第103話「むむむむむ無論だ」
第百三話『むむむむむ無論だ』
第一回秋期戦略会議を無事に終え、翌九月二日の早朝、アカギの産卵が始まった。
妖蟻の皇帝は一日に四度、卵を二個ずつ産む。
妖蜂の女王も早朝の産卵だが、こちらは一日一回、一個の卵だ。
隣で寝ていたアカギが「ごめんなさい、出ちゃう」と、頬を染めて俺の退室を促した。
一緒に寝ていたカスガはアカギの出産を見守るようだが、彼女も間もなく本日の産卵が始まるので、この巨大なベッドから降りる必要は無い。
イセとトモエが姉の傍に侍り、両族の侍女達が忙しく皇帝の部屋を出入りする中、俺は一人部屋の外へ出た。
産卵を見守ってやりたいが、以前それをカスガに告げたところ「……馬鹿か貴様は」と言われたので、それ以降は一度も『産卵立会い』を口に出していない。
夜はあんなに激しいのだが、産卵シーンを見せるのは御法度のようだ。
やはり、産卵は神聖なものなのだろうか、ゴブリン達は「生まれるので見て下さい!!」と言って来るのだが、同じ魔族であっても種族が持つ価値観は様々、「そう言うものなのだ」と思っておこう。
ただ単に、カスガやアカギが産卵を俺に見られる事に対して『恥ずかしい』と思っていたり、産卵を男性や同族外の者に見せる事を『ハシタナイ』と考えているかも知れない。
どちらにせよ、俺が部屋から出れば済むだけの話だ。
喰い下がって室内に残る意味も無い。
俺と一緒に部屋から出たメチャと、物凄い笑顔のラヴを伴い、客室でトイレと洗顔を済ませ口を
礼拝を済ませたのち、皇城から出て中央広場まで移動。毎回ここで一般市民の眷属化を行っている。
まだ午前五時を少し過ぎた頃だが、魔族達の朝は早い、既に大勢の魔族が市街に溢れている。妖蟻族だけではない、地下帝国へ避難して来た浅部魔族が勢揃いだ。
初めて俺が訪れた妖蟻帝国では、他種族が堂々と通りを闊歩する風景など想像も出来なかった。
笑えるほどにアンバランスだ。妖蟻と妖蜂以外、地下帝国の文化レベルに馴染めていない。
服装から立ち居振る舞いから、何から何まで『場違い感』が拭えない。悪く言えば『見劣り』する。
妖蟻と妖蜂、それ以外の浅部魔族とでは文化・教養の格差がヒド過ぎるという事だ。
妖蟻と妖蜂を除いて、浅部魔族には『上半身に衣服を纏う』という文化も無かった。下半身も粗末な革の腰巻程度、ハーピーやラミア、ナーガに至っては全裸である。全裸は素晴らしい文化なので、廃れない事を切に願う。
だがしかし、ヴェーダと言う名の文化破壊者が『チューブトップ』なる卑怯な女性用衣類の開発を巫女衆に指示した。
あんな物、『胸に巻く腹巻』ではないかっ!!
男装の麗人が胸に巻く『サラシ』から漂う背徳感すら無いっ!!
これを異文化への冒涜と言わず何と言うっ!?
ルック!! 見よっ、あの可憐なラミアの乙女をっ!!
大きな丸い二つの苺ケーキをタプンタプン揺らしながら俺に手を振りつつ、穢れを知らぬその小さな二つの苺を摘んでくれと近付いて来るではないか……
あのケーキを、あの苺を、下品な『腹巻』で潰せと言うのか!?
ヴェーダァァァァ!!
