第145話「ここからが本当の闘い、だっ……」




 第百四十五話『ここからが本当の闘い、だっ……』





 いささか脱力した俺を余所に、カスガは話を続ける。

 ついでに頭をナデナデしてくれた。えへへ。



「異次元袋や魔道具の中に待機した場合、袋や魔道具等の物体がその場に残る上、不浄が詰まったそれを魔竜のダンジョン内へ持ち込めない。だが、ダンジョン外の何処かへ隠すなどという危険も冒せない」


「ウフフ、製作が三皇五帝や異世界人にほぼ限られる異次元袋は、大森林の最奥に棲むオバカさんには入手困難ねぇ~」


『残された選択肢は、コアが付与出来る範囲の収納魔術を眷属に与え、魔術を取得した眷属がダンジョン外で召喚されたアンデッドを収容し、そのままダンジョン外でアンデッドと共に収納魔術内、つまり【影沼】に隠れるしかありません』


「何てこった、俺的には一番シンプルな答えだったぜ」


「そうよねぇ~、朕もそう思ったもの~。でも、その【影沼】がまったく見つからないのよねぇ……ムカツクわ~」


「そりゃ困ったな、蟻の大群でも無理なのか」


『大森林は広大、生い茂る樹木は太陽の光を遮り大地を影が覆っています。更に、【影沼】は展開時以外魔力を放出しませんので、捜索は難航しております』


「厄介だな」


「フッ、しかも、【影沼】を使用出来る者が一人とは限らん」


「だよなぁ……」



 カスガは苦笑を浮かべながら俺の左頬を人差指でつついた。

 可愛いですね、俺も突き返――


 トモエの視線を感じたのでイチャイチャはお預けだ。


 しっかし、このクソ広い大森林でカクレンボとなると……


 ヒント無しで見付け出すのは骨が折れる。その地表九割に影が在ると言える大森林で影沼使いを探すのはムリゲーに近い。



「カスガ、何か対策は有るのか?」


「影沼使いを釣る方法なら有るが、こちらから動く必要はない。結界が張られている以上、魔竜はこちらに手出しが出来ん。我々は結界内で上空を警戒しておれば良い」



 上空?

 あぁ、向こうは空からイケると思ってんのか。

 今のアートマン様結界はアレだぞ、無理だぞ?



「とりあえず、仮に空から侵入された場合は?」


「フフ、何らかの理由で空から影沼使いの侵入を許し、ガンダーラ中央で不死兵を放出されたとしても、手乗り神像を持った兵士が隊列を組み神気障壁を展開して前進するだけで相手は消滅する」


「獣系眷属は消滅しないけどぉ、神気の障壁も破られない。障壁を展開した兵士が不死兵や眷属を抑えている間に、非戦闘員は結界に護られた地下道を通って地下帝国へ避難する事も出来る!!」


「なるほど、アンデッド対策は万全か」



 障壁を突破出来ないにしても、強力な獣系眷属が侵入して来た際の対策が必要だな。


 っと言っても、カスガ達はもう対策を練り終わってるだろうが。

 あとは……あぁそうだ。



「影を通って侵入される恐れは?」


『問題有りません。【影沼】を使った移動は可能ですが、術者の総魔力量で【影沼】の体積・面積は変わります。術者が【影沼】内に入った場合、移動出来る距離はその面積の範囲内となります。そして――』



 範囲外へ進む際、また、収納・放出の際は術者が【影沼】から出る必要があるので、動きがあれば蟲を使った早期発見は容易、迅速に対応出来る。との事。大丈夫だな。


 カスガに視線で聞いてみる。

 ニッコリ微笑んだ。可愛いですね。



「現在、大森林中に空と地上から蟲を等間隔に放って監視と警戒を強化しておるが、未だに姿を見せん。我々の哨戒・探知能力を警戒しているフシがあるな。【影沼】を使った奇襲は神気障壁や其方そなたへの対策がとれた後だろう」


「何だか心配事がゴッソリ減ったなぁ」


「クック、ところで其方はどうだ? 魔窟攻略の前に幹部眷属へ指示を与えたのであろう?」


「まぁ、一応な。魔竜対策が出来ているなら、あとはミギカラ達に任せて魔窟攻略に向かうだけだ」


「ほほぅ、あっさりしたものだな。もう少しゴネるかと思ったが」

「そうねぇ~、何か吹っ切れた感じかしら~?」



 カスガとアカギが俺の左右から頬をつついてくる。

 失敬な、子供扱いはヤメテ頂きたい。まったく、もっと突いて。


 クックと笑うカスガが、俺の左肩に頭を乗せて呟く。



「自分達の所為で偉大なる王の行動を縛っている、やりたい事を妨げているというのは、忠誠心が高ければ高い者ほどツライものだ。其方に対する眷属の忠誠心は限度一杯の者達ばかり、行動を自制する帝王の姿を見れば、皆が心を痛める」


