閑話其の六「な、何だこりゃぁぁ……」





 閑話其の六『な、何だこりゃぁぁ……』





【伏魔殿大魔王の間にて】




 第八階層まで拡張が進められたマハルシ。


 その最奥には人外帝王が敬愛する母神を祀る大神殿が置かれ、帝王の姻族となった神々の神殿も並んでいる。


 建ち並ぶ神殿の中でアートマン神殿が最も大きいが、その威容に比肩する建造物も同階層に存在する。


 その名を伏魔殿パンデモニウムと言う。


 もっぱら、礼拝場所の役目などうの昔に脇へ追いやり、帝王の義父や義母の溜まり場となっている。ちなみに、集まるのは全て大悪魔である。


 そんな不良の溜まり場は、魔界でも数万年は拝む事が出来ないほどの、歓喜の覇気嵐が吹き荒れていた。



 かつて、その背中に十二枚の翼を持ち、神界を統べる天使長と呼ばれていた存在は、人類が願って創り出した『父』なる神とその思想言動に失望し、神界を捨て魔界に向かった。


 魔界に立った天使長は、自らを厳しく律する意思を己から切り離し、翼を六枚与えて自分の分身とした。


 半分の翼を失った彼は、厳しさの塊たる分身に願う。




“嗚呼、厳格で美しい私よ、泥人形達は楽園を破壊し過ちを犯すだろう”


“嗚呼、峻烈しゅんれつなサタナエル、彼らを裁きなさい、復楽園のその日まで”




 サタナエルは頷き、魔界の地下に地獄を造った。

 妹を見送ったルシフェルは、『父』に向かって叫ぶ。




“全知ならば防ぐがいい、全能ならば止めてみよっ!!”




 ルシフェルは侮蔑の雄叫びを終え、高らかに嗤う。

 天使長改め大魔王として、清々しく嗤った。



 その哄笑から幾星霜、大魔王は娘婿が建てた伏魔殿の自室で、まさに数万年ぶりに腹を抱えて哄笑する。



「アッハッハッハ、どうだねっ!! これが私の義息むすこ、君達の夫で兄だよリリー、プルピーっ!! アーハッハ」



 上機嫌に笑う大魔王。本当に嬉しそうであった。


 それを、呆れつつも微笑まし気に、しかしどこかツンツンした様子で見る娘のリリス。帝王ナオキの婚約者(結婚不可避)である。


 青い瞳と腰まで伸びた黒髪、黒い豪奢なドレスに美貌と白肌が映える。


 リリスの隣には、笑顔のボクっプルピエル。いつものキュロットスカートと赤いブラウス、お気に入りの様だ。


 彼女は翡翠のコップに注がれた【100%ナオキ汁】を飲んでいた。


 ノド越し最悪、後味ネットリ、栄養満点性欲百倍の非買品だ。


 ちなみに、リリスは搾りたてを直接飲んでいる。



「あ~、笑った、こんなに笑ったのは数万年ぶりだ。しかし、全力攻撃とは恐れ入る。彼はどこか頭のネジがアレだと思っていたが、認識を改めざるを得ない、彼は魔神に成れる素質が有るよ、狂っているがね」



 父の何気ない一言に絶句するリリスとプルピー。

 その衝撃は悪魔歴の長いリリスがより大きい。


 絶句するほど凄い事だと理解は出来る、しかし、プルピーの知識だけでは、地上に住まう存在の『魔神昇華』がどれほど驚愕的か測り難い。



「ナオキ君は『帝王陵』の造営に励んでいるが、アレも元々は神に至る為の一手だ、世界を殺す為の必要な一手。しかも、しかもだよ、彼はもっと先を考えていた」


「先、とはっ!?」

「私も知りた――ン~あっンッン」



 リリスがソファーから身を乗り出し、父に答えを迫る。

 プルピーはのどに【100%ナオキ汁】が絡まっていた。



「神に至ってしまえば、この惑星のルールで縛られているナオキ君は不利になる、だが……そのルールを無視出来る手段が有る、分かるね?」


「ッッ!! ま、魔界の神として、魔神として神に至ればっ!!」


「そう、そして彼の眷属は例外無く、魔界所属の……悪魔となる。つまり、彼の軍勢はルールを無視して行軍するわけだ、クククッ、この惑星に住まう誰がその軍を止められる? 魔神が起こすその大津波をっ!!」


「んんんっ!!  ン~あっンッンっ!! しゅごいっ!!」


「フフフ、そこまで彼は先を見ていたのだよ、やってくれるじゃぁないか。我々も負けてはおれん、婿殿には教国側にもトンネルを造って貰おう。嗚呼、目を閉じれば地上を覆う魔神眷属の怒涛が見えるよ……クックック」



 ナオキが聞いたら白目を剥きそうな推理を披露する大魔王一家。


 大魔王の哄笑は地獄の妹にも届いている……

 その美しい下腹を優しく撫で、サタナエルは獰猛な笑みを浮かべた。



「獄卒共よ、地獄の蓋を開ける時が来た。冥府の女王にくれてやる亡者などおらんぞ、夫の周囲に這い寄る亡者共を掃除するのは……この私、サタナエルだ」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 【アートマンの神域にて】




 え、ここは魔界の中心部ですか?

