第152話「魔界でも好い男っ!!」





 第百五十二話『魔界でも好い男っ!!』




 【ヘルヘイムにて】




 ここは冥界の女王にして魔王ロキの娘ヘルが治めるヘルヘイム。


 彼女が住まう城『エーリューズニル』には、現在、父親であるロキと長兄の巨狼フェンリルが住み着いていた。


 母の巨人アングルボザと次兄の世界蛇ミドガルズオルム(ヨルムンガンド)も住んでいたが、先日「二人で遊びに行く」と言って消えた。


 行先は『古い知り合い』の神域、そこは現在の神界で一番ホットな場所である。


 正直に言えばヘルも行ってみたい、しかし冥界神は多忙である為、行ってホットな現場を楽しむ暇が無い。


 それはさておき、城内の豪奢な一室で大きな笑い声が響いている。


 笑い声はとても楽しそうで、嬉しさも感じられた。



「いや~面白ぇなアイツ!! 呑み込みやがったぜ!!」



 声の主は魔王ロキ。筋骨逞しい巨躯を揺らし、後頭部に結い上げられた金髪や濃い紫の衣服が乱れるのを気にせず、スコルの目を通して魔法の鏡に映る大猩々へ喝采を贈る。


 そんな父親に銀色の巨狼は苦笑を浮かべつつ、その鋭い眼光は鏡の中の大猩々を見つめる。息子達の主にして【真我】の息子、面白いと思った。


 そして冥界の女王ヘルは――



「なるほど、アレが噂の……興味深い、アレは良い」



 善悪を問わない冥界の神々、個人に興味を示すのは稀である。しかも、好意的な姿勢は皆無に等しい。



「だろうっ!! 良いだろうっ? アートマンから話が来た時にピンと来たんだ、前世は日本人でサイコ、コイツぁ面白くなるってなぁ!! いやぁ、俺の予想は大当たりだぜっ!!」



 父の満足げな自慢に相槌を打ち、長く黒い髪を一撫でしたヘルも私見を述べた。髪と同じ黒いドレスも美貌に映える。



「日本人ですか、現在の地球で我々を最も好意的に見る面白い民族です。その数も多い、我々が力を失いかけていた時に何たる運命か、かの民族が我々の存在を復元・強化した」


「はて、何故なにゆえそう至ったのか」



 妹の私見に小首をかしげる巨狼。可愛い。

 兄の問いにヘルが答える。



「一番の要因はテレビゲームでの認知度や多種多様な『能力設定』です。同じ理由で漫画・小説等の物語が次点でしょうか。それらを楽しんだ世代が子を産み、その子らも親が広げた異文化や神話を親世代以上に享受しています、しかもそれを世界中に発信している」


「地球で信奉されていた神々はほぼ同じだぜフェンリル。滅んだと同義だった神々まで日本人は魔改造して復活させやがる、相性がいいのさ、俺達とな。特にお前なんて優遇が過ぎる」


「……やけに調子がいいのはその所為か」



 信仰発生型の神々は、人々の認識『存在を知る』事によって力を得る。ヘルの言うそれは信仰心とは違うが、教義を無視した無粋な信仰心より純粋で力強く、何より好意的で尊い。


 自分を好意的に捉え、尚且つ『こんなに美しく可愛い』、『こんなにカッコいい』、『こんな事が出来る!!』等々、盛り沢山の愛情を込めてくる者の想いを、どこの神々が邪険に出来ると言うのか。



「まぁそう言うこった。アートマンは上手くやりやがったぜ……このまま行けば、アートマンは惑星一つ支配する大王の聖母だ」


「息子共はその大王の眷属だ、俺は嬉しいが」

「同意。アレはいずれ神に至るでしょう、その時は私の……」


「何言ってんだお前ら、アートマンに負けねぇように、魔界うらの仕事でファミリーを助けようって話だぞ? クックック、先ずはだなぁ――」




 勃起猿人ナオキの知らぬ所で、不穏な援助計画が進められる事となった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 【アートマンの神域にて】




