閑話其の三「ある愛のカタチ(そっ閉じ」




 閑話其の三『ある愛のカタチ(そっ閉じ』





 スーレイヤの山脈沿いはずいぶん肌寒くなってきた……

 防寒具を用意しなきゃ、狩りに影響が出るかもしれん。


 今頃、ガンダーラの皆は地下帝国で何をしているのだろうか……


 フッ、今の俺が考えていい事じゃぁねぇ、か。


 いつの日か、この惰弱な精神を鍛え終わったら、道着を着たイカスあのに俺という存在を認めてもらう。


 そしてその時、ちゃんと自己紹介から始めるんだ。


 やぁメチャ、俺は……俺は……


 参ったぜ、ハハハ、なんてこった……


 俺の名は……、いや、昔の名は捨てたんだ。

 俺の名はアンカーラ、氏も姓も持たぬ戦士。


 メーガナーダの一人、今はただのアンカーラ。



 そうさ、メチャ。

 アンカーラ……それが――



 ――六人の仲間と尊妻様だけが知る俺の……名だ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 バキャリ、ゴキュリ、そんな音を立てながら、俺の新しい相棒はスーレイヤの兵士を喰い殺した。


 満腹になるまで喰いな、まだタップリえさは有る。

 相棒の頭を撫でながら、同志の六人とその相棒六匹に視線を向けた。


 濃い灰色のゴッツイ体、漆黒の長髪をなびかせ男前になった面構え。


 革の腰巻と剣鉈けんなた一本を腰に下げたその格好は昔とあまり変わらない、しかし、最弱だった面影は無い。


 六人全員が強者に片足を突っ込んでいる。


 彼らの相棒達六匹もそうだ、とてもじゃないが浅部に棲むエッケンウルフには見えん。


 そろそろ頭数を『匹』で数えるのも疑問が残る。異世界日本の知識を叩き込まれた弊害、かな。有り難い弊害と言うのも笑えるが。


 俺達の相棒はスコルとハティが今の怪物状態になる前の体格よりデカい。


 眷属進化後に二回ほど種族進化を果たした為だろう。体長は尻尾を入れると6mを超えた。浅部では餌不足に悩まされるところだが、この辺りは元気な生餌が多くて助かる。



 コイツらは俺達の相棒としては二代目、先代はオスが七匹だったが、今回はメスが七匹。


 キンポー平原の戦いで十分に強くなった七匹の元相棒達は、尊妻様の采配で『種牡狼しゅぼろう』に決まり名誉除隊、種付け狼として毎日腰を振っている。


 そんな彼らの代わりに、戦いの素質があるメス七匹が入隊した。


 入れ替え当初はいささか頼り無く感じたが、俺達も以前は最弱だったのだと思い至り、主様が仰ったように「エサは豊富」だと前向きに行動した。


 その結果が今の状況だ。

 ハッキリ言って、先代の相棒より強い。

 そして何より可愛い。メスだからだろうか?


 何とも言えん愛らしさと言うか、きつけるものがある。俺だけじゃなく他の六人も似たような事を言っていた。


 恐らくメス狼が出すフェチモンが原因と推測される。俺達が進化して鼻の利きが鋭くなったのも影響大、だな。


 まったく困ったものだ……


 俺達はメチャに勃起をきたしてしまった愚か者だ。メーガナーダ入りした後は自戒自罰として禁欲生活を己に科している。


 オナニーなど言語道断、異性の魅力的な肢体を想像する事も赦されない。ちょっとでもエロスを覚えれば尊妻様から厳しく叱責される。


 叱責はまだ良い、そこには俺達に対する『信頼』がある。見込みが無ければ放置されるだろう。


 しかし、しかしだ……明確な罰はキツい。


 俺達は主様や尊妻様に敬意と畏怖を胸に刻んでいるので、至言金句を重く受け止める。だが、メーガナーダ予備軍の新入りには少数のアホが存在する。


 アホは御二人を軽んじているのか、お優しいので舐めているのか、予備軍に入れられた意味を考えず、下半身のうずきに任せ行動する。


 結果は推して知るべし。

 あれは地獄の獄卒が亡者にいる拷問、そう言っても過言ではない。


 尊妻様の『天罰』によって、奴らは【尿路結石】の刑に処される。

 尿道、尿管、膀胱、腎臓……まさに全てがロックオン!!


 恐ろしい……っ!!

 鋭利な小石がっ、ペニス内ロードに設置されるのだっ!!

 いや、オスッコに関する器官にロックオンされるっ!!


 背中やわき腹の痛み、突然の血尿……

 これはまだはじめの一歩、問題はペニスっ!!


 放尿もっ、射精もっ、射精に至る行程もっっ……!!

 ……その全てにおいて激痛が走る仕組みっ!!


 恐ろしい、考えただけでもペニスがスンてなる。


 傷モノとなった奴らのポコチンは自然治癒に任せるのみ。

 回復薬も自動回復スキルも無いアイツらは、腐った性根しょうねが治るまで悶絶の日々が続く。腐った男根は治るか分からん。



 と、まぁそんな感じなので、俺達は禁欲生活を破る事など考えない。


 考えない、考えないハズなのに……

 スンてなったペニスも再起動。クソが!!



