第214話「絶望は終わらせない」





 第二百十四話『絶望は終わらせない』





【旧メハデヒ王国・ダンジョン化した南の森にて】




 神の子カイトは覚悟を決めた。

 神鋼の長剣に全てを託し、覚悟を決めた。


 数十分前に神鋼製の矢が溶けていると騒いだのは誰だったのか、ハイ私ですと答えられる神の子など存在しない。


 周囲を警戒しながら徐々に後退し、カイトは大木を背にする。


 敵の総数は分からない、この戦術が上手くいくのかも分からない、しかし、後方に気を回す労力は削減出来る。


 カイトが息を整えていると、目の前の空間が少し揺れた。


 彼の眼前に黒いゴブリン達が出現する、ダンジョンの転移能力だ。無論、カイトは知らない。


 彼が知っているのは、数種の魔族と無駄なエロスの知識くらいだろうか……


 前世で読み漁ったネットのエロ小説、そこに書かれる処女膜の位置は九割九分間違っているが、童貞カイトは誤った位置情報と構造を信じて疑わない。神々は『鼓膜かな?』と温かく見守った。


 自信が有ったエロスの知識もこの程度、神の子カイトは真剣に学ぶ事を知らない。


 目の前に居るゴブリン達はカイトが神域の図書館で見たゴブリンより凶悪な顔、ついでに思っていたより小柄だった。子供のゴブリンだと思い至らないのが神の子。


 下等な魔族は裸同然の腰巻き姿だと思っていたカイトだが、ゴブリンは生意気にもアラビアンな衣装を纏っている。少しばかり驚いた、しかし――


 そのゴブリン達の手には、薄っすらとピンクに輝く銀色のナイフ。


 結局その程度かと呆れた神の子。お前が言うな定期。


 見窄みすぼらしい……

 カイトは嘲笑する。


 そのチンケなナイフで、神鋼の長剣を持つ俺と戦う気か、と。



「クソチビ共が舐めるなぁぁぁぁっ!!!!」



 弱そうなゴブリンにはイキり散らす神の子、さすがだ。


 大上段から振り下ろされた神鋼の長剣は、先頭に立つゴブリンの頭上で『カキン』と音を立てて止まった。強力な結界だ。


 眷属大好きのゴリラが、無防備なチビッ子ゴブリンを前線に送るわけがない。


 不可触神と魔神、破壊神や魔王らの結界を抜ける『ただの人』など居ない。その結界を切り裂く『神界の長剣』など存在しない。


 在るとすれば、それはゴブリン達が持つ『アハトマイト・ナイフ』のような、不可触神所縁ゆかりの逸品などだろうか。



 頭上に止まった長剣をチラリと見たゴブリン少女は、右手に持つナイフでそれを払った。


 音も無くヌラリと両断されたオリモノコンの長剣。


 神の子カイトは何が起こったのか分からず、地面に落ちた物体を見つめていた。見覚えある物体だ。


 カイトは視線を上げ、半分になった剣身をボンヤリと見つめた。


 あぁ、ナイフで切られたのか。見たままの感想を浮かべるカイト。


 動揺して思考力が低下する。


 相棒が居れば活を入れていた場面だ。呆けた彼を正気に戻す者は居ない。


 しかし、別の形で正気を取り戻す。



「いっ……な、なんっ、ばっ、ヤメっ!!!!」



 ゴブリン少女、双子熊のカストルを愛してやまない彼女は腰を落としてグッと踏み込み、長剣を払ったそのナイフをクルリと返して往復、今度はカイトの左手首を斬り付け、更に返して右手首、左前腕、右前腕と交互に斬り付けた。


 少女は殺る気マンマンだった。


 この『狩り』で頑張って、主様にお褒めを預かり、その功を以って愛する彼との結婚を許してもらうのだっ!!


