第196話「本物を知れ」





 第百九十六話『本物を知れ』





 【パパドンプリーチ城最奥、第1919階層マスタールームにて】




≪第三階層が制圧されました。第四階層の侵食攻撃を確認……対応出来ません、ご指示を≫



 虹色に輝く薄い円盤型コアがダンディーボイスで戦況報告。


 その輝く体を回転させながら、申し訳なさげに主人の指示を仰いだ。


 直径30㎝程のレーザーディスクのような、存在が曖昧ファジーであるものの、宙に浮く虹色の円盤はコア界に於いて最先端トレンディーと言えなくも無い。


 製造番号『ア194–194』超極薄円盤型コア。製造番号に付く『ア』は神界文字だ。


 魔ドンナは生涯の相棒たる円盤に『高級そうな皿テラ・タカソッス』の名を授けた。



「ンッ、ハァ、ほ、放っておきなさ――もっと強く突いてっアッー、も、問題無いわテラ・タカソッス、だってまだ千九百階層以上もイグゥゥゥゥ!! ハァハァ、なかなかの腰付きよ奴隷っ!!」



 魔人『ドィンラン・オメコンナ』、通称『魔ドンナ』。


 長く真っ赤な髪を乱れさせ、今日も彼女はセックする。



 彼女はセックスが大好きだ。

 荒々しいセックスが好きだ。


 激しく突かれるのが好きだ。

 弱者に突かれるのが好きだ。

 底辺に突かれるのが好きだ。


 拘束されて甚振いたぶられるのも良い。

 ド底辺から集団で輪姦まわされると心が弾む。

 息苦しさと苦痛を得られる三穴責めなどは情事に欠かせぬ。


 彼女はセックスが大好きだ。



 ランキング百位にも満たぬダンマスゴリラ如き有象無象の侵略など、奴隷眷属との濃厚なセックスを止めてまで対応する必要を感じない。


 無駄、無謀、二百五十年間難攻不落のパパドンプリーチ城をしょダンの若造が攻略出来るはずがない。


 故に、魔ドンナはセックスを楽しむ。




 王者の余裕を見せるマスターに苦笑が漏れるコア。

 彼もまた、主人と同じように思っていた。


 増長した若造サルの蛮勇。

 いつもの事だ。


 無謀な挑戦は幾千幾万と見てきた。

 宣戦布告した相手からの侵攻も皆無ではない。


 今回は少し元気の良い若造だが、問題無い。


 侵攻速度が想像以上に早い、しかし、それだけだ。

 勢いが付くのは最初だけ、数日で息切れする。


 五十階層まで行けば誉めてやろう、そんな事を考えるコア。


 ヤレヤレ、若気の至りには困ったもんだと人外帝王を見下したコアは、侵略者の間引きを上位眷属に任せ、コアルームへ転移し通常の監視任務に戻った。


 間引きが済めば、若造を生け捕りにし、マスターに捧げる。


 簡単な事だ、いつもの事だ、何の問題も無い……




 その後、二時間もせずに無傷で三十階層を突破され、ちょっと待てよと慌てたコアが大量の養殖を送り込むも、悪魔となった大森林の魔族達によって鏖殺おうさつされる。


 あっという間に三十三階層を制圧され、これはマズイと階層内放送で停戦の打診をするもヴェーダに一蹴される。


 なるほどこれは礼を失したと反省するコア。

 生意気だが仕方が無い、時間稼ぎに低姿勢で行くと決める。


 第三十四階層に上位眷属を送り、礼儀を以って停戦交渉に臨んでみたが、侵略軍の先頭に居たボーイッシュな娘が『うるさいなぁ』と呟くと、彼女の足元に『何かの恐ろしい門』が開いた(白目)。


