第85話「キンポー平原の戦い」其の三
第八十五話『キンポー平原の戦い』其の三
現在の時刻は午前三時二十八分、全員の配置が完了して五分経過した。
戦闘開始まであと二分、ヴェーダが皆にマハトミンCを飲むように指示する。
俺とメチャはスコルとハティに飲ませてから、自分用を飲んだ。
中央から攻める俺達の部隊にはダークエルフの少女も居る。
彼女の名前は『アイニィ・エテモフ』。ラヴと同様に『姓』は無く『氏族名』のみだが、エルフやダークエルフはそれが普通だ。
アイニィの影沼には二人のピクシーが潜んでいる。彼女達三人もマハトミンCを飲んで準備完了。
北のレイン部隊と南のミギカラ部隊、上空の空挺団も準備が整った。
騎士団が居ない野営地西側から突撃する俺達と、残りの東・南・北を攻める蟲の群れ。
蟲を使って先に東側を襲わせ、注意を東に向けたあとで攻め込む事も考えたが、その間に南北の騎士団が中央の守りを固めると面倒なので、守りを固められるにしても上空からの攻撃を含めた九ヵ所が混乱した状況の方が好都合だと判断。
三方攻撃を改良して、九方一斉攻撃からの奇襲を仕掛ける。
その際、夜警の戦奴達には大いに叫んでもらう事にした。
夜警を無視して獣人部隊に奇襲を掛けても、その異変に気付いた戦奴が必ず叫ぶ。
戦奴三十人の首を静かに一瞬で刎ね飛ばす方法が無い限り、戦闘開始の前後で必ず叫び声を上げられるわけだ。
ちなみに、【圧壊】は放射スキルなので敵の位置によって効果発現に時間差が出る。つまり、俺に近いヤツから倒れていく事になる。
夜警三十人の位置と【圧壊】の効果範囲や速度からヴェーダが算出した時間差は二秒以下らしいが、一秒有れば魔術契約によって強制的に警報の声が上がる。
以上を踏まえて考慮すると、九ヵ所の敵から同時に絶叫のゴングを鳴らしてもらって混乱させた方がマシだ。敵が全方位に注意を向けなければならない状況を作る。
囲まれていると知れば、まずは大将を護る行動を執るために各部隊は外に散るより中央の辺境伯周辺に集まるはずだ。
辺境伯がどのような指示を出すか分からんが、奇襲直後の敵兵達は混乱するだろう。
ハァ……ったく。
だろう、はずだ、仮定の戦術に意味があんのか?……
これからって時に推測や憶測ばかりだ、イヤになるぜ。
チッ。
『……ラージャ』
頭を振って一息入れる。っしゃぁ。
好い女に心配そうな声を掛けられちゃぁ、南の帝王って言えねぇ。
なぁ、そうだろう、スモーキー。
事ここに至って是非も無し。
やるしかねぇ。
メチャの後ろで緊張しているアイニィを手招きして傍へ呼び、彼女の影沼から五十個ほど小石を出してもらう。
アイニィが頷き、星明かりで出来た俺の影を波立たせて影沼を生み出し、そこから小石を足元に放出する。
ラヴとダークエルフ達の影沼には、岩を砕いて作った大小の【飛石】用石弾と、鉄製のライフル弾を四百発ずつ入れてもらっている。
鉛の弾は用意できなかった。鉛の抽出量が少なかったのが原因だが、鎧を体ごと貫通させるのが目的なので問題無い。
この世界には人類が造った銃火器が存在している。魔導兵器に比べれば威力が数段落ちる火薬を使った銃火器だが、弾丸の形状や素材は様々、この戦いで鉄製のライフル弾を使用しても未知なる武器だとは思われない。
しかし、世界に存在する火薬の量は少ない上、魔導兵器ほどではないが銃火器も稀少品、教国が保持している火薬や銃火器の数量も少ない。
その為、今回の作戦で使用するライフル弾は五百発以下に制限して、威力も控えめにする。と言っても、小石で事足りる場合はライフル弾を使用する予定は無い。
足下の小石を全て宙に浮かせ、100m先の戦奴達に狙いを定める。
新月の平原は暗闇に包まれ、人間達から俺達の姿は見えていない。
黒い体毛で覆われた俺や、濃い灰色の肌を持つ眷属ゴブリン、体毛が薄茶色から黒めの茶色に変わったコボルト達は特に見つかり難い。
一番目立つのはオレンジ色の鱗を持つレインだが、彼やジャキ、赤銅色の肌を持つミギカラの居る南北の部隊は、焦げ茶色に染めた麻布を纏いながら身を地に伏せて戦奴に近付き、戦奴数名が持つ松明の灯りに照らされない範囲ギリギリの地点で待機している。
ヴェーダが俺の意を汲み指示を出す。
蜂達は羽音を消して蟻と一緒に地面を這って戦奴達を囲んだ。
ワイバーン達がゆっくりと降下を始め、その背に乗るエルフ五人衆やハード達が魔法の詠唱に入り、ワンポ率いる弓兵が弓に矢を番える。
闇に潜んで時を待つ俺達の脳内に、ヴェーダの声が響いた。
『作戦開始』
俺の左右に浮かべていた五十個の小石が消え、100m先に居る戦奴達の体を即死しないように貫く。
射線上に居た十四名の戦奴が絶叫を放ちながら倒れ、彼らの体を貫通した小石が更に八名の戦奴を貫き重傷を負わせた。スゲェ声だ。
残りの戦奴は八名、肉壁に守られて傷を付ける事は出来なかった。
スコルとハティが突撃して残りの戦奴をその太い前脚で薙ぎ払った。即死が四人、内臓破裂や粉砕骨折により重体となった者が四人。
野営地の八か所から同時に絶叫が上がり、空から急襲された野営地中央付近から驚愕の声と怒号が飛び交う。まだ魔族の襲撃だとは気付かれていないが、時間の問題だろう。
野営地中央付近に並ぶ軍馬は周囲の騒ぎに動じず、静かに佇んでいる。
従属魔術で縛られている領軍の軍馬は魔獣ではないが、前世で知るサラブレッドより大きい。この馬達が逃げ惑い暴れ回って混乱を大きくする事を期待したいが、如何せん契約獣である為に逃げ回る事なく大人しい。
戦闘開始と同時に軍馬を蟲で仕留めて機動力を奪うべきだが、訓練された良質な軍馬を手に入れたいので、なるべく死なせないように指示を出してある。
スコルとハティの突撃は止まらず、獣人部隊の居る場所まで侵入。
二匹同時に大口を開け【ヘルヘイムの業火】を放つ。
有効射程距離30mの火焔ブレスが、慌てふためく獣人達を襲った。これはヒドイ。
さぁ辺境伯、エイリアン同士の、モンスター同士の、
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