない。
その言動に非があっても
独裁も絶対的な法による支配も諸刃の剣。
たとえ並外れて優秀な独裁者と不磨の法典が揃っていたとしても、それらを上回る存在や理不尽に遭遇すれば体制の崩壊は一瞬だ。
独裁は『進める道』の数を減らす。
そして、法による絶対など無い。
自らの権能を絶対であると信じる法神は告げる。
純白の法衣を神気で揺らしながら告げる。
その薄汚れた遵法精神を見せよと告げる。
「さぁ、若い衆、今この神域内で我ら以外の行動を禁じた。あとは……フム、まぁ好きにするが良い、ハメを外さぬようにな。おっと、悪しき者の中には女性も居るだろう、正しき
好色な若い神々が歓声を上げた。
若い女神達も嗜虐的な笑みを浮かべる。
これから始まる蹂躙劇に心を躍らせる若い神々。
大物ぶった古き神々がヤレヤレ困ったもんだと苦笑する。
法による絶対など在りはしないのに。
その独裁者が歩む道は細く険しいと言うのに。
遠くから破壊音が響く。
ゲーム観戦場に静粛が訪れる。
法神の権能によって行動を禁止されたはずの悪しき者共が、まだ暴れている。
いいや違う、これは守護天使達が、我らが連れて来た眷属達が起こした敵軍への攻撃音だ。
現実を妄想で塗り潰す哀れな神々。
突如、女神の一柱が悲鳴を上げた。
何事かと女神を見る神々。
女神が巨大スクリーンを指差す。
神々は一斉にソレを見た。
神の子カイトの快進撃によって映し出された魔獣の虐殺風景……ではない、神の子は周囲をキョロキョロ見回しているだけだ。
女神が指差し、神々が注目したのは右上の小画面、下級天使ポルティオイキの瞳に映ったソレを神々は見た。
もはや『大猿』などとは呼べない、『大猩々』など生易しいモノではない、遥か彼方の神界に住む『斉天大聖』が子猿に思えるほどの、巨大な『何か』が黄金の瞳を輝かせ『見て』いた。
ソレはポルティオイキの瞳を通してこちらを見ていた。
驚愕する神々。法神も目を丸くする。
更に、ポルティオイキが視線を左に移すと、そこには……
「破壊……神……っ!!!!」
さすがの法神も絶句する。
他の神々も絶望の声を上げた。
「な、何故っ!!」
「そんな……」
「あの第三眼はいったい……」
「見ろ、周囲は悪神だらけだ、何故地上に?」
「クッ、あれも森の大神眷属だろうか……」
「カイトに神鋼を贈ったワテクシ死んでしまうの?」
「聞いてないよっ!!」
「聞いてないです!!」
「お、俺が殺ってやらぁ」
「「どうぞどうぞ」」
やがて、ポルティオイキは森に転移し、そこで惨劇が始まった。
ポルティオイキに群がる魔狼、喰われる本人から見た映像だ、迫力が違う。チラリとだが、彼女を見下ろす白金と漆黒の大狼もその瞳に映っている。
カイトの瞳にはその凄惨な光景と巨大な銀狼が映っていた。
カイトが動く、銀狼が口を開ける、カイトが右へ跳ぶ、破壊された森が映る、カイトが反転して逃亡、そして流れる森の景色……
神の子の敗北、完敗。
神々の多くが避け切れない巨狼の攻撃、逃亡は必然。
神域では破壊音が続く。
その音は次第に近付いている。
慌てた法神がもう一度権能を発動、法の縛りを限定して強力なものとする。
「我ら以外の攻撃を禁ずる……クッ、駄目か、歩みを禁ずるっ、右脚の動きを……」
無駄、全て無意味。
法神への対策は大魔王の建策でアートマンが対処済み。
法を司る神は、文明が起こればほぼ確定で誕生する。
法神が持つ権能も類似したものが多い。
大魔王ルシフェルは、自分達に『神の法』が及ばない状況をアートマンに創らせた。イズアルナーギにも利を説いて手伝わせている。
即ち、彼らが率いる軍勢の周囲は『神の法が及ぶ根拠』が根源から失われる。
法神スカンマスカンチが権能を使えば使うほど、その根拠たる権能や神域が根源から奪われるのだ。
ちなみに、“世界”のルールに対しては効果が無かった。大魔王は非常に残念そうだった。
侵略軍は法神の権能無効化に成功、後は蹂躙するのみ。
ロキと大魔王は法神の始末をアートマンに任せ、法神派の神域制圧へと分散、爆笑しながら突撃していった。
アートマン率いる鬼神と天女軍団はゲーム観戦会場を囲んだ。
そうして殲滅戦の開始。
破壊神のゴム丸君も当然のように従軍、むしろ先鋒を務めている。
ファールバウティの血族からはアングルボザが代表として包囲軍に参加。巨人の国『ヨトゥンヘイム』の巨人を二万ほど従えている。進撃せずにはいられないっ!!