 ピンク色の殺意をみなぎらせる少女。


 大丈夫だゴブリン少女よ、頑張らなくてもゴリラは許してくれるだろう。


 恋する少女の恐ろしく早いナイフさばき、カイトは防御が遅れた。


 彼は長剣の柄を手放し、ズタボロになった両腕をダランと垂らし逃亡を図って後方に跳ぶ。


 しかし、大木を背にしていた所為せい跳躍ちょうやくに失敗。


 背中を大木にぶつけて前のめりに転倒。


 倒れた神の子にゴブリンキッズが群がり、手にしたナイフをその背に何度も振り下ろした。


 トドメは刺さず、刺す場所を変え、刺し方を変え、えぐり方を変え、繰り返し、繰り返し、何度も、何度も。



「アッ、ガ……ッ、イッ、待っ、ガッ、ウゴッ」



 傷ついた体が癒される。

 癒えた体を切り刻まれる、刺し刻まれる。


 気絶したいのに出来ない。

 死にたいのに死ねない。


 神の子カイトは泣いた、声を上げて泣いた。


 ペニスを集中的に攻撃するヤツは本当にヤメテくれ。

 袋から金の玉を取り出すなんて酷すぎるっ!!


 そんな彼の耳に地鳴りのような低い声が届く。



「情けねぇ野郎だ、あの女天使の方が根性あったぜ」



 大きな何かに体を掴まれた、カイトは意識朦朧としながら状況把握に努める。


 ゴブリンではない何か、かすんだ視界にボンヤリと映る巨大な存在、他にも大勢居る。


 自分の周囲を強者が囲んでいるようだ、父に近い存在が……


 巨大な存在が自分を掴んでくれたお蔭で、地獄のナイフ攻撃が止まった。


 やはり誰かが助けに来たのか……

 カイトの瞳に希望の光が――



「あ……ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァ……っ!!!!」



 ナイフ攻撃を上回る激痛がカイトの下半身を襲う。


 ボキリ、ゴキュリ、グチョリ、不気味な音がカイトの耳に届く。


 そんな馬鹿な、有り得ない。


 人外帝王と敵対した者の多くが覚える感想を脳裏に浮かべ、神の子カイトは次の激痛で確信を得た。


 下腹部に走った衝撃と激痛、両脚の感覚を完全に失った。臓物を引っ張り出されたような衝撃もあった。


 咀嚼音らしきそれは、多くの水分を含んだような不快音が追加されている。自分のハラワタが喰われているのか……痛覚が鈍ったカイトは残酷な事実を淡々と受け入れる。



「エオルカイより不味いな」



 自分を喰らう何者かの呟きに、神の子カイトは涙した。


 育ての母は既に喰われていた。


 いったい、自分達が何をしたと言うのか……

 こんな仕打ちを受けるほど……



「お、俺、たち、に、なんの、恨み……ゴフッ……が」



 それだけは知っておきたい、死んでも死にきれない、恨んで憎んで呪ってやる為に、くだらない理由を知っておきたいっ!!


 カイトは最期の力を振り絞って問うた。


 咀嚼する巨大な何者かがゴクリと喉を鳴らして血肉を嚥下えんげし、カイトの問いに答えて曰く。



「俺の家族を殺した」


「……っ!! く、くだらねグボぃぁげ――――」



 カイトが何かを言い終わる前に、巨大な存在は彼を喰い殺した。




 神の子カイトが今際いまわきわに残した言葉は負け惜しみか、それとも本心か、それを知るには――



 地獄に囚われ、サタナエルが与える永遠の苦痛と恐怖に絶望する彼の魂に聞く他ない。処女膜の位置をこっそり教えれば、羞恥で地獄の苦しみが倍増しそうだ。



 ちなみに、彼の相棒ポルティオイキの魂は、冥府の牢獄で同じく永遠の孤独を約束されている。こちらはヘルが監督するので、ファールバウティの洗礼も受ける。


 どちらがより悲惨なのか、それはゴリラにも分からない。


 それに、もっと悲惨な結末を迎える愚か者が、今から始まる人外帝王の大侵攻で現れるかもしれない。



 報復は終わっていない。



 ファールバウティの報復は、まだ始まったばかり。









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