第89話「戦いと考察」
第八十九話『戦いと考察』
八月三十一日、午前四時、キンポー平原にて本格的な戦闘が始まった。
獣人を全滅させて南へ急行したスコルとハティ、彼らが到着した南側の戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
あっと言う間の出来事だった。
第四騎士団歩兵の半数はハイエルフ五人衆の魔法と魔狼のブレスで平原に散った。
レイン達が放つ【威圧】によって膝を突く第三騎士団の歩兵、それに群がり惨殺していく眷属達。オコボレは二人のダークエルフが影沼に引き摺り込んで仕留めていく。
ラヴが操る闇魔法も大活躍だ。広範囲の敵を眠らせる魔術【スリープクラウド】、幻視によって敵を惑わす魔術【幻惑の霧】、そしてお馴染みの【影沼】、敵の前衛はこれらの魔術によって行動を制限され、瞬く間に眷属達の餌食となる。
ラヴは残りの二属性魔法を使用していない、しかも使ったのは全て補助魔術だ。
レインもジャキもミギカラも、未だ直接攻撃を加えていない。トドメは全て配下の眷属達に譲っている。
簡単に頂ける餌を喰らった眷属達は、あっと言う間に平均レベルが上がっていく。
第三騎士団は完全に足を止めた。
前衛は総崩れ、迂回して来た騎兵はラヴの魔術で馬の行動を封じられ右往左往。後方に控える魔法騎士が放つ【炎の矢】と弓兵が放つ数百の矢は、全てラヴの魔術障壁で弾かれている。
正直、唖然としている。
弱い、脆い、これが国境を護る正規兵だ。
こんなに美味しい餌は無い。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
人類と魔族が繰り広げてきた戦いの中で、魔族側から人類の正規軍相手に戦闘を仕掛けた例は少ない。そして八割以上敗北している。
勝った二割の内半分は最近活躍している南エイフルニアの魔皇帝が稼いだスコアだ。人間と獣人の数が少ないエイフルニア大陸だからこそ出来た快挙だろうが、魔皇帝の能力も桁違いに高いと思われる。
神々の遊戯開始直後から、魔族は人類に、つまり人間と獣人の勢力に狙われる。人間と獣人は互いの最終決戦に向け、遊戯序盤は人類同士で争わず、魔族を狩って自勢力の強化に努めた。
魔族は急激に数を減らし、人類は飛躍的に勢力を拡大させ、やがて魔族を『資源』として扱うようになり、多くの人類国家が魔族を『生かさず殺さず』の立場に追い込んで『数』を調整した。ここで既に人類側は神々の意図を無視している。
自国の魔族数を調整し終わった国々は、最終決戦に向けて人類間の戦争を開始する。
既に魔族狩りで高レベルに達していた者達は人類同士の戦いでも活躍し、その強者こそ『勇者』と呼ばれる存在の前身となった。
彼らの存在は国家間の
今では転移召喚術によって異世界からお手軽に勇者を招いているが、これは神々が遊戯を進める為に投下した核爆弾だ。
つまり、意図的に勢力均衡を崩す為にサイコパスを大量に投入したわけだが、神々の思惑とは裏腹に、サイコ勇者は『核抑止』として更なる勢力均衡を
しかも、周囲をアホ化した異世界勇者の影響力は跳ね上がり、世界中の皇室や王室が異世界人の血筋で占められ、『力』を保持する者は勇者や聖女に従う一部の者だけに集中するようになった。
召喚勇者に『アホ化・魅了』の両スキルが付与されるのは世界のルール。強力な代わりに扱いがシビア。神々も手が出せない。
これは先日ヴェーダが言っていて気になった『世界が定めた』設定だが、この“世界”がゲームバランスをとったつもりだろうか? 何にせよクソゲーには変わらん。
とにかく、その勇者登場によって遊戯盤の上は大きく様変わりする。
弱小国家であっても、強力な核弾頭を背負った勇者が一人居るだけで周辺国は迂闊に手を出し辛くなり、魔族が激減した今となっては対人戦争以外で兵士達に与える経験値入手も困難。
唯一の狩り場であるダンジョンや魔窟は、低レベルの兵士を投入した所で大半が死滅、コアやマスターを強化させる栄養剤となる始末。ダンジョンや魔王城に深く攻め入る事が出来るのは勇者一行以外存在しなくなった。
戦争に関しては勇者頼みの人類であるが、アホはアホなりに努力をしている。
勇者や高レベルの冒険者等がダンジョンから持ち帰る魔道具や魔導兵器の研究だ。人類はそれほど時間を掛けずに技術を昇華させていった。魔人が造り出した見本が有るので難しい事ではなかったようだ。