「おいおい……コア食べちゃったよ、アンタの息子」


『『うむ』』

『『わんぱく』』


「わんぱくって……」



 満足げなアートマンを呆れた表情で見る巨人、いや、太い鎖を肩に掛けた巨神の金髪碧眼女性。魔王ロキの妻である北欧美白美女アングルボザだ。


 緩いウェーブの掛かった長い金髪を揺らし、アングルボザは右手で眉間を揉んだ。


 彼女は、夫が楽しげに話す『面白ぇヤツ』の事を聞こうと、その母たるアートマンの許へ息子のミドガルズオルムと共に訪れていた。




 アングルボザは目的の神域へ来たものの、そこは地獄もくやと言わんばかりの瘴気溢れる場所。はて場所を間違えたかと困惑する。


 しかし、アートマンの膨大な神気は感じられる……


 そして突如、困惑する彼女の前に現れたのは明らかに鬼。あぁやはり間違えたかときびすを返したところ、背後から声が掛かった。


 曰く、「大神様がお待ちです、こちらへ」と。


 鬼はひざまずかず『シタカラ』と名乗って丁寧に頭を下げた。神に対していささか非礼ではあるが、アングルボザは気にせず流す。


 彼女は何が何やら分らず、アートマンの神気を信じつつ警戒しながら鬼に連れられ瘴気溢れる神域へ入った。


 世界を締め上げる黄金の巨体を持つ世界蛇ミドガルズオルムは、その異様な神域を見た直後、アートマンの神気に気付き、委縮して小型化。そのまま母の腕に巻き付いていたりする。



 そして、アングルボザは目当ての神と再会した。


 再会したが……


 久しぶりに会ったアジアの神は黒かった。

 アングルボザは呆然とする。


 二面四臂は驚かない、昔は八面六臂だったので少しまともになっている。


 そんな事より、足元からアートマンに絡み付く『黒い業』、その量が尋常ではない。アートマンもそれを振り払おうとしていない。


 そりゃ何だい?

 当然のように聞いた。


 アートマンが答える、「息子の業」だ、と。振り払う意味も分らないと言う。


 アングルボザは「あぁそうかい」と肩を竦めた。相変わらず【真我】は何を考えているのか分らない。放置が最善だ。


 とりあえず再会の挨拶を交わし、互いの近況を確認した。



 夫ロキが言うように、滅びに向かっていた太古の神【真我】は、その力を取り戻しつつある。以前とは違った質の力ではあるが、神気と権能は絶大だ。


 権能に関して言えば、全盛期よりも『反則度』は高くなっている。どうやら自慢の息子が国を挙げて祀った結果らしい。非常に羨ましい限り。


 地球の人々に忘れ去られつつある自分とは大違い。

 しかし、本来ならアートマンも同じ立場だったはずだ。

 アングルボザは不思議に思った。嫉妬などは感じない、純粋な疑問だ。


 俄然『自慢の息子』に興味が湧く。


 アングルボザが大猿の話を振ってみたところ、アートマンは嬉々として語り始める。ついでに『息子TV』を展開。いつでも愛息の雄姿が見られるヴェーダ実況中継神気映像だ。


 もっとも、アートマンは四六時中ナオキを見ているので、息子TVはお客様用である。


 そこに映されたのは、丁度ナオキがコアと接触した場面だった。


 なるほど、これが噂の大猿かと、アングルボザとミドガルズオルムはまじまじと映像を見つめる。


 その直後、事件が起こった。


 巨神と世界蛇は数千年ぶりの驚愕に目を見開く。

 神族として、コアの存在も価値も意味も知っている。

 だが、それを呑み込む気狂いの存在は知らない。


 そしてその気狂いを『わんぱく』と評する親の恐ろしさよ。

 


 ミドガルズオルムは震えて一層縮こまり、アングルボザは出された神酒アムリタを一気飲みして溜息を吐く。



 少しばかりここに滞在させてもらい、大猿の様子を見てみよう。

 ロキや【真我】が気に入る何かが大猿には有る。


 それを知りたい。

 アングルボザはそう思った。



 しかし彼女は気付いていない、彼女もまた、勃起猿の変な魅力に吸い寄せられていると言う事をっ!!





 数日後、ヴェーダの勧めでナオキは見事な『巨神アングルボザ神像』を「駆逐してやるっ!!」と叫びながら彫り上げ、それを神木に祀り『アートマンの盟友神』と称して告知した為、アングルボザの神気が爆上がりした。


 巨神像を拝む際の祝詞のりとは「イェーガー」である。


 ついでに、エロ猿好みのナイスボディに彫られた巨神像を眷属達が真剣に拝んだ結果、アングルボザは強さと美しさに磨きが掛かった。



「あれは好い男だねぇ!! ヘルの婿にどうだい【真我】っ?」


『『あの子が決める事』』

『『お前そろそろ帰れ』』





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