第213話「まだだ、まだ終わらんよ……」





 第二百十三話『まだだ、まだ終わらんよ……』




【旧メハデヒ王国・ダンジョン化した南の森にて】




 薄暗い森の中を疾走する神の子。


 カイトは逃げた、無意識に駆けだしていた。



「ハァ、ハァ、畜生っ、ちくしょうがぁっ!!」



 転生して二十年、カイトは息切れなど経験した事はなかった。


 汗を流しながら全力で走るなど、神々との修行でも経験がない。


 自分の負担になる事、負荷が掛かる事を経験していない。


 恐怖を覚える事も、不安に駆られて落ち着きを無くす事も、何者かに対して脅威を覚える事も、自身をおびやかす存在や事象等に悩み怯える事も、何も体験していない。


 そんなものに縁など無い、それらを経験し学ぶ必要性を感じなかった。


 自分は神の子、神々の子、神聖なる天上の住人だ、自ら進んで不快を覚える必要がどこにある?


 そんな事は言っていない、考えた事もない、カイトはそう言うだろう。


 しかし、彼の脳には特権階級に生まれた無自覚なおごりが刻まれている。


 驕りは誰にでも生じ得るすきだ、だがそれは怠惰を生じさせるものではない。して不快から逃れる為の現実逃避を正当化させるものでもない。


 傲慢でも自戒自罰を厳にして高みを目指す者は居る。


 自分が立つ場所は自力で得たものではなく、特権は飽くまで先祖が得たものであると理解し、そこで努力を怠らなかった者が上に行ける切符を手にする。


 その切符を使えば必ず上に行けると言うものではない。


 しかし、上に向かう資格は十分に有る、だから切符を得た。


 神の子カイトはその切符すら手に入れていない。


 親が敷いたレールは在る。


 カイトは冒険と言う名の列車に乗った、簡単に乗れた。


 切符は持っていないが、車掌を殴り飛ばして乗った。


 神の子は特等席にドスンと座り、異世界旅行を楽しむと決めた。



 だがしかし、無賃乗車キセルを許すほど、大森林は甘くない。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「クソッ、何でっ、あぁっ、ちくしょうっ!!」



 カイトの向かう先々に何かが居る、魔狼、悪魔、魔族、必ず何かが居る。


 走っても走っても森が続く、森を抜けられない。


 飛んで逃げようにも神気が練れずスキルが使えない。


 何故か神気を扱えない現状では、天使ポルティオイキの飛行能力は必須。翼は喰われていたが何度も生えていた、必ず飛べるはずだ。


 しかし……


 置き去りにした相棒を奪還しようにも方角が分からない、そもそも生きているのか疑わしい。


 今更な考えだが、あの場で相棒を助けなかった事を悔いるカイト。





 狼達の饗宴に驚き、相棒の救出まで意識が回らなかったが、放心したのは数秒、カイトは相棒を救出するべく動いた。


 カイトが動くのと同時に銀の巨狼が口を開く。


 強烈な悪寒に襲われたカイトは左足で地面を蹴飛ばし右に跳んだ。


 左を振り返るカイト。

 一瞬前まで居た場所がえぐられている。

 土も木々も、何もかも抉られていた。


 抉られた距離と深さに絶望する神の子。



「ウソだろ……」



 カイトは反転し、全速力でその場から逃げ出した。


 アレは何だ? スキルか? 魔術か?


 自分を育てた神々を凌駕する速度と威力を持った謎の攻撃。


 とてもじゃないが相手に出来ない。

 巨狼は『パクン』と口を開閉しただけだった。

 それだけであの威力だ、冗談にもほどがある。


 父たる法神や眷属神達からも聞いた事が無い、あんな非常識な『魔獣』が居るなど聞いていない。


 ここでもカイトは驕りによる失敗を犯した。


 地上に居る強力な獣は魔獣、その常識に囚われて鑑定を怠った。たとえフェンリルに鑑定が通らなかったとしても、スコルやハティには通ったかもしれない。


 そうすれば、相手が悪魔である事を知れた可能性は有った。


 悪魔と認識出来ずとも、通常の魔獣ではないと確認出来たはずだ。


 カイトは『圧倒的なチート能力』なるものを身に付けたと自負していたが、残念ながら目線が低すぎた。


 せめて育ての親達を圧倒してから『圧倒的』を自負すべきだろう。


 嫁さんズにビビりまくりのゴリラを見習って欲しい。


 周囲の存在が強すぎる為、夜の営みに命の危機を覚えつつ必死の自己研鑽を怠らなかったゴリラとは違い、神気を失いつつあるカイトは弱い、普通に弱い。


 筋力など鍛えていない、武術は神気を纏った力任せで技術も身に付いていない。


 各種スキルも、習得して自慢していた全属性魔法も、全て低熟練度、三級冒険者に毛が生えた程度の実力しかない。


 豊富に有る魔力を用いた魔術を冒険者ギルドで使えば『俺、何かやっちゃいました?』の一つや二つは出来るだろう、だがしかし、生粋の魔術師には劣る。すぐにメッキが剥がれて微妙な存在になること必至。


 体力の無さは特に顕著だ。


 息を整える為の休憩も出来ず、アイテムでの体力回復も出来ない。いや、アイテムを『取り出せない』のだ。


 そう、彼もまた広義の異世界勇者、収納スキル『アイテムボックス』を生まれながらにそなえていた。


 手持ちのスキルで一番活用したスキルが『アイテムボックス』だ。それほど身近なスキルだった。


 大事な物は全て収納している、無論、食料や便利な道具も、転生して以来様々な物をずっと貯め込んできた。


 だと言うのに、その『アイテムボックス』が開かない。


 神気を使うスキルではない、魔力を消費するスキルでもない。


 だが開かない。


 当然だろう、イズアルナーギが居れば『アホ』と呟いたかもしれない。


 収納魔道具や収納スキル等は、その収納先が神域の貸倉庫的な空間と繋がっている。即ち、カイトの『アイテムボックス』は法神の神域と繋がっていた。


 そして、その神域はゴリラの母ちゃんと義父の軍勢が制圧済み。


 倉庫類など占領軍が真っ先に接収する場所の一つだ。法神派閥の収納系器具やスキル等はゴミと化した。


 たとえカイトが森のどこかに潜み、魔神による包囲網を数日しのいだとしても、かなりのサバイバル能力を有しない限り、『アイテムボックス』と言う補給路を断たれた状況では、死を先延ばしにする程度の悪あがきにしかならない。


 逃げ回るだけでは、孤立無援のカイトに後が無い。


 カイトは立ち止まって腰を見る。


 神の子カイトが最後に頼るのは、その腰に下げた神鋼製の長剣。


 自慢の高魔力を惜しみなく使い、強力な身体強化魔術によってなんとか逃げ回ってきたが、そろそろ魔力が尽きる。


 魔力の節約など考える暇は無かった。込められるだけの魔力を込めて身体強化せねば死ぬ、追いつかれて殺される。


 誤算だったのは『アイテムボックス』が使えなくなった事。魔力回復アイテムを使えると見込んだゴリ押し作戦が頓挫とんざした。


 カイトは舌打ちしつつ、腰の長剣を抜く。


 全力は出せなくなったが、剣術スキルと神鋼の長剣なら……


 オリモノコンの絶対的な硬さを信じ、大木を背にしながら敵と対峙すれば活路は開くはずだ……



 神の子は己を鼓舞し、覚悟を決めた。








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