第91話「キンポー平原の戦い」其の八




 第九十一話『キンポー平原の戦い』其の八





 小蟲が巨象をわらう。



 食卓に上がった栄養価の低い腸詰が、侍女を指差して嗤う。


 皿の上に添えられた三千本の腸詰が侍女の主を侮辱し、激高した侍女の姿を見た腸詰は皿の上で小躍りして喜ぶ。


 不快。実に不快。


 俺の侍女、ヴェーダのお気に入り、アートマン様の寵愛を賜って特殊進化した最初の眷属、それがメチャだ。


 彼女を侮辱した罪は重い。

 お前達が嘲笑した女夜叉の怒りを味わって死ね。



 足下に積まれた小石を五百個ほど宙に浮かべる。


 結界魔道具は全部で十二個、ラグビーボールに似た大きさと形状のそれは、地中では無く地面に設置されている。


 南西から北西に設置された五個を破壊すれば第二騎士団の正面から結界が消える。


 結界魔道具一個につき魔法騎士が二名付き、【火・魔二属性】四枚の魔法障壁が張られているが、火に強い土属性の上位互換である岩仙術を持つ俺には関係ない。魔力型の二枚は精気ゴリ押しで破壊する。


 過剰に精気を込めた八十発の【飛石】を撃ち込んで障壁を破壊し、トドメの二十発で結界魔道具をゴミに変える。


 ごっそり精気を持って行かれた。しかし、メチャの為なら是非も無い。精気の回復薬はまだ作れていないが、その辺の炎を吸収すれば問題無いだろう。連続使用は意味ないがマハトミンCで二割回復すれば上等。


 もうすぐ王手だ。

 精気温存は成功した、周囲には地獄の炎が在る、精気枯渇で俺が動けなくなることは無い。魔導兵器は防いでみせる。



 さぁ、怒り狂った女夜叉の晩餐だ。



「腹いっぱい喰らえ、メチャ」



 五百個の小石が俺の頭上から消え去り、敵本陣の西側五ヵ所から轟音と土煙が上がった。


 腸詰のわずらわしい耳障りな声と無意味な攻撃が途絶え、代わりに絶叫が木霊こだまする。




 頭部を潰された数名の騎士が宙を舞い、胸部を空にした騎士が土煙を突き破って吹き飛び、視線の低さに戸惑う騎士は下半身を失った事に気付かない。


 メチャの強烈な【威圧】を至近距離で浴びた者達が、末魔を断たれて激痛の叫びを上げ、血反吐を撒き散らして地に伏す。


 女夜叉は総鉄製の小刀一本を腰に差してはいるが、それを抜かずに素手で三千人の騎士に襲い掛かり、暴れ回った。


 土煙が晴れた現場に現れたのは、三百を超える死体に囲まれたメチャ。魔法障壁を張っていた魔法騎士達もしっかり仕留められている。


 大量の返り血で赤黒く染まった道着を身に纏い、黄眼を怪しく光らせながら周囲を見渡すメチャを見た騎士達はすくみ上がった。



“何だアイツは……”

“オーガだ、新種オーガのメスだっ!!”

“結界はどうしたっ!? 魔法騎士は何をやっているっ!?”

“射殺せっ!! 魔法はどうしたっ!? 弾幕薄いよ何やってんのっ!?”


“ひぃぃぃ、こっちに来たぁぁ!!”

“魔法障壁だっ、障壁を張れっ、早くっ!!”

“馬鹿なっ、モッさんの障壁を一撃でっっ!?”

“モッさん逃げ―― モッさーーん!!!!”



 モッさん?の首が夜空を舞い、俺の足下へ転がってきたので蹴飛ばす。悪ぃな、テメェの首はVIP席にえらんねぇよ。お調子モンのゴブリン専用だ。



 そろそろ腸詰料理も終盤か。

 メチャは歩兵相手に蹂躙を再開した。


 左右から騎兵が挟撃しようとしているので、馬上の騎士を【飛石】で撃ち落とし、影沼から顔を覗かせているアイニィに回収させてトドメを刺させる。


 レイン達が第三騎士団を殲滅させてこちらへ来るまで、メチャの好きにさせてやろう。


 今夜のメチャは少しばかり容赦が無いが、普段大人しいレディーを怒らせるとこうなる。冥界に行っても忘れるなよゴミカス共、あっちには本物の鬼女が五万と居るぜ。


 俺は残りの結界を解除させておくとしよう、この規模なら包囲殲滅が可能だ。完勝に向けて障害は排除しておく。


 このあたりでアイニィ達も積極的にマンハントに参加させてもいいな。



「アイニィ、メチャの援護に行っていいぞ。ピクシー達と一緒に首級を上げて来るといい。だが近接攻撃は禁止だ、中距離魔術で仕留めろ」


「はっ、お心遣い深謝致します。では、アムルタートとハルワタートの両名を伴い、メチャ様の援護に向かいます。陛下もどうかお気を付けて」


「ははは、俺は大丈夫だ、気にせず暴れて来い」


「はっ、それでは御武運を。アンマンサン・アーン」

「王様、ばいばーい」

「王様、ばいばーい」



 アイニィは俺に一礼して影に沈み、アムルタートとハルワタートは手を振りながら影に飛び込んだ。


 真面目な少女アイニィと能天気な二人のピクシーだが、とても仲が良い。これも眷属同士の絆が為せるわざだろうか、微笑ましい限りだ。



「さて、もう一仕事するか」

『……少し待って下さい』


「どうした?」

『結界が破壊された直後、蜂をテントに飛ばしました』


「あぁ、さすが尊妻様だな、気が利く」

『虫除けで辺境伯や侍女には近付けませんが、中の様子は窺えますので』


「このまま第二騎士団を突破してテントを襲っちまう方がいいかも知れんな」


『…………少し遅かったようです、メチャとアイニィ達を後退させます。空挺部隊以外は回避行動を――』



 その時、敵本陣の中央から轟音が鳴り響き、メチャの居る僅か1m先に光線が走った。


 野郎がやりやがった…… 砲撃だ。


 メチャと対峙していた騎士が消し飛び、レイン達と戦っていた第三騎士団も光線の餌食となった。


 メチャが回避出来たのは奇跡に近い。彼女が崇拝するヴェーダの後退命令を瞬時に実行したメチャは、ワンステップ後退した直後の砲撃を回避出来た。


 しかし、その時だ――



『ッッ!! 馬鹿なっ!! おのれよくもっっ!!』



 ヴェーダが初めて見せた驚愕と罵声。

 俺は光線の行方を目で追っていた。

 そして見た。


 天から差し込まれた細い光。

 その光が魔導兵器の光線に触れ、着弾地点を右へズラした。



「……何だ今のは、光線を、曲げた……?」




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