 門が開くと第三十四階層は一瞬で掌握された。ちょっと意味が解らないコア。


 階層の支配権まで一緒に奪われるので監視も出来ず、詳細がまったく分からない。


 ただ、交渉が彼女のしゃくに障ったのだけはコアにも解った。


 もっとイケメンの眷属を送るべきだったかとアホな事を考えるコア。


 これも余裕の代償か、魔ドンナのコア、テラ・タカソッスは気付いていない。


 彼が注意を払うべきは敵の侵食攻撃や侵攻速度ではない、まして悪魔の小娘などでもない。


 最も注視しなければならなかったのは、彼自身だった。


 大軍と呼べる人外帝王の眷属達が己のダンジョン内に居るにも関わらず、テラ・タカソッスに流れてくるはずの生気が無い。


 むしろ徴収量は減っていた。


 二百五十年間の長きに亘り貯まりに貯まったDP、その潤沢なDPが彼から『枯渇』や『減少』と言った基本的危機感を忘れさせていた。


 その初歩的で基本的な危機を把握出来ていないのだから、危機の原因を探るアクションも起こせない。



 おごる主人が悪いのか、あなどるコアが悪いのか、恐らく、どちらも悪い。


 魔ドンナとテラ・タカソッスはトップではない。

 ダンジョンランキングの上位に居るがトップではない。


 そして、三皇五帝と言う超越者が住まうダンジョンを運営しているわけでもない。


 パパドンプリーチ城は飽くまで『常識の範疇』に収まる高難易度の上級ダンジョン。


 自分達が非常識な存在であると認識していても、本物の非常識には遠く及ばない、その思考や言動を理解出来ない。


 非常識と相対して初めて非常識を知り、常識が通用しない理不尽の何たるかを理解するのである。



 魔ドンナとテラ・タカソッスが初めて相対する非常識は人外帝王だ。


 本来ならば、ある程度は対応出来たかもしれない。


 ただの非常識だったなら、年季と経験を活かし力押しで勝負出来たかもしれない。


 しかし、彼らが相対した最初の非常識は――




「ちょちょちょっと、テラ・タカソッスっ!! 冥神様の加護が消えちゃったんだけどっ!!」


≪……は?≫


「なななな何でっ!? 私の闇属性魔法も弱くなってるしっ、死霊眷属も弱体化してるっ、創造召喚のDP五割引も消えてるっ、オカシイでしょっ!?」



 素っ裸のままコアルームに駆け込んだ魔ドンナ。


 加護が消えたからか、不老ゆえ老けはしないがお肌に張りが無い。ツヤは有るが汗と体液による光沢だ、少し臭う。


 コアルームに静粛が訪れた。


 主人の言葉を理解するのに数秒要したコア。

 彼は迅速に主人のステータスを調べるが……



 ボトリ……



 魔ドンナとコアの間に美しい赤髪の女性……その生首が出現した。


 絶句する魔ドンナ。



「マ、マンピーノジースポット様……」


≪ば、馬鹿なっ!!≫



 この宇宙域に自分の冥界を持つ一柱、冥神『マンピーノジースポット』、死を司る美しき女神。


 魔ドンナの稀有な才能に気付き、加護を与えたその美しい冥神は、最も目を掛けた信徒の足元に首を残し、滅んだ。


 魔ドンナは考える。

 誰が冥神を滅ぼしたのか?

 答えは出ない。


 魔ドンナとコアが相対する非常識の嫁が滅ぼした。分かるはずがない。



 そう、彼女達が最初に出会った非常識は、親も嫁も子も親族眷属全て非常識。


 これこそが非常識、これが理不尽。


 常識では理解出来ない、本物の非常識サイコパス


 二百五十年間の栄光は、非常識な一撃によって一夜で灰塵かいじんに帰す。



 魔ドンナとテラ・タカソッスはトップではない。

 ダンジョンランキングの上位に居るがトップではない。


 そして、人外帝王と言う不可触神の御子を知らない。


 魔ドンナとテラ・タカソッスは本物を知らない。

 自分達が有象無象の一部である事を知らない。



 魔ドンナとテラ・タカソッスは何も知らない。


 青春を捧げたパパドンプリーチ城と言う愛すべきダンジョン内に、人外帝王が全力で悪魔街を創造している事など知らない。


 尊妻の制止を余所に、テンションアゲアゲの荒ぶる人外帝王が尋常ならざる数の魔界トンネルを設置している事など知らない。


 悪魔街に移住する悪魔の数が膨大過ぎて生気徴収がエライ事になり、人外帝王が爆笑しながら湯水の如くDPを使いまくって周囲が絶句している事など、知りようも無いのだ。



 だが、圧倒的な『何か』を持ち、信じられない『何か』に支えられ、驚異的な速度で進撃する大猩々を見た魔ドンナとテラ・タカソッスは知った。


 そもそも、何故ダンマスの大猿がココに?


 非常識を初めて知った。


 そして気付いた。




 本物は居る、悔しいが。








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