「……あぁ、解ってる。もうグダグダ言わんよ。眷属の死に恐怖を覚えるが、自分の精神保護目的で行動を決めるクソ野郎にはなりたくない。今後一切、俺の自己保身によって眷属達に自責の念を抱かせる事はない、絶対にだ」


「左様か」

「おう」


「ウフフ、魔窟への出発はいつかしらぁ?」

「あ~、そうだなぁ、明日の晩だ。早い方がいい」


「フッ、では、そろそろ寝るとしよう」

「そうねぇ~。歯磨きして……その後はナオキさんのナイフも磨いて……ウフフ」


「よよよよっしゃ、そんじゃぁ寝る前にトイレ行って来る」



 本日の勉強会は終わり……

 

 本当の闘いはこの後だ……ゴクリ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 妖蟻皇帝の寝室である草原、その端に在るトイレへ向かってテクテク歩く。


 ヴェーダ時計を確認すると、午前三時二十二分となっていた。


 遠くから数十騎の竜騎兵が竜爪を轟かせながら近付いて来る。彼女達は本日の『帝王厠番かわやばん』だろう。


『帝王厠番』は皇城勤務の兵や侍女にとって『超人気御役目』である。


 俺が地下帝国内でトイレを使用する時は、必ず厠番が俺の『トイレ補助』をする決まりとなっている。


 別に俺が頼んだワケではない、俺が帝国を訪れた初日にササミ達が体験した『トイレでの出来事』が、何故か妖蟻の琴線に触れたようだ。琴線と逆鱗を間違えて使うヤツって居るよな。


 まぁとりあえず俺の為に造られた『帝王厠』に入り、小便用便器の前で仁王立ちして彼女達を待つ。


 勝手に用を足してしまうと厠番の娘達が非常に悲しい顔を見せるので、面倒だが待つ必要がある。可愛すぎるぜ君達ぃぃ。


 しばらくすると、厠への立ち入り許可を求める声が聞こえた。俺は努めて明るく許可を出す。


 本日の帝王厠番班長を先頭に、美しい妖蟻の娘達がゾロゾロと厠へ入って来た。ハァハァ……


 全員眷属化してあるので身の危険は無い。片膝を突き、参上の遅れを謝罪する班長アザミ少佐。ササミ誕生から三分遅れて生まれた娘である。


 彼女の謝罪に「気にするな」と応え、小さな両肩を掴んで立たせる。申し訳なさそうに目を伏せる彼女の頬は赤い。


 ハァハァ……ヤレヤレ困った、厠番の娘達は皆一様に頬を染めている。そして、俺を見つめる皆の瞳は何かを期待している。


 好い男ってのは、女の期待を裏切らない。


 俺はアザミにアゴで促す。

 彼女は恭しく一礼すると、再び俺の足元で片膝を突き、「失礼致します」と断ってから俺の腰布を捲り上げた。


 大魔王が跳ね上がり、娘達が息を呑む。


 期待に応えられたかナ?

 アザミが唇を舌で濡らした。



「だ、大猿王陛下に於かれましては、本日の御立派様も昇竜の如き猛々しさ、臣アザミ感服至極に存じます」


「ハッハッハ。少佐に褒められるとは光栄だね、では早速お願いしようか。漏れてしまう」


「ハッ!! 伍長、陛下が御放尿遊ばす、御立派様をお持ちしろ」

「イェスマァム!!」


「軍曹、貴様は後ろから陛下の御不浄穴を」

「イェスマァム!!」


「曹長、貴様は右の御乳首を――」



 アザミが次々に指示を飛ばし、妖蟻の娘達が俺の周囲に侍る。


 そして最後に、俺の正面でアザミが跪き、二本の触角で大魔王を刺激しながら、大きく口を開けた。


 果たして、男子用小便器は必要だったのでしょうか。

 俺は小首を傾げながら、股間の力を抜いたのです。ふぁぁ……


 そして、厠番の娘達にナイフ株を最安値で売ったのです。




 午前三時三十六分、カスガ達が待つ巨大なベッドに到着。


 皆の鋭い視線が股間に突き刺さる。


 カスガが愛らしく苦笑。

 アカギが頬を膨らませる。

 トモエが首の骨を鳴らしながら近付いて来た。

 イセが二本のマハトミンCを一気飲み。



 俺は魔窟攻略の延期を考えるのであった。







 第四章・完









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