「……おいアンカーラ、勃起をきたしているぞ」

「……お前もな、インカーラ」



 悲痛な表情で俺の股間を見つめるインカーラ。コイツは俺と同じ氏族の出身で幼馴染だ。


 ちなみに、俺達七人の名は『アンカーラ』、『インカーラ』と続いて『ウンカーラ』、『エンカーラ』と、主様が使う文字の【五十音順】に頭文字が変わる。


 そんな事は置いておこう。今は勃起の事実を把握すべき時だ。


 俺はもう本日五度目の勃起……

 溜まっているとは言えコレは……



「……五度目、今日は五回も勃起をきたした、マズい」

「俺は八回だ。にもかかわらず……尊妻様から叱責が無い」



 俺達が悲痛な面持ちで考え込んでいると、背後から比較的陽気な声が聞こえた。



「あちゃ~、俺達は既に見限られたか。あ、俺は本日十二回目の勃起な」



 多いなっ。

 今話しかけてきたのはキンカーラ。魔法兵の一人だ。


 と言っても、魔力の多寡や得手不得手はあるが全員魔術を使えるので、完全な魔法兵は居ない。戦士四人・魔法兵三人の編成もあれば、その逆もある。


 キンカーラは体術より魔術が得意なので、魔法兵の役割が多い。


 そのキンカーラは驚異の十二回勃起、狂っている。

 しかし、コイツの言う『見限り』も有り得ない話じゃぁない。


 残りの四人も勃起をきたしている。つまり全員が勃起状態。



「まさにフルボッキ、か」

「見限られて当然の失態だ」



 インカーラが悲し気にそう言った。勃起は治まっていないので悲しそうに見えない悲しさを覚える。


 そんな悲しき現状を打ち破るように、ソレが俺達の鼻孔を貫いた。


 コレは…………ッ!!



「相棒達の……フェチモン、か」

「こいつぁ……キツいぜオイ」



 キンカーラが生唾を呑み込み、反り返る悪息を握り締める。

 よせ、バクハツしてしまうぞっ!!


 俺がキンカーラの右手恋人センズリを止めようとした時、隣に立つインカーラが驚愕の表情で告げる。


 そんなインカーラは左手恋人ズリセン状態だ、馬鹿なの?



「アンカーラ……、エンカーラの野郎が、あ、相棒と山脈の林に、林の中に行きやがった……っ!!」


「なん、だと……っっ!!」

「野郎っ無茶しやがって!! 略してヤムチャしやがって!!」


 

 キンカーラの心配も頷ける、天罰を賜れば無残な死ヤムチャも有り得る!!


 頼むエンカーラ!! ヤムチャらないでくれっ!!


 俺とキンカーラはすぐに後方へ体を向け、北の林に消えた隊員を目で探す。


 すると、微かに、微かにだが、進化で発達した俺達の耳に、その声が届いた。


 インカーラが呟く。



「メスの……あえぎボイス、か」

「ッッ!!」



 馬鹿なっ!!

 俺達は禁欲中だぞっ!!


 たとえ俺達がゴブリンをルーツに持つ『無差別種付け可能種』だったとしてもっ、この時期に、北伐を控えたこの時期に狼と子作りなどっ!!


 いやいや、その前に禁欲、禁欲生活はどうするっ!!


 俺は頭とペニスがどうにかなってしまいそうだった。

 このままでは俺も、皆も、相棒を林へ…………!!


 そんな俺達の葛藤と恐怖を一掃する尊き御声が、頭に響いた。



『構いません。帝王はお前達の働きに満足しています。お前達は彼女達に異性としての魅力を感じていますね?』


「そっ、尊妻様っ、俺は、俺達はっ!!」


『帝王はかつて言いました、曰く“妖蜂猩々ようほうしょうじょう いずくんぞしゅあらんや”、と』



 妖蜂猩々寧んぞ種あらんや……

 それはつまり……



『帝王の治めるガンダーラは種の差異貴賤を問わず。妖蜂族も大猩々も同じ人外、そこに愛があれば交尾に異を唱える者は無い、帝王がそれを赦すまい。さぁ、人外帝王の勇猛なる戦士達よ、北伐前に想いを、そのたぎるパッションを伝えるがよい』


「ッッ!!」



 俺達は走った。

 愛する相棒の許へと。


 すると、その相棒が俺に飛びついてきた。コイツゥ!!

 尻尾とケツを揺らし、俺とろくでなしブルースを奏でようとアピールしている。


 望むところだ。

 尊妻様から許しを得た。


 今夜のブルースは、16ビートを刻むぜ?



 相棒が舌なめずりをして愚息に狙いを定める。

 よせよ、ブルースはまだ聞こえねぇ。


 ブルースは二人同時に奏でるもんだぜ、愛棒っ!!



 行くぜ、俺達の冒険はこれからだっ!!



 そして――


 我が青春たる道着の君よ、さらばだ……










『さて、如何なる種が誕生するのか……、楽しみです。退役オス狼達には別の進化メス狼をつがわせますか。わんぱく息子の家来もわんぱく、手が焼けますね、アートマン』


『『あの子が笑うなら』』

『『是非に及ばず』』


『ふむ、一理ありますね』

『『……ん』』

『『……む』』






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