第92話「神の悪戯」
第九十二話『神の悪戯』
『ッッ!! 馬鹿なっ!! おのれよくもっっ!!』
ヴェーダが初めて見せた驚愕と罵声。
俺は光線の行方を目で追っていた。
そして見た。
天から差し込まれた細い光。
その光が魔導兵器の光線に触れ、着弾地点を右へズラした。
「……何だ今のは、光線を、曲げた……?」
どこに、どこに当たった……?
『…………シタカラ他ゴブリン四名に直撃……死亡を、確認』
……は?
「……フザケんなよ、死んだ? アイツらは俺の眷属だぞ、即死耐性があるじゃねぇかっ!! 一撃死なんて――」
『HPが“一瞬でゼロまで減った”という状況では狭義の意味における即死判定を受けられません。HPが猛スピードでゼロまで削られた結果である以上、即死とは認められません』
「何言って――」
『百からゼロではなく、百の次はゼロ、呪殺等でHPが減る過程の無い状況以外は即死耐性は機能しません。残念ですが、彼らは……』
「クソがぁぁぁぁぁっ!!!!」
俺を
脳内に映されたシタカラ達の無残な姿、息子を抱き締めるミギカラの背中が見える。
仲間の死を知ったガンダーラの戦士達が怒り狂う。
ジャキとレインが咆哮を上げて第三騎士団に突っ込んで行く。
ラヴが三属性の魔法で虐殺を開始した。
ミギカラは立ち上がらない。
マナ=ルナメルの男達が羅刹と化して騎士を殺して回る。
俺の回りくどい戦略がこの結果を生んだ。
魔族が辺境伯を襲ったとメハデヒ王国に知られても、何の問題も無いという状況を作る事が出来なかった俺の手落ちだっ。
人間同士の戦闘に偽装しようとしなければ……
俺が単独で中央まで攻め込んでいれば……
騎士団狩りを後回しにしておけば……
幹部達に全力を出させておけば……
最初に【飛石】の雨を降らせておけば……
俺が射線に立っていれば……
辺境伯なら、あの男ならそうしたハズだと想像出来る事が多過ぎる。
辺境伯をナメていた、戦争を体験してきた男を侮っていたっ!!
敵の大将が大勢の味方ごと砲撃で吹き飛ばす狂人である場合なんぞ、一度も考えた事が無かった!!
伝令の首を簡単に刎ねる男であることをもっと考慮すべきだった。
大貴族であるあの男のっ、臣下平民に対する価値観も俺は知らないっ!!
そしてあの光だ……神気を帯びた光っ。
クソがっ!! クソがぁっ!!
あからさまにルールを破り、神の知識たるヴェーダを驚愕させ、邪神に堕ちる事を
考えるわけねぇじゃねぇか…………
後悔の念が次から次へと沸騰した頭に押し寄せる。
ミギカラの背中と死んでしまった五人の亡き骸が、愚かな俺の魂をミシミシと軋ませ、かつて人間であった精神を完全に砕いた。
アイニィ達を横切り、メチャを追い越し、長巻を左手に持ち、邪魔な肉壁を薙ぎ払う。
飛石など使わん、
辺境伯を殺すっ、直接斬り刻んで殺してやるっ!!
「
『ナオキさん、二発目が来ます、回避を』
「じゃかっしゃぁ!! オラ退かんかいっ!!」
『嗚呼マハーラージャ、どうか鎮まって――』
目の前の騎士が光と共に消し飛び、俺の腹に衝撃が走った。
一瞬だけ腹部に視線を遣る。
煙が出ているが大した傷は付いていない。
しかし、有るはずの物が無い。
沸騰した脳が冷えていく。
砲弾が……無ぇ……
魔力の光を帯びた砲弾、それが飛ぶから……
光線に見えてただけなんだろ……
何なんだよ……これじゃあ初めからっ……
「ヴェーダ、コイツぁ……」
『大量の魔核を使って発射された魔力レーザーです』
「魔力……レーザー? 聞いてねぇぞ、そんなもん……」
『今回のガンダーラ軍における物理耐性を聞いた無謀な辺境伯が、魔導兵器の破損や損壊を考慮せず短絡的に考案した対物理耐性攻撃かと』
「フザケんな……っ」
そんなもん眷属に当たったら死ぬじゃねぇか……
アイツらは魔力耐性なんて持ってねぇ、物理耐性しか持ってねぇんだぞ……
怒りで頭の血管が5~6本切れそうだ。
また俺のミスかっ……
そもそも野郎はどうやってこちらの位置を確認しているっ!?
『第二騎士団の伝令が目視にてこちらの位置を確認後、テント内に知らせているようです』
「伝令も邪魔な騎士もテントも空爆しろ、俺に攻撃が当たっても構わん」
『了解しました。次の砲撃は約6秒後です』
「分かった」
ここまで来たら特技を使わず全部眷属達に殺させる。
せめて目的の半分は果たせよ俺っ!!