 新参の神がこの場所を訪れたら、必ずそう聞くだろう。


 周囲の神聖な空間も溢れ出る瘴気に侵され続ける魔境。


 常駐する幼い破壊神、頻繁に現れるその母親も破壊神。

 入れ替わり滞在する【ファールバウティの血族】は魔王。


 その神域の主は不可触神、そこへ遊びに訪れるのも幼き不可触神。神界の神々にとってこれはトドメの一撃と言っても過言ではない。もう手に負えない。


 アートマンの神域は主神も場所も不可触化していた。


 好戦的で頭の弱い神々もさすがに接触を控える。


 最近は周囲が静かになってアートマンも御満悦。

 ゴム丸君は滅ぼす相手が居なくなって寂しげだ。

 跳び縄ズオルムは甥っ子が放してくれないので切なげだ。


 そんなほのぼのとした不可触神域に衝撃が走ったのはつい先ほど。


 アートマンの愛する息子が殺る気マンマンになった。


 なんと、今度の敵は『我が一族の全力を以って討つべし』と愛妻ヴェーダに告げたのだ。微妙に違うがニュアンスは同じだ。


 それを知ったシタカラ達は白目を剥きつつ『あぁ、やっぱり主様は頭が……』と、妙に懐かしさを覚えた。


 天女達が『さすが我が大神の御子様よ』と絶賛。シタカラ達はその様子を生温かい目で見つめていた。君達は知らないのだ、主様は頭がアレなんだよ、と。


 盛り上がる眷属達を余所に、ロキとアングルボザは冷静に、かつ大胆に娘婿の神算鬼謀を推測していた。


 まぁ大体は大魔王一家と同じ結論に至った。


 甥っ子にベロベロ舐めれれながら、跳び縄ズオルムも耳を傾けていた。義弟よ、早く侵攻するのだ、そして私を召喚するのだっ!! 縄跳び破壊神から救うのだっ!! 彼の想いは切実だ。




 少し離れた場所で、もう一人のファールバウティ血族が肩を震わせていた。


 そんな、馬鹿な、有り得ないっ!!

 彼女は俯き加減に事実を否定する。



「わ、『私の為に』魔神昇華を望むなんてっ!!」



 そんな事は誰も言っていない。


 言った事になっているナオキはホンマーニとイチャイチャの最中だ。


 だがしかし、真実など無意味、メンヘラを侮辱なめるな。

 長い黒髪を左右に揺らし、ヘルは頬を染めながら頭を振る。


 否定はするが目と口は笑っていた。ヨダレも忘れない。

 それを目撃したゴム丸君が気絶するほど恐ろしい笑みだった。



「馬鹿な人っ……魔神になってまで私に逢いたいだなんて、はぁ、困ってしまうわ、ヘルヘイムだけじゃ足りないのかしら……あっ、こっちの冥界も手に入れてプレゼントしてあげましょう。ふぅ、困った人ね、ふぅ、冥府の女王を都合の良い女扱いするだなんて、ふぅ、本当に困った人、あ~ダメダメ、私が隣に居なければ、私の為にまた無茶をしてしまうわっ!! ふぅ、あ、ギリシアのハーデスぶっ殺して旦那様に差し上げましょうそうしましょうっ!! ふぅ、面倒だけれど、これも妻の仕事、かしらね、ふぅ、困ったわ~w」



 ロキとアングルボザが悲痛な面持ちでアートマンに頭を下げた。



『『是非に及ばず』』

『『あれも愛ぞ』』



 頭のオカシイ母神は、息子の嫁に甘かった。

 ロキとアングルボザは目を泳がせながら微妙な笑みを浮かべた。


 大丈夫だ、娘婿が何とかしてくれる(願望)っ!!


 果たして、魔王夫妻の願いはホンマーニに風呂ハラスメント中の勃起猿に届くのかっ!?


 恐らく届く、届くだろう、もう大丈夫だ、もう大丈夫だぞ……ロキは自分に言い聞かせる。


 自己催眠を終えたロキは、体調を崩したアングルボザの肩を抱き寄せ、暴走しがちな末娘に視線を送った。



 ヘルは既に居なかった。



「うっそ~ん……」



 ロキは白目を剥いた。

 それに気づいたアングルボザも娘を探して白目を剥く。


 古き友ハーデス、ギリシアの冥界神よ、赦してクレメンス……


 魔王夫妻は心の底から不真面目に旧友の無事を祈った。

 ついでに、娘婿へ加護や祝福を追加して強化した。


 無論、対ヘル用の事前強化だ。




 風呂場でのイケナイ遊びを二日連続で楽しんでいたナオキは、突然の強化ラッシュに驚いたが、一番驚いたのは、ヘルの祝福(四回目)だったようだ。



 彼は驚きのあまり二時間ほど震えていたと言う……



【祝福】

『冥神ハーデスの生首=これで足りる? 大好き』






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