『彼女達の文化風習を否定しませんが、眷属の男性以外がアレを見ると抑えが利きません。それに、軍の規律が乱れますので』
「クッ、確かに、避難後はメーガナーダ予備軍が増えたと聞く……」
「け、賢者様ぁ、セッキョーしますか?」
「陛下、去勢しましょう」
「説教はメチャとジャキに任せるが、去勢はちょっと……」
ラヴは容赦ねぇな。
イラついたペニスがスンてなるわ。
『眷属化しても、ナオキさんが接触不可などの適切な命令を下さぬ限り、我慢の利かない愚か者は魅力的な異性にボディタッチを繰り返します。その対象が全裸の美男美女となれば……不幸が起きます』
「それはイカンな、イカンぞ」
だが、接触不可の命令なんてものは、凶悪犯やロボットに下す命令だ。解決策は他にも有る、それを早急にガンダーラ全体へ浸透させねば……
いやいや、ボディタッチも人によれば凶悪だよな。性別関係なく。
『奔放過ぎる倫理道徳・貞操観念などに一定の線を定め、そこで留まるように促しつつ、異性に対する身勝手な認識を改めさせましょう』
「陛下、他種族との共同生活から生じる文化摩擦や風習の誤解など、こういった事による不幸な出来事は、老若男女問わず、少なからず発生しております。これらを迅速に解決へ導くには、民草に罪と罰を知らしめ、法治の概念を普遍的に根付かせる事が肝要かと存じます……ヴェーダの受け売りですけど!!」
「ラ、ラヴちゃんスゴーイ」
『色々台無しですが』
うむむ、不文法・慣習法じゃぁ限界があるか。
その前に教育、ってなるところだが、ヴェーダが居るからな。いつでも学べるし、いざとなれば頭にブチ込ませればいい。
俺以外へのブチ込み式は罰として限定かな、脳への負担が凄いらしい。
「ハハッ、まぁ、ラヴの言う通りだな。罪と罰を明確に示して『ルール』を認識させる事から始めよう。森の掟は個人の解釈次第で大きく意味が変わるが、具体的な行為や状況を記して制定された法は、勝手な解釈が難しい」
「都合良く曲解する者も現れるでしょうね」
「そ、そんな人は、私が三角絞めでセッキョーです!!」
「そうだな。だが、こっちにはカスガとアカギ、トドメにヴェーダが居るんだ、曲解なんぞさせんよ。猿でも解る法令を公布してやる」
『公布されたあとは、私が眷属達の行動を法令に照らしつつ説明しながら戒めます』
「どこの秘密警察だよ、眷属の監視は素行不良のヤツだけにしてくれ。だが、注意喚起と『巡廻』は定期的に頼む」
ヴェーダの巡廻は一瞬で終わるからな、数分置きに眷属の状況を把握出来るヴェーダが居れば、俺が『主の命令』を出さずとも、十分な防犯効果を期待出来る。
神の一柱っぽいヴェーダに他人のプライベート云々の配慮は期待しない。
って言うか、俺とラヴとメチャ以外にコイツはあまり関心を寄せない。まさに監視の為に生まれてきたような『知識』様ですな。
『……やめて下さい、照れてしまいます』
それもやめて下さい。こっちも照れてしまいます。
僕は数分おきにギャグらないと死んでしまうくらいシリアスに弱いのです。
まったく。だが、完全なる防犯は出来ないのが悩みどころだ。
俺が命令を下す、それだけで解決出来るのだが……
完全なる防犯の為に、隷属魔法以上の強制力を有する『主の命令』を発し、それを一度でも受けた眷属は主体性を保った魔族と言えるのだろうか?
仮に、個人の意思を極限まで尊重する『主の命令』を受けた眷属の男が、女性に恋をしたとして、紆余曲折の末に結婚を迎え、幸せな人生を送ったとしても、男が妻に対して本来してあげたかった事や、したかった事が全て叶えられていたのかと聞かれれば、俺は『分からん』としか言えない。
たとえ全ての望みが叶えられずに死を迎える時が訪れたとしても、眷属である男は俺に文句を言わず笑って逝くだろう。対処不可能な受動的要素を抱えて死ぬ。
主体性というパズルのワンピースが欠けている。
これは恋愛だけの話じゃない、全ての出来事に『主の命令』は影響を及ぼす。
与える影響を気にして個人に対する命令を毎回破棄し、その都度再命令……なんてアホな事出来るワケが無い、眷属の数はまだまだ増えていく。
最適解は何だ? 眷属達に俺が今求めるモノは何だ?
『法令
そうだ、法令遵守を“心掛け”よ、これならどうだ?
“法は絶対”などと命令してしまえば、緊急時に融通の利かない状況に陥る危険性が有る。情状酌量など、個人の裁量に任される裁定ではマイナスになりかねない命令だ。
法令遵守を心掛け、『情』を考慮すべき必要が生じる事案などは、多人数で意見を出し合い、臨機応変に対処させればいい。
分からない時はヴェーダや俺が出るだけだ。
『法令を破るという主体性を失いますね』
「そんな主体性は要らん。法令遵守の命令を下す時、眷属達に聞くよ、『法を守るのが面倒なヤツは挙手』ってな」
『挙手した者からその理由を聞いて、遵法の意義と大切さを説くのですか?』
「俺とお前でな。それでも理解を得られないなら是非も無い、数日分の食料を与えてサヨウナラ」
『なるほど、説教部屋で強制的に遵法戦士に出来ますが……。宜しい、追放される者が出ないように、本日から遵法精神を
「法令遵守の『命令』は、お前の教育後にするよ。それまではアカギやカスガと啓蒙活動だ、皆で力を合わせて焦らずじっくりやろう」
そんなところだろう。僕は焦るとヘタを打つのです。
今日のお仕事を開始しましょうかね、ラヴが困ってる。
「陛下、皆が『眷属化の儀』を心待ちにしております」
「な、並んで下さ~い、お、押さないでぇ~」
「よっしゃ、今日も頑張るかぁ」
先ずは先頭に立つ二人のラミアちゃんだ。
やはり、この可憐な乙女達に無粋な『胸腹巻』は不要だな。
眷属化は俺の両手を使って二人ずつこなしていく。
しっかし…… なんと見事な苺ケーキだ……
では…… ピンと勃った左右の野苺に精気を……
『触れないように』
「……ッ!! 無論、だ」
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