閑話其の五『アカギとイセも同じ状況』
閑話其の五『アカギとイセも同じ状況』
【皇城アリノスコ=ロリ】
「……は? 何と、今何と申された姉上っ」
皇城内に新設された妖蜂族専用貴賓室、室内には女王カスガと王妹トモエの二人のみ。二人は仲良く執務に励んでいた。
姉がペンを走らせる音は耳に心地良く、妹は穏やかな気持ちで執務を手伝う、いつもの光景だ。
女王が不意にペンを止め、『姉上様』の声に耳を澄ます、これもよくある日常の一コマ。
緊迫した様子でもない姉を一瞥した妹はさほど気にせず、自分に任された決裁書に署名する。
いつもと変わらない。姉が『姉上様』の話を聞き終えれば、自然な流れで自分の耳に入る。急かす必要も無いし待つ意味も薄い。
他言無用の秘事なら自分が聞く必要は無く、入手した情報の扱いは優秀な姉が判断すればよい。
妹の武力が必要だと判断すれば、姉は迷わず秘事を打ち明けるだろう。トモエはそう考えているし、それは正しい。
そしてそれは、深刻ではないが少し困った場合によくやる。
今回はトモエも察しが付く。大方ナオキが関わっているのだろう、と。
愛しい男は人間の国へ遠征中だ、無事は信じて疑わぬが、
はて、予定外の町でも滅ぼしたか?
トモエは苦笑しつつ有り得そうな予想をしてみた。
目を閉じ黙考中だった姉の黄眼が開かれた。スッとトモエに視線を移し、肩を竦めて美声を発する。
「ナオキがコアを喰らったそうだ」
「……は? 何と、今何と申された姉上っ」
「ナオキがな、魔窟のコアを鷲掴みして、丸呑みしたそうだ」
「……しょ、少々お待ちを、意味が分からない……」
「で、あろうな。私も分からんよ、さすがの姉上様も嘆いておられた。呑み込んだ本人は『美味しかった』と申したそうだぞ? 剛毅よなぁ」
いやそれは剛毅じゃない、トモエは
「そ、それで、ナオキは……」
「うむ、強くなったようだ。心配無用と申された」
「良かった……」
「だが、ダンジョンマスターに成ったらしい」
「それはっ!! ならば魔窟から――」
「問題無い、出られる」
カスガは興奮する妹に右手を挙げて制し、ヴェーダからの情報を詳しく伝えた。
無論、娼館計画もしっかり伝えた。
妹が暴走せぬように、まず「ナオキは立ち入り禁止」と、優しい噓を入れて伝えた。
妹の目から光が失われる前に発した名君カスガの優しい嘘。
二日後、大猿王がこの嘘を『千の兵法に勝る虚報』と泣いて絶賛し、カスガ女王を褒め称え、その功績を【カスガ好プレー全集】に記載した。
「ふむ、娼館ですか……ガンダーラはゴブリンが多いですからな、在って困るものではない」
「然様、実際のところ種族問わず男女とも溜まっておる。ウチは大王が尋常ならざるフェチモンを振り撒きながら森を駆け回るでな」
「あれはどうにかせねば、ナオキが近付くだけで走竜も軍馬もメスがソワソワ始める」
「ははは、どうにもならんよ、諦めろ」
納得いかないまま姉の言葉に首肯し、『姉上様』から得た情報と指示について考えるトモエ。
先ずは疑問を姉にぶつける。
「それにしても、『アクマ』なる存在がピンときませんな」
「魔界の住人、そう聞いてはおるが……我々には概念が無い」
「かの任侠魔王ロキも、そのアクマに類するようですが」
「異世界の人間が作った枠に嵌めるなら、そうだな」
「我々からすれば神や精霊と同じですから、分ける意味が理解出来ん」
「悪事を働く者と、そうでない者に分けておるらしいが、聞けば親兄弟を殺す神や女を犯す神、天罰と称して人々を海に沈める神も居ると言う。しかし、その神々は善神であってアクマではないらしい。結局、そこに明確な善悪の基準は無い」
「では、我々はアクマにどう接するべきでしょうか?」
「魔界の魔王は神格を持つので除くとして、魔界の住人がアクマだ、即ち別世界の住人だ、異世界人と変わらん。しかし、勇者共とは違って魔族に近い気質を持っておる……向こうが我々を下に見ぬ限り、普通に隣人として接すればよい。眷属契約によって敵対は無いようだ」
