第212話「楽に死ねると思うなよ」





 第二百十二話『楽に死ねると思うなよ』





 【旧メハデヒ王国南部の森にて】




 森の中に出会いを求めるのは間違っているだろうか?


 そんな事を考えながら、神の子カイトは獲物のついでに獲物おんなも探す。


 討伐クエストを受けてピンチにおちいる女冒険者、生活の為に家の手伝いで薬草採取を頑張る少女、何かからのがれる高貴な娘と護衛のツンデレ女騎士……


 薬草採取の少女だけ出会いにインパクトが無い、願わくはゴブリンに襲われる寸前であってくれ。神の子とは思えぬクズ思考、それがカイト。


 冒険者の女、薬草採取の少女、高貴な娘。どのパターンでも颯爽と助けに入り、モンスターハンティングの片手間で敵を瞬殺出来る。


 その圧倒的な武力によって助けられた女性は、果たしてどのような反応を見せるのか?


 そしてカイトは言うのだ、『殺しちゃったけど、問題無いよな?』と。


 カイトの股間に稲妻が走る、想像しただけでイキそうだ!!


 高貴な娘を追う何者かの正体が、たとえ高貴な娘によって惨殺された少女の親兄弟であったとしても、『殺しちゃったけど、問題無いよな?』で済ませるのだろうか?