落ち着け、俺が多くを殺しちゃ駄目なんだ……
俺が殺すのは辺境伯と護衛の騎士……よし。
6秒後の砲撃は俺が絶対に受け止める。絶対条件だ。
テントまで残り200m、肉壁は4秒で突破出来る。
眼前の敵兵を薙ぎ払い、空いたスペースに走り込んで前方へ飛ぶ。
もう一度同じ事を繰り返す。肉壁を突破、砲撃まで残り2秒。
ハイエルフ達が空爆を開始、砲撃まで残り1秒、全速力でテントへ近付く。
穴の空いたテントから俺に向けて光が放たれた、立ち止まらずに砲撃を腹で受け走り続ける。
テントまで50mを切った、テントから四人の護衛騎士が出て来る、平均総合力10万、所持武器は全員が長剣、全員が回復魔法持ち、テントまで10mのところで戦闘開始、足を止めずに一振りで四人の体を上下に両段、三歩でテントに到着。
野郎が……辺境伯かっ。
俺の出現と同時に魔導兵器が消えた。
侍女が異次元袋に魔導兵器を収納、次いで何かを取り出す。
ヴェーダが侍女の手に持つ物体の鑑定開始。
俺は辺境伯に近付く。
辺境伯と目が合う。クソ野郎がっ……
話す事は何も無い、あと一歩進んで長巻を――
「さらばだ魔族」
「ッッ!!!!」
辺境伯と侍女は消えた。
意味が解らない。
『侍女が手にしていた物は転移魔道具です。製作者は娘婿、勇者です』
「ッッ!! グッ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁっ!!!!」
頭にキ過ぎて意味の無い咆哮を上げた。
何だそりゃ……
俺は逃がしたのか、襲撃が魔族である事を知る人間を、二人も……
全部、無駄にしてしまった……
シタカラ、みんな…… 済まねぇ……
『辺境伯の野営における余裕はあの魔道具が原因ですね』
「……随分と冷静じゃねぇか」
『はい、何の問題も有りませんので』
「どういう意味だ?」
『後ろを御覧になれば理解出来るかと』
「あ?」
俺は振り返って驚いた、そして乾いた笑みが零れた。
俺の背後には二人のピクシーが宙に浮いていた。
「アムルタート、ハルワタート、助かった……」
『二人とも、先ほど消えた男女の魔力を覚えましたか?』
「覚えたー」
「だいじょぶー」
『このように申しております』
「状況は確認出来るか?」
『現在二人はラスティンピスの居城に在る辺境伯の寝室に居ります。窓は四つ、遮蔽物はガラスと木枠のみ。地中に埋められた北側結界魔道具二基の故障を、常駐の蟲が毎時確認しております』
「辺境伯と侍女に障壁は?」
『展開されておりません』
「よし、アムルタートは男、ハルワタートは女を狙え。全力で頼む」
「はーい」
「はーい」
『蟲を避難させます』
二人のピクシーは南を向いて両手を上げた。
彼女達の頭上に六基のミサイルが出現。
彼女達の特殊スキル【まじっくみさいる】により生み出された短距離弾道ミサイルだ。
ミサイルの大きさは60cmほどでオモチャに見えるが、射程距離700kmの自立誘導式で、俺がサッカーボール大の【飛石】を対象に当てた時より威力が高い。
ミサイルを自立誘導させるには攻撃対象の魔力を覚える必要が有るが、そんな事は短所ですらない。
総合力100万以下の人間に命中すれば爆散必至、防御は出来るが回避は出来ない。
当たれば辺境伯は必ず死ぬ。
当たる、当たってくれっ!!
「準備は出来たか?」
「はーい」
「できたー」
「では…… ヤれ」
「行っけぇぇ!!」
「ヤッホー!!」
六基のミサイルが勢いよく上昇し、瞬く間に夜の空へ消えた。
アムルタートとハルワタートは魔力を一割残し、少し疲れた表情だが微笑みを浮かべて俺の肩に座った。
『ミサイルはマッハ24、秒速8.16kmで飛行しています、着弾予定時刻は午前4時49分22秒。……残り17秒です』
「そう、か」
出来る事ならこの手でシタカラ達の仇を討ってやりたかったが、この無念も俺の不甲斐無さに対する罰だ。アムルタートとハルワタートには感謝の言葉も無い、本当に助かった。
『カウントダウンを開始、5、4、3……弾着――今。蟲を向かわせて生死を確認します………… 辺境伯と侍女の爆死体を確認しました』
「……よかった」
『テーブルに置いてある異次元袋を蜂に回収させて撤収させます』
「……あぁ、頼む」
終わった、第二騎士団も眷属達の総攻撃を受けて全滅した。
だが、素直に喜べない。
岩から生まれたその日に出来た眷属を五人も失った。
シタカラ達の子や嫁に何と詫びればいいのだろうか……
ミギカラが見せたあの背中が胸を締め付ける。
アイツの子はシタカラしか残って居なかったのに……
この戦いは俺の負けだ、俺は辺境伯に負けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます