第94話「破滅の愛神」




 第九十四話『破滅の愛神』




 シタカラ達をアイニィの影沼に安置して、ラヴが軍馬を影沼に収容し終わると、次は影沼から教国兵を出して殺し、至る所に放置した。


 アイニィは収容人数が少なかったので、戦闘後すぐに教国兵は放出し終わっていた。残る二人のダークエルフも同様に、第三騎士団との戦いがあった場所で放出済み。


 ラヴはまだ千人ほど収容していた為、今回の戦いで良い具合にレベルが上がりきらなかった者や、レベルが低い者達が教国兵を殺した。


 その結果、眷属達の平均レベルは14以上底上げされ、進化した者も続出した。


 ゴブリンやコボルトがレベル30に到達する為に、今回は一万二千の果実をむさぼったが、少しばかり栄養過多だったようだ。


 進化先は戦闘中にヴェーダが本人の意向を聞いて指示した。ゴブリンは近接系を望む者が多く、コボルトは中距離攻撃・支援系が多かった。


 リザードマンとドワーフ、新入りダークエルフ達は進化レベルが50なので、今回の戦いで進化出来た物は居ない。だが、全員がレベル30を超えている。


 大森林では『レベル25の壁』というものが存在したが、万を超える餌が腐るほどある大森林の外では、壁の存在など無きに等しい。


 100レベルを越えているレイン達はレベルが上がらなかったが、俺とラヴは上がった。俺は41、ラヴは遠征分も含めて80になっている。


 皆の成長を確認したあと、戦場に俺達の痕跡が残っていないか蟲達を使って徹底的に調べ上げた。


 ヴェーダから調査終了の報告を受け、俺は撤収を命じた。


 撤収する時にラヴの影沼から全ての軍馬を出し、皆でそれに乗って教国へ向かい、戦場から教国へ続く馬蹄の跡をしっかり残して作戦終了。


 教国に入って馬を影沼に戻し、眷属達はラヴとダークエルフの影沼に入った。空挺団はラヴとダークエルフ三人、そしてミギカラを乗せて先行、哨戒に当たる。


 スコルの背にレインとジャキ、ハティの背にメチャを抱いた俺が跨り、メーガナーダを護衛にしてハイジ山脈へ向かった。




 そして、朝日に照らされた大森林を見るに至る。

 この光景を見たのはこれで二度目だが、何度見ても美しい。


 この場所を人類の手から護りたいと心から思う。

 早々に膿を排除して、シタカラ達の子や孫が安心して暮らせる環境を整えねばならない。


 次の戦いは魔竜か、それとも再び王国か、今度は全力で討ち負かしてやる。


 全力を出しきらずに負けるのは御免だ。


“死に花は満開で咲かせる”


 俺の愚策が原因で戦場に散った五人が教えてくれた。


 生死を賭けた場所での後悔ほど苦いものは無い。

 出迎えのツバキ達に手を振り、今日味わった苦みを魂に刻んだ。


 終生この味を忘れぬ事を、天に御座おわす母神に誓った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 【神界にて】




 これは『格』が違う。


 目の前に居る異形の神を見て、愛神エオルカイは桃色の頭髪を揺らしつつ、内心の焦りを微笑みで誤魔化す。






 先ほど、眷属の下級女神をそそのかし、駒の争いに手を加えた。

 理由は単純、大猿に加護を与えている阿呆の顔に泥を塗りたかっただけ。


 大猿の軍に信徒の軍が一方的にやられる状況が面白くなかった。だから、無傷の勝利という功績を潰してやった。眷属の女神に命じて潰してやった。


 それは楽しく愉快で面白かった。

 久しく覚えていなかった晴れやかな気分だった。

 あとは堕ちた眷属の行動を嘆き、知らぬ存ぜぬを通すだけ。


 いつも通り。“抗議に来た格下の神”を軽くあしらえば終わり。


 そう思っていた。


 側に侍る下級女神達も、女神達の世話をする侍女天使達も、愛神エオルカイの神界領域を護る天使達も、皆、そう思っていた。


 そう、エオルカイの周囲に居る眷属の下級女神と侍女天使が十四柱ほど上半身を失い『グシャリ』と音を立てて滅びるまでは、そう思っていた。



 自分の顔に飛び散る眷属の生温かい血。

 グチャ、グチョ、と、咀嚼そしゃく音だけが響く。


 何が起こったか分からず、音が聞こえる方へ両の碧眼を動かす。


 銀色の巨狼が口の周りを血だらけにして咀嚼していた。


 巨狼、なのだろう、しかし、大きさが把握出来ない。

 アレは、星を一つ吞み込める。そんな非常識さを覚えた。


 巨狼が愛神エオルカイに告げる。



『今回は【真我しんが】に譲るが…… 我ら【ファールバウティの血族】は、その血につらなる者への侮辱を赦さない。顔も匂いも覚えた、次は無い』



 そう言って巨狼は消えた。

 その場で音も無く消えてしまった。


 何が起こったのか分からない。何を言っているのかも分からなかった。


 ふと、周囲を見渡す。


 数十名居た女神や侍女天使達が全て、上半身を失い滅ぼされていた。守護天使達も同じように滅んでいた。


 美しかった神界の木々や花々も血飛沫しぶきで赤く染まり、信仰の力によって創造された純白の神殿は土台を残して“喰われていた”。


 混乱が治まらぬまま、愛神エオルカイの呼吸が止まる。


 いつの間に、そんな言葉が虚しく陳腐に思えるほど当たり前にソレが居た。


 形状は分からない、だが、顔らしきモノが二面有る事は分かる。

 何故、形状が分からないのか、腕が四本有る様に見えるからか?


 異形の足元から信者のカルマと思しき黒霧こくむが立ち昇る。


 先ほどの巨狼を遥かに上回る存在感。

 異形の大きさも彼我ひがの距離も把握できない。


 そして異形の背後に五体の黒き悪魔。

 いや、悪魔かどうかは愛神にも分からないが、どう見ても二本の角を持つ悪魔にしか見えない。魔界に漂うと聞く瘴気も纏っている。


 その悪魔が異形の背後に控える。


 悪魔の真っ赤な頭髪は天をき、その黄色い眼光は愛神エオルカイを捉えていた。


 異形の存在に無礼を働けば滅ぼす。五対の眼光がそう告げている。



 エオルカイは笑顔を崩さず生唾を呑み込む。


 格が違う。神格が数段、数十段も上。

 従者らしき五体の悪魔ですら、愛神に迫る格を有している。


 先に言葉を発するべきか、発したとして何を言えば良いのか。


 そもそも彼らは何者なのか?

 他神の神界領域にどうやって侵入出来たのかは、先ほど銀の巨狼が示した『非常識』が有るので置いておく。


 ここへ来た理由は……

 と、考えてハッと気付く。


 たわむれへの抗議、恐らく間違いはない。


 そこでエオルカイは落ち着きを若干とり戻す。


 証拠が無い。


 下級女神は既に魔界へ堕ちている頃だ。

 眷属の主として悲しむ素振りでも見せれば――



 ドチャリ



「なっっ!!」



 エオルカイの足元に血塗ちまみれた生ゴミが出現。


 四肢をもぎ取られ、胸にある【神核】を抜かれ、顔面の皮を剝ぎ取られ、その皮を腹に縫い付けられたおぞましい姿の元眷属。


 既に邪神となって魔界へ堕ちたはずの下級女神が、瀕死の状態で足元に居る。



 露見した。

 愛神の鼓動が速度を上げる。

 バレている。全てバレている。



 焦る愛神は推測する。そして――


 かつて味わった事のない悪寒を覚えた。

 恐らく巨狼も報復の為に来たのだ。巨狼の駒が戦場に居たのだろう。


 となれば眼前の異形が【真我】なる存在なのだろうか。

 巨狼は言った。『今回は【真我】に譲る』と。


 いったい何を譲ると言うのか。

 周囲の惨状と足下の結末を見るに、恐ろしくて考えたくない。


 何より、出現から今まで何も言わずただ存在する異形が怖い。物音ひとつ立てず微動だにしない。五体の悪魔も同様だ。

 

