閑話其の四『震える神界・後編』





 閑話其の四『震える神界・後編』





 何度ゲームをやり直しても、アートマンが推すみこが存在する限り『敵の殲滅・隷属化』など出来ようはずがない。


 次回のゲームでアートマンの駒が存在する確率は?


 その駒が死ぬ確率は?

 神の御子に自然死など有り得ない。もはや寿命など無いだろう。


 仮にアートマンの駒を殺せたとして、その時のアートマンが大人しく退場するか?


 愚かな希望だ。


 既にアートマンは息子の業を背負って悪神化が進んでいる。アートマンの神域から尋常ならざる瘴気が溢れ出ているのだ。


 溺愛する息子の死、それに対する報復で一つの宇宙域が滅ぶ事などあってはならない。ならないが、悪神と化した不可触神の報復欲求と、ゲームルールに対する自制、どちらが働くか考えるまでも無い。



 戦神ムンジャジは大きく溜息を吐いた。

 考えれば考えるほど覇気が失せる。

 自らの神域で感じるはずの無い頭痛を覚える。


 もう一度深く溜息を吐き、己の過ちを悔いる。


 かつて戦神ムンジャジは大森林の浅部魔族と中部魔族の数種に加護を与えた。しかし、魔族の無意味な義侠心や行動が戦神に失望と怒りを生じさせた。


 だがつい最近、リザードマンの男から魔族最後の加護を剥奪した。

 ようやく失望と怒りから解放されたのだ。


 とてもスッキリ出来た。次は獣人に加護を与え、未来に希望を得た。


 戦神と仲の良い『豊穣伸オッパイエ』も時を同じくして魔族から最後の加護を取り上げた。大森林の妖蜂族から取り上げた。


 二柱は互いにスッキリしたと談笑していた、そんな時に愛神一派壊滅の報と不可触神出現の報が一緒に届いた。


 何事かと調べてみれば大森林の浅部魔族に加護を与える異世界神が居る、しかも太古の異世界で信仰により生まれた始原の神、条件無しで大神に分類される存在。


 何故そんな大物がと驚愕したが、驚愕はそれだけではなかった。


 その大神は自らの神気で作った子宮で御子を包み、子宮ごと地上へ、よりにもよって大森林の浅部に遣わした。


 ゲームの参加不参加に関わらず、ルール上何の問題も無い行為だが、国産みする神々でもしない大胆な、言わば『子捨て』を行っている。狂神と言っても過言ではない。


 だがしかし、捨てられた御子は母神を敬愛狂信し、母神は御子を溺愛。


 さらに、母神はゲーム参加前に御子へ様々な援助をしていた。神気の子宮内で恐るべき肉体強化など卑怯にもほどがある。ルールに照らし合わせても危険な行為だった。


 強化された御子は数十日で浅部を掌握。優秀だが攻勢に出ない妖蜂も、大勢力だが神託を無視する妖蟻も、狂ったゴブリンに狩られて滅びると思われたリザードマンも、すべて御子の眷属となって力を得た。


 戦神と豊穣伸はひっくり返った。

 それは見事なズッコケだった。


 早まった、あと数日、ほんの数日待てば、自分達は不可触神一派となって、神界を肩で風切り歩けたものをっ!!


 後悔先に立たず。

 悔やんでも悔やみきれない。

 豊穣伸オッパイエは自らの神域に引き籠ってしまった。


 戦神は友人の安否を気にしつつ、これからの事を考える。


 やはり、一番の気がかりは滅ぶ神の数。多すぎるのだ。

 ついでに数が合わない。アートマンの元へ向かった者とその三族、滅んだ数は承知しているが、数が合わない。


 これは何度調査しても分からなかった。

 親交の無い他派閥の神々に何かあったのかも知れないが、不可触神出現以上の『何か』など無きに等しい。


 滅んだ神々は下級神、補充は利くが滅ばぬに越した事はない。

 若い神々を根気よく諭すしかないか……


 戦神がそんな事を考えていると、再び神界中央から警告が響いた。



『南エイフルニアの魔皇帝、これを推したるは異世界にて現地昇華すよわい二つの幼き神……と確定』



 ほほう二歳で、やりおる……

 だが魔皇帝は二十を超えていたような……


 戦神が小首を傾げながらエイフルニアの英雄について考える。

 普通に成人男性だ。彼は幼い頃に異世界神から加護を得たと聞いていたが、幼神ようしんと魔皇帝の年齢が合わない。


 代替わりでもしたか、ルール違反ではないのか等々考えていると、警告が続きを告げる。



『その幼き神、ヤナトゥにて触れるから



「何でだよおおぉぉぉぉぉぉっっ!!」



 それは戦神ムンジャジの、生まれて初めて上げる悲痛の声だった。

 何故、同時代の同惑星に不可触神が二柱もっ!?


 そして戦神は合点がいった。


 滅んだ神々の数が合わないのは、コイツの所為だ、と。



 それにしてもこの状況は酷い、大宇宙せかいは何を考えているのか……


 これではまるで――


 戦神の思考が止まる、戦神の静粛な神域に唾を飲む粘ついた音が響いた。


 戦神ムンジャジは思考を再始動させて黙考した。


 大宇宙が認めた、または設定したもの……



 ゲームへの途中参加。

 異世界神のゲーム加入。

 神々による直接的ゲーム不介入。


 三皇五帝を支えるのは全て異世界神。

 魔窟コアに持たせた心と絶大な権能。

 魔窟のモンスターは魔族と同じ姿。


 魔素枯渇によるゲームの強制終了。

 頭のオカシイ異世界人の召喚とリスク。


 基本的に魔界の神々を放置。


 宇宙域封鎖を黙認。

 不可触神に支えられた二人の英雄。

 その英雄に敵対する神々の滅び……



 何かが、何かがオカシイのだ。

 英雄二人に対してなのか、二柱の不可触神に対してなのか、異世界神や魔界の神に対してなのか……疑惑が戦神をむしばむ。


 戦神が大理石のテーブルを右手で砕いた。



「やってくれる……っ!!」






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