そして、観戦武官よろしくイズアルナーギも二名の使徒を連れて従軍していた。法神派の神々を使徒が持つ槍の中ほどに転移させ串刺しで滅ぼし、逃げる天使達を空間断裂でゴッソリ滅ぼし、片手間で殺戮している。観戦武官とはいったい……
これはヒドイ……
ゴリラが居たら必ずそう呟く光景だった。
法神は苦笑した。
次々に討たれ滅ぼされる神々を見ながら苦笑した。
法神スカンマスカンチは既に精神が壊れていた。
巨大スクリーンには黄金の瞳を輝かせた魔神が神の子を喰い殺す光景が映っている。我が子の血肉を咀嚼する魔神が映っている。
法神の眼前には瘴気と業の渦に巻かれた二面四臂の異形。
その異形は物音立てず法神を見つめる。十二の眼で見つめる。
息子の業を引き受け続けた母神のその両面には、目が六つずつ付いていた。
法神は肩を竦めて余裕を見せる。
壊れた精神は法神の恐怖を呑み込んだが、神経は死なず、その激痛を全力で法神に伝える役目を放棄していない。
異形が口を開いた。
『『あの子の笑顔を奪う
『『虚無の海にて永遠に
「ふむふむ、ウヒヒ、貴殿が何を言っギャァアァアア!!!!」
まさしく断末魔の叫びを上げなら、法神スカンマスカンチは虚無の海へ消えた。
法神の叫びを最後に、法神派の粛清は終わった。
従属や降伏は認められず、全て滅ぼされた。
アートマンは法神の神域と隣接する法神派の神域を幾つか吸収したのち、自身の神域に統合。
ついでに息子の別荘を巨大化して『『うむっ』』とご満悦。
イズアルナーギも神域を三つばかり貰い、そこを転移させて異世界に在る自分の神域と統合して『ん』とご満悦。
そして、大魔王とファールバウティの血族は神界に拠点を得た。
これは神界の神々を驚嘆させる大事件となった。
ルールに縛られない魔界の神々が神界に居を構える、笑い話に出来るはずも無い。
こんな事態を招いた法神を神々は呪った。
法神スカンマスカンチが神々から『二柱の不可触神と同時に矛を交えた
そんな事に気を回す余裕など無いと言うのに。
神々は失念していたのだ。
二柱の不可触神や大魔王、そして魔王ロキ率いるファールバウティの血族に気を取られて忘れていた。
地上の法神派神殿が巨大な蛇に呑み込まれていた事を忘れていた。
ヨルムンガンドと言う名の巨大な蛇が、即ちファールバウティの血族が既に地上で暴れているのを忘れていた。
そして、不可触神と深く繋がった魔神と吸血鬼の真祖が地上に居る事を忘れていた。
サイコパスな人外帝王と、頭がキレ過ぎる魔皇帝が、この両者が全く違う思考で、全く同じ行動をしようとしているのにっ!!
神々は失念していたのだ。
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