 ここは謝罪しかない。

 ゲームのルール上、参加者同士が直接“争う事”は出来ない。

 “危害”を加える事は出来ない。危険は無い、そのはずだ。


 滅ぼされることはないだろう。

 しかし、この異形が参加者である保証が無い。


 そこだけは確かめておく必要が有る。

 愛神エオルカイは意を決して異形へ話し掛けた。



「もし、そこの御方――」

「控えろ女郎、まず御前に平伏ひれふし名乗れ」



 エオルカイの首に抜き打ちの長剣が触れる。最終的に留まったが、首を刎ねても問題無いと言わんばかりの斬撃。


 エオルカイは笑みを浮かべつつ長剣を抜き放った悪魔に目を遣る。嫌な汗が背筋に流れた。いつの間にか、自分の周りを抜剣した悪魔が四人で囲んでいた。


 残りの一人は異形を背にし腕を組み仁王立ち。眼光はエオルカイの眉間を捉えている。


 その悪魔がエオルカイに告げる。



「貴様が平伏すまで待っておったが、礼儀も知らん阿呆であったか」


「ッッ!! なっ、なっ、なっ」


「まぁ良い。どのみち御言葉を賜われるような身分ではない。尊妻様、宜しいでしょうか?」


『そうですね、神核をそこそこ得られたので、無礼は不問としましょう。大半をヘルヘイムに持って行かれたのは残念ですが』



 異形の隣に『尊妻様』と呼ばれるガラスの異形が追加。

 これまた桁違いの神格と威光を放つ怪物。愛神が白目を剥く。



『この神域の掌握は終わりました。もうそこの女神もどきに用はありません。後は排出するだけですが……、シタカラ、皆も何か女神擬きに申す事はありますか?』


「う~ん、御座いませんな。皆はどうか?」

「伯父貴がいいなら、俺は特に」

「「「右に同じく」」」


『そうですか、では……自称“愛神”エオルカイ』



 現状の理解が追い付かないエオルカイ。


 そして何度目か分からぬ驚愕。自分の周囲から神気が薄れ、神気不足による呼吸困難におちいる。



「はっ、はっ、はっ、はっ……」


『ここは【究極なる根源にして真我】の神域、汝の在るべき場所に非ず。ルールにのっとり滅びは免ずるが……ルールで許される報復は受けてもらう。『危害』は加えぬ、しかし、女神たる根源を失う恐怖を知れ』


「はっ、はっ、待っ――……」


『汝を滅ぼすのは我らが御子。その時、末魔マルマンを断つ究極の痛みを味わうがいい』



 宣告通り、断末魔によって生じる絶叫は上がらず、愛神エオルカイは虚空に消えた。


 ついでに瀕死の下級女神と周囲の血糊ちのりも消える。

 何処へ消えたのか、その行方は真我にしか分からない。


 そして、エオルカイは二度と信仰の力を得る事は無い。

 確実に、絶対に。


 エオルカイに捧げられる信仰の力は、全て真我へ注がれる。

 その根源は真我の物。全ての根源は真我より生ずる。



『神核と新たな神域を手に入れましたが……これでも、最盛期の力には遠く及びませんね、アートマン』



『『あの子が微笑む事に比べれば、とるに足らぬ事。他は、どうでもよい』』

『『然様、あの子が楽しく在ればよい。神界の覇権も、語るに及ばず』』



 異形の両面から発せられた美しい声音こわねに、ガンダーラでの葬儀を待たずアートマンの導きによって羅刹鬼へと転生したシタカラ達は恍惚としてトリップ。死んでよかったと不謹慎な考えが脳を埋めた。



『貴方は変わりませんねアートマン。息子はあれほど“わんぱく”なのに。もう少し他に興味を持ちなさい。無理でしょうが、ハァ』


『『……ん』』

『『……む』』





 神界に異世界の大神おおかみ現れ、神域を得る。

 その大神、御子の業を宿す異形。触れるから

 

 不可触神ヤナトゥの恐れあり。



 この日、神界に激震が走った。





   第三章・完

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