第101話「三頭政治的なアレだ」
第百一話『三頭政治的なアレだ』
建国宣言した九月一日の晩、妖蟻・妖蜂の皇族や王族、公候将相、浅部の氏族長達を交え、『ガンダーラ地下大帝国(仮)』略して『ガンダーラ』の秋期戦略会議を開いた。
会議を始める前に、ヴェーダの勧めで俺から皆に一言。
「ガンダーラは森の掟を『不磨の大典』として憲法に定め、宣布する」
大典と言っても不文憲法ではあるが、大森林の慣習法として根付いた掟は柔軟であるべきなので、敢えて文書にしなかった。行政等の制定法はしっかり文書に残す。
その旨を皆へヴェーダが詳しく説明し、快く承知してもらった。
憲法と名を変えた森の掟の下で開かれる会議、掟破りの愚か者と我々は一線を
先ず、三月から五月を春期、六月から八月を夏期、九月から十一月を秋期、十二月から二月までを冬期として、一年を四期に分けてそれぞれの期間毎に戦略を確認・修正していく事を伝えた。中間報告や年間報告等も付け加える。
暦を知らないハーピー等の種族には、理解・納得できるまでヴェーダが懇切丁寧に教え、新眷属達は早速『眷属の利』を享受出来て感動していたようだ。
全員が暦を理解出来たところで、秋期の初日となる建国宣言と結婚宣言の晩に、記念となる『第一回秋期戦略会議』は開催されたのである。
議題には主に大森林中部と深部並びに魔竜の対策、次いで内政等の詳細な方針とメハデヒ王国の動向に対する質問等が挙げられ、ヴェーダの一番弟子を自負するホンマーニや妖蜂・妖蟻の書記官がテキパキと議事録を纏めていた。
ヴェーダが居れば眷属達は議事録などいつでも脳内で閲覧出来るのだが、書類の作成は今後も必要となる重要な事なので、宴会を兼ねた簡略化された議会の場であったとしても、それを怠り省略するような真似をヴェーダは認めなかった。
アカギとカスガもヴェーダに同意、さすがは『姉上様』よと感心していた。
ヴェーダはいつ、彼女達の姉という位置に納まったのだろうか、建国初日にして陰謀渦巻く後宮の闇を垣間見た気がする。
ヴェーダと最も仲の良い女性はラヴであるが、結婚宣言後から絶えず物凄い笑顔を見せていた彼女は、陰謀の中枢に居ると考えて間違い無いだろう。
それはさて置き、中部から深部の現状は大量の蟲を使った監視体制が敷かれている為、その行動はヴェーダに筒抜けである。
しかし、不気味な事にまったくと言って動きが無い。
ハーピーの居住地を魔竜の眷属が襲い、それを壊滅させた事は中・深部の魔族も把握したようだが、ハーピーに貢がせていた『ブッカブー』等の中部魔族や『ミノタウロス』と言った深部魔族達も、アクションを起こす兆しは見えない。
ただ、彼らが住む村や町に魔竜の眷属が一度だけ姿を見せている。俺達が妖狐や妖狸を仕留めた二日後の事だ。
さらに二日後、北都の猪人や西中部の妖蜘蛛族など、魔竜の膿に浸かってはいない魔族へも魔竜眷属が接触したのを確認した。
その魔竜眷属達は、中部や深部の魔族に接触した際、各氏族長達に口頭で何かを伝える事はせず、一通の手紙を渡して立ち去った。
ハーピー達によると、この様な眷属の行動は今まで見られなかったとの事。
恐らく防諜行為であると思うが、蟲を使ったこちらのネットワークが魔竜陣営に察知されている、または疑いを持たれていると見るべきだろう。
ヴェーダや眷属ネットワークの情報が、こちらから漏れたという事も有り得ない話ではない。それをカスガが指摘した為、会議は荒れた。
彼女は非常に楽しそうだった。解せぬ。
眷属ではない浅部の魔族はまだ多い、悪意無く情報を漏らしてしまう事も有るだろうし、何らかの理由で情報を故意に漏洩させる者が居ないとも限らない。
この場合は、眷属化を拒む者や、この時期に浅部から消えた者達を怪しむ声が上がるだろう。
しかし、疑わしきは罰せず、証拠も無い上に眷属ではない者を俺が裁くわけにはいかん。実質三人の君主が居る新国家だ、ゴリラの専制ではない。
それに、国の中枢に居る権力者が強引な手段の前例を作ると、下の者はそれ以外の選択肢を省く恐れがある。国から与えられた『権力』を勘違いして振るう馬鹿も出るだろう。
容疑者が情報漏洩以前にガンダーラの臣民であった場合、ある程度の尋問は受けるだろうが、『自分は臣民になった覚えは無い』と言われてしまえば、森の掟を憲法とする『文明国』として、疑いだけで拘束する愚は避け、容疑者はその属する氏族へ引き渡す。
『力こそ正義』の出番は、容疑が固まった者が犯行を認め、犯人として確定した後だ。バイオレンスが内部に
俺はそんなモノを築きたくはないし、子供達に汚い夢を追わせたくない。
ガンダーラに不利益を与えた存在を絶対に赦す事は無いが、ガンダーラに帰属した氏族の中から非眷属・非臣民の不届き者が現れた場合、森の掟に従って“出来る限り”氏族内で解決してもらう。
事の重要性を考慮して俺が動く事もあるだろう、しかし刑法や民法等の制定が済まされていない現状では、森の掟を熟知した浅部魔族達に処罰を任せておいた方が混乱は少ない。
彼らが裁いた様々なケースを資料に纏め、それを基に法を定めていく。
ひと先ず、仮定での犯人探しは会議を中断させるので終了。
魔竜陣営がこちらの情報を入手した上での防諜行為、または推測による防諜行為だったのか、それともただの偶然か判断が付かないが、情報漏洩の線も視野に入れて対処する事にした。
中部と浅部、そして魔竜が棲むダンジョンの監視は、これまで通りヴェーダが続行。
中部と浅部の境に妖蜂と妖蟻が用意する『障壁魔道具』を埋め、有事の際は地下道から魔道具に魔力を流して魔法障壁を展開させる。
ついでに、北浅部と西・東浅部北側へ浅部魔族が立ち入る事を禁じた。
ヴェーダの監視は大森林全域に及ぶので今更の話なのだが、新眷属達に『北からの浅部進攻は事前に察知出来る』という事を理解してもらう為に、ヴェーダが常時監視している状況であると告げて緊張を解した。
新眷属達は古参眷属とは違って、少しばかりナーバスになっているようだ。
ただ、『格上に挑む』という状況に興奮してピリピリしている。
彼らはまだ力が弱い、北伐の際はガンダーラ防衛組に回ると予想されるが、その戦意は高く、献身の意気込みも古参眷属に負けてはいない。
戦場に立つだけが国への貢献ではないので、現在の彼らに見合った仕事を見付けてやりたいと思う。
対魔竜陣営に関する方針は、防御を固めつつ警戒と監視を続けるという事で、暫定的な決定とした。
敵陣営がすぐ傍にあるという現状では、短期間での方針変更を念頭に置く必要がある。
次の議題は内政。
これはアカギとカスガ、そしてヴェーダにお任せ。
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