新技術の研究には資源である魔族の命が多く使われ、人類と魔族の技術格差は大きく開いていった。しかし、幾万の弱者を失った魔族と人類の平均レベルは
滅亡寸前の魔族と、栄華を誇る人類の未来は決まったものと思われたが、未来を変える要因となり得る『鍵』が有った。
魔族に加護を与えていた神々は、その『鍵』に一縷の望みを託していた可能性がある。何度も同じ事を繰り返してきたんだ、博打を打つ奴も居るだろう。
その鍵とは、少数と多数の戦いで生まれるパラドックスの事だ。
人類は中級以下の魔族を多く狩って勢力を拡大させたが、人類の数が増えるほど魔族不足に陥って低レベルの人類が多くなり、その低レベルの人類を少数の上級魔族や進化した下級魔族が狩り易くなるというジレンマが発生する。
そのジレンマを巧みに使って自らのレベルを高めた存在が、世界各地に散らばる魔王達だ。
魔族に加護を与えていた神々は、その魔王達が眷属と共に低レベルの人類狩りを開始し、逆襲に打って出るという流れを望んでいたのではと思うのだが、残念ながらそうはならなかった。賭けに負けた。
ほとんどの魔王は独裁者だ、その独裁は一強故に許される権利、大森林の掟と変わらない。即ち、配下や眷属が弱いのである。
さらに、これも大森林と同じだが、魔王達は魔王同士で手を組まない。理由は恐らく『メンツ』、体裁の問題だろう。
人類に対する姿勢や同盟後の上下関係、同盟を持ち掛けた相手の順番等々、人類でも普通に重要視するメンツではあるが、魔族のそれは更に上を行く極道の世界だ。
唯一の救いは、魔王達の国が互いに隣接していないので魔族間戦争は起きていないという事だろうか。
滅亡寸前でメンツもクソも無いと思うが、こればかりは仕方が無い。メンツに拘る魔王達の頭を押さえ付けて同盟を結ぶか配下にするか、そのどちらかしかない。
南エイフルニアの魔皇帝は単独で他の魔王達の所へ向かい、タイマンでボコボコにしてから相手魔王を眷属化し、勢力を拡大したようだ。惚れるでしかし。
この魔皇帝は他の魔王とは違って、集団の強みを熟知している。魔王を降す時は単独で向かうが、対人戦では組織化された眷属の軍隊が連勝を重ねているらしい。
何故、魔皇帝の軍隊だけ人類に抗う事が出来ているのか?
それは、魔皇帝が『鍵』をよく理解していたからだ。
鍵の理解は魔皇帝と俺の共通点と言える。
簡単な話だ、『眷属達のレベルを上げる』、これに尽きる。
前述のパラドックスとジレンマ、勇者一強時代、これらを踏まえた上で魔族の現状を語るなら、『収穫期』だろうか。
魔族が人類の領域に一歩踏み出せば、青い果実が腐るほど実っている。それは億単位の果実だ、とても一人では食べきれない。毒リンゴも混ざっているが、それを喰うのは俺や魔皇帝の仕事だ。
俺と魔皇帝、そして魔人は、たわわに実る青い果実をこれでもかと眷属に与えている。
俺達のもう一つの共通点は眷属の主であるという事。
眷属達に果実を与えれば、その栄養の一割は主に入って来る。眷属の数が増えれば増えるほどその効果は高まり、絶対王者として君臨し続ける。
魔皇帝が
故に、魔皇帝は何の憂いも無く南エイフルニアに大帝国を築けているのだ。
それは俺も同じ、今回動員したガンダーラ兵はレインとジャキ以外俺の眷属だ、彼らが騎士を屠る度に俺のカルマが深まっていく。俺の力が高まれば、眷属達の力も上昇する。
これは魔族と魔人特有の相乗効果だ、人類は眷属化も眷属進化も無い。
人類が魔族に勝っているのは所持スキルの多様さと創造力、ついでに協調性くらいのものだろう、『鍵』を理解出来ればどうと言う事は無い。創造力に関してはアホ化のお蔭で発揮し辛いが、アホ化の影響が少ない民間の製造ギルドなどは注意が必要か。
パラドックスとジレンマで先に劣勢となった魔族だが、逆転した今となっては後出しの方が有利。人類が滅亡寸前になるまで眷属達を鍛え上げ、毒リンゴ共を俺や魔皇帝が喰い尽くせばいい。
それに、俺達が喰らわずとも、大半の毒リンゴは寿命で死ぬ。
魔族の圧倒的な長寿の前では、人類もお手上げだ。これも世界が定めた設定だろうが、今回は俺と魔皇帝が居る。その設定を上手く使ってやれる。
魔人は魔素発生装置の守り神として隠居してもらう、そもそも奴らが造った魔導兵器は人類を調子付かせた一因だ、十分に干上がって頂きたい。
たとえ三皇五帝が地上の魔族と敵対したとしても、その時までに必ず力を付けて返り討ちにしてやる。
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