 その言葉は仇敵を追う親兄弟に向けるべき言葉であると思われるが、神の子カイトには関係無い。


 親兄弟には女性の陰部も乳房も無い、即ち、殺害を躊躇ためらう必要が無い。


 その中に女性が入っていれば別の話となる。難しい問題だ。


 だが、神の子カイトはその点も考慮して妄想オナニーを続けてきた、前世と合わせて三十年以上続けた妄想だ。


 問題の対処法など妄想二年目で幾通りも『最適解』を導き出している。最適解が複数有るのは大問題だがカイトは気にしない。


 カイトが推す一番の最適解は『奴隷にする』である。


 男は殺し、女は奴隷とする。


 命を救われた女奴隷は、カイトに心酔して股を開く、と言う寸法だ。


 女奴隷に命令すれば性交など容易い、しかし、そこにはカイトの恐れが見える。


 性交を嫌そうにされると死ねる、対人恐怖症の童貞を舐めるな。


 カイト的には、飽くまで女奴隷の方から性交を望むのであって、それを『仕方なく受け入れる優しい俺』でなければならない。これがベストな形だ。


 なお、目の前で男親族を殺された女奴隷の恨みは考慮しない。


 女奴隷は隷属の首輪に主人との絆と繋がりを求める、カイトの愛読する小説にはそう書いてあった。まさに至言、妄想童貞カイトは納得せずに居られない。


 ツンデレの相棒天使も時が来れば股を開く、カイトはそう信じている、小説にも書いてあった。


 だが、あの生意気な相棒には『お預け』期間が必要だ。神の子に対する尊敬の念が薄いように思われる。


 カイトは相棒の好意に気付かない鈍感難聴男を演じる所存だった。



 転生・転移先での皮算用は異世界人の宿命か、『女王の呪い』などうの昔に忘れ、緊張感も危機感も持たず、カイトは獲物を探して森を進む。


 急激に曇った空を見上げる事もなく。


 相棒の気配が消えた事に気付く事もなく。


 周囲がダンジョン化した事など知らずに。


 瘴気を垂れ流す魔界トンネルが自分を囲んでいる事も知らずに。


 中央大陸に在る法神神殿と、法神派閥の神殿が巨大な蛇の怪物に次々と呑み込まれている事を知らずに。


 不可触神と大魔王率いる大軍が、第二の故郷たる法神の神域とその一帯を蹂躙し、カイトを育てた神々が滅んでいる事など知らずに。



 何も知らずにカイトは森を進み、そして見つけた。



「うわぁ、コイツは大物だね……」



 銀の巨狼、白金の大狼、漆黒の大狼、それらに率いられる魔狼の大軍。


 ダンジョンバフで強化された魔狼の大軍が、神の子カイトを出迎えた。



 狼達の報復が始まる。



「は?」



 狼達の前に翼をもがれたポルティオイキが転送された。


 翼の根本以外に傷は無い、しかし、ポルティオイキは微動だにしない。カイトに助けを求める事も、視線を合わせる事すらしない。


 彼女は恐怖で動けなかった。


 ついさっき目にした魔神の、その尋常ならざる神気の猛り、上級神特有の覇気と神格による威厳に、下級天使ポルティオイキは天使の誇りと意地を粉砕された。


 魔神を囲む魔神妃も恐ろしかった、その中でも特にイセとトモエがかもし出す圧倒的強者の神気と威圧は凄まじかった。


 しかし、その二人の存在が霞むほど恐ろしかったのは、荒ぶる魔神の隣に浮かび、その怒りを鎮めていた三眼四臂の女神。


 その女神を見たポルティオイキは恐怖のあまり吐いた。


 純黒、純黒だ、破壊神である。


 魔神達が天使ポルティオイキを見つめる中で、純黒の破壊神だけは魔神を見ていた。


 智愛と破壊の女神ヴェーダ、彼女は路傍のてんしに興味など無い、石の処遇と言う些事など知った事ではない。今はただ、たたり神に変貌を遂げる寸前の夫を鎮める事に徹するのみ、と、その姿勢を貫いた。



 だが、ポルティオイキには分かる。

 この中で最もヤベェのは……あの破壊神だ、と。


 天使ポルティオイキには分かる、気付く。


 その冷静な態度の下に、破壊の神気が渦巻いている。

 魔神を鎮めながら自分自身も鎮めているのだ。


 ポルティオイキはヴェーダの第三眼が恐ろしかった。


 開きかけたその第三眼に終末を感じた。

 その瞳の奥に恐ろしい未来を感じた。




 何故こんな目に……


 ポルティオイキは法神と神の子を恨んだ。

 生まれて初めて心の底から恨んだ。




 森の中を歩いていたら、どこかの地下に転移させられたポルティオイキ。


 そこには魔界の悪神であろう幾柱もの神々がズラリと並んでいた。


 腰が抜けるのは当然の事だろう。


 気付けば両の翼が奪われていた。

 あの恐ろしい蟲系魔族の二人が左右の翼を手にしていた。


 動きなど見えない、そんな素振りも確認出来ない、天使を超える魔族など聞いた事もない。しかし、現実だ。


 翼を失ったイカロスは地に落ちる。


 神気を練ってどうにかのがれようにも、その体内神気が失われていく。体内の神核から神気が出ない、出ていない。


 天使たる根源を奪われた事など知る由もないポルティオイキ。


 魔神の母は、それを料理し易いように加工して愛息に贈る。


 加工された食材は、魔神の眷属が貪り食うのだ。



 無言で怒気を撒き散らせていた魔神が口を開いた。



「何度も、何度でも再生してやる」



 それは有り難い、有り難う御座います、そう言えれば何と幸せな事だっただろうか。


 魔神の意味深な言葉を咀嚼するポルティオイキ。


 彼女の無駄にはかどる妄想が、最悪の答えに辿り着く。



「う、嘘、です、よね?」



 魔神は黄金に輝く瞳を下級天使に向けたまま、何も言わず、彼女を昼食会場へ転移させた。




 カイトは放心している。


 非現実的な光景に放心している。


 生意気な相棒が狼達に喰われている光景に放心している。


 喰われても、喰われても、何度でも再生する相棒の血肉。


 驚きすぎて『助ける』と言う行動に出られない。


 喰われるポルティオイキは叫び声すら上げない。


 精神が壊れたのか、脳が壊れたのか、それとも『何か』が怖いのか。


 必死の形相で涙を流し、血反吐を吐くが絶叫は上げない。


 声を上げれば、あの恐ろしい魔界の神々が現れるかもしれない。ポルティオイキはその恐怖を以って激痛に耐えた。


 これほど無意味な努力は無い。



 彼女が何をせずとも、魔神率いる神々はそこに現れる。



 神の子カイトが居る場所に、憎悪と怒りを伴って、魔神は必ず現れる。








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