姉が問題無いと言うなら特別気負う必要も無い。
トモエは「ではそのように」と目礼し、今の問答をナオキがFPで用意した『鉛筆』と『わら半紙』を使って記録した。この二つはとても文字が書き易く気に入っている。
姉はハーピークイーンから贈られた羽ペンを使っているが、自分に贈られた羽ペンは神木銀行に入れっぱなしだ。諸侯との会議では羽ペンを使う予定ではある。
「よしっ、それで姉上、娼館の建設予定地は?」
「カンダハル郊外だと伺っておる。魔竜討伐前後では位置も変わろう」
「ふむふむ、ではナオキのダンジョンは?」
「さてな、ナオキの力が姉上様や我々の想定を覆す勢いで上がったようだ。魔竜とダンジョンマスター同士の決戦を視野に入れる必要が出来た。ナオキの考え次第でダンジョンの位置や形状も変わる」
ほほう、それはまた……と、獰猛な笑みを見せるトモエ。
好戦的な妹に苦笑を漏らしつつカスガは話を続けた。
「ダンジョンや魔窟には魔素溜まりが在ろう?」
「そう聞いておりますな」
「ナオキはそれが造れんそうだ」
「それは……」
「しかし」
「……?」
「ナオキは魔界と直通の『穴』を造れるらしい。実質、DPとやらを消費せず無限にアクマを呼ぶ事が出来る」
「そんな無茶苦茶な……」
「ああ、無茶苦茶だな」
絶句する妹に深い同意を示す姉。
兵数で言えば三皇五帝を凌駕するのでは……と、カスガは見ていた。そしてそれ以上にダンジョンマスターとしての可能性を考えずには居られない。
「ナオキは神の御子、寿命など無きに等しいが……ダンジョンマスターに成った事によって不老不死が確実になった。この意味が解るか?」
「意味……意味……っ!! 信仰……」
「然様。不老不死の大王が治める国、その大王が崇め奉る母神……眷属は勿論の事、国民の大半がアートマン様を崇めるだろう、次点でナオキもな」
「それはまた……エグイですなぁ」
神々は信仰によって力を得ている。
これはガンダーラの民がヴェーダから学び、そして自ら視認、体験出来る常識である。
ナオキが報酬や配給・支援として国と国民に提供する品々、これらが大神からの下賜品であることは周知の事実。
信徒が増え、その信仰心が強まるほど下賜品の質と量が増えるのも皆が知る奇跡。神気結界や与えられた加護も強まるオマケ付きだ。
人気と支持率絶大の不死大王と、ほぼ恩恵のみ
「フフッ、エグイで済めば良いがなぁ。ゴブリンとコボルトが居るのだぞ我が国は」
「信者は増え続け、近くアートマン様は復活あそばすか」
「それだけではない、ダンジョンだ、ダンジョンが問題なのだよトモエ」
「……あぁ、生気の徴収ですか」
「そうだ、眷属だけでも足りるであろうが、人間や獣人を家畜として放り込むからな、得られるDPは想像出来んぞ。ナオキのダンジョンは間違い無く三皇五帝を超える」
信仰で得る膨大なFP、そして生気徴収で得る莫大なDP。
下賜品とダンジョン創造品による途方もない物資の津波。
FPの存在は知られてはいないが、信仰心による下賜品の増加は知られている。それを計算に入れず、DPによる創造品の放出だけでも相当エグイ。
「しかも、魔界直通の穴によって兵は無限湧きだ、彼らの住居も食料もダンジョンで用意出来る。ナオキが望み、相手が同意すれば、魔王並みの力を持つアクマも呼べるそうだ」
「増える国民用の土地も無用ですか……何でもアリですな、あの男は」
「そうだとも、我らが夫ぞ、そうでなくては」
「ふ、ふむ、そうとも言えますね」
照れる妹を優しく見つめ、カスガは呼び鈴を鳴らした。
ヴェーダに頼まれた仕事をもう一つ
「誰ぞ、南浅王を連れて参れ」
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