第83話「キンポー平原の戦い」其の一




 第八十三話『キンポー平原の戦い』其の一




 領軍の野営地は樹木の無い平原のド真ん中、ゴブリンの膝を超える草本の類は無し、周囲に遮蔽物や凹凸、水場も無い。


 野営地に一番近い人間の居住地は第一城門前の関所付近のみ、それ以外の町や村は壊滅。


 第一城門に繋がる三つの街道のうち二つは既に俺達が通って人間の影は無く、哨戒に蟲も配置している。残りの一つは空挺団が偵察した後に蟲を配置した。


 野営地から半径約20km圏内に敵兵以外の人間は居ない。


 野営場所の面積は約1km四方、百万平米。広い。

 総兵数一千ちょっとの俺達じゃぁ包囲は不可能。


 見張りの夜警は四辺と四角に三十人ずつの八方警備。

 もう少し間隔を詰めて見張りを並ばせておけば、鳴子の代わりにはなっただろうに。三十人で固まっているので隙間が酷い。


 辺境伯の意図は全く見えない、辺境伯の口から野営の配置や警備の陣容について一切語られていない。さすがのヴェーダもお手上げだ。


 先ずは見張りの戦奴を消す事が定石だと思うが、蟲で襲うと声を上げるよなぁ。


 しっかし、どうもトラップ臭ぇ……



「ヴェーダ、見張りの戦奴を殺したら爆発するなんて死属性魔術は掛けられて無いよな?」


『彼らの首輪に掛けられているのは隷属魔術のみ、それ以外の魔術は埋め込まれておりません。隷属魔術の制約や行動命令にも【異変・見敵大音声警報】以外に注意すべき点は有りません』


「ならいいけどよ」


『夜警の戦奴を殺害する時の注意点ですが、必ず初撃で首の付け根、鎖骨のすぐ上から首を刎ねて下さい』


「理由は?」


『声帯から音を発する事の出来る身体構造である限り、脳や心肺を破壊して身体機能を奪っても確実に【声】を発します。肺から喉頭への空気排出が不可能な場合、体内魔素を喉頭へ流して音を出しますのでご注意下さい』


「トラップじゃねぇかよ…… 聞いたかオメェら」


「ブッヒ~あっぶねぇ~、俺アレだよ、こっそり近付いてから斧で胴体真っ二つにしようとしてたわ」


「……俺は槍で頭を突き刺そうと思っていた」

「わわ、私は、あの、剣で喉を突こうと……」

『メチャが一番惜しいですね、優秀です』

「あわわ、尊妻様、そんな、えへへ……」



 ヴェーダはメチャに甘いなぁ……


 ってそんな事より、ヴェーダは俺が聞かなくても戦闘開始前に教えてくれていたと思うが、地味に有効なトラップ仕掛けやがるな辺境伯……



『辺境伯はそこまで思慮深くはないかと』



 そうであって欲しいもんだ。

 お前が居なけりゃ俺達はトラップに引っ掛かっていたわけだしな、今のところ辺境伯の知略、いや『痴略』に負けてるな俺。


 死にたくなってきた……


 アホに一杯喰わされた感が否めない。クソう。


 さてどうする?


 メーガナーダで暗殺…… 駄目だ、数が少ない。数を揃えても仕留めている最中に他が声を上げるかも知れん。


 クソが、こんな時に三十人固まっている利点が見つかったぜ辺境伯、オメデトウ。


 ダークエルフの闇魔法で眠らせる…… これも駄目、隷属魔術で眠らない状態にされている。隷属魔術の効力を上回る闇魔法を掛ければ何とか…… そんな高熟練度の睡眠魔術はラヴでも覚えてねぇ。


 ラヴやダークエルフ達の影沼で…… 駄目だな、そりゃ『異変』だ、沈む時に声を上げられる。


 隷属魔術の書き換え…… 遠距離で書き換え出来る技量が有りゃ世話無ぇ。


 俺が王国兵の装備を身に纏って潜入…… 俺の天罰を侮ってはイケナイ、誰何すいかされて大騒ぎになる事必至。バレずに中央まで行けたとしても、その後は乱戦必至、作戦成功の保証は無い。


 気付かれた瞬間にゴリラ化すれば何とかなるだろうが、騒がれる上に俺と離れた眷属達との間に敵が入り込む事になる。


 そうなると、イザって時に眷属達の傍に居てやれない、単独潜入も却下だ。クソッ、大猩々がデカすぎてハティに乗れなかったのが響いたな。今変身したんじゃ発光でモロバレだ。


 戦奴は無視して、その先に居る獣人から始末するか……


 しかし、約500m空いた見張りの隙間ってのが、誘っているように見えるんだよなぁ……


 獣人が交わした契約は造反や逃亡の禁止と『得物を追い込む』事に徹して、自らの経験値を稼がない事だ。無論、命令遵守は当たり前、他に見落としは無い。


 騒がれるのが遅いか早いかの問題なのか?


 戦奴の平均総合力は800、他国の捕虜兵や犯罪奴隷だ、脅威となるスキルも強さも持ち合わせていない。獣人と戦う俺達の背後から襲って来ても素早く処理出来る、どうせバレるわけだから殺害方法も限定解除、力押しで鏖殺おうさつも可能だ。


 獣人の総合力平均は1,100、こちらも警戒すべき能力は無い。戦奴と獣人から挟撃されたところで痛くも痒くも無い。そもそも戦奴の数が少な過ぎて挟撃と呼べる戦術なのか怪しいもんだ。


 戦奴を無視、もしくは見張りの一角を潰して侵入した場合の問題は、戦闘開始後に起こるであろう『鳴子の連鎖』だ。


 1Km四方に広がる領軍全体へ異変が伝わる。

 そうなると、総合力が万を超えた騎士と錬度の高い騎士団も動き出す。ゴブリンやコボルトでは太刀打ち出来ない。


 騎士団の二つは空挺団が空から抑え込めるが、辺境伯の周囲に張り付く騎士団は物魔防御結界の中。俺達が結界魔道具と敵魔法使いを仕留めるまでは中央の辺境伯と騎士団にダメージを与えられない。


 こちらがもたついている間に、辺境伯が魔導兵器をブッ放つ事も有り得る。


 物理無効の俺でも魔力の乗った砲弾を腹に喰らえば痛い。

 俺が痛いと感じる攻撃を、眷属達の何人が防御出来るだろうか?


 眷属達は俺の物理無効を劣化譲渡されて全員に物理耐性が付いている、しかし、総合力平均2,000前後のゴブリンやコボルト達に、物理と魔力の同時攻撃を防ぐ事は困難、いや、無理だろう。


 やはり俺が【飛石】の雨で大半を始末した方が良いのか……


 だが、それでは眷属のレベルは上がらない。

 北伐に備えるには眷属の強化は必須……


 しかも逃げられる危険性が増し、【飛石】と言う未知の攻撃を知られ、そこから魔族の関与も疑われる。はぁ~……



 クソッ、どうする?




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