第63話「ッ!! それは俺のシフトノブだっ!!」




 第六十三話『ッ!! それは俺のシフトノブだっ!!』




 妖蜂の王城『クララ・ガ・タッタ』は、クララ山脈のふもとに在る洞窟を基にして造られた半天然の城だ。


 洞窟の入り口には四重の城壁と堀が設置され、山脈を背にしたその周囲三方を一辺約900mの防御壁と空堀で囲み、その中に一般市民が住む街が在る。


 防御壁の一辺には三つの側防塔、二角に張り出し櫓が造られている。


 城郭都市なのだが、王城の異様さを見ると小首を傾げざるを得ない。


 山脈と一体化した王城『クララ・ガ・タッタ』は、北東の防御壁としての機能も有するが、基が山脈である為その形は異様だ。


 洞窟の入り口付近から上に向かって直径60mほどの白い『蜂の巣』が葡萄ぶどうの如く山脈に“生えて”いる。蜂の巣は下から上に向かってその数を減らしていく。


 一番高い場所に在る蜂の巣は、単純に洞窟の入り口から高さを測ってみると約3,600mの位置に在った。まぁ、カスガの部屋なんですが。


 標高が高いと魔素が薄まり死に至る場合もあるが、蟲系魔族や一部の魔獣は耐性と言うか特殊な体質を備えているので問題無いらしい。



 そんな、一定条件下では安全な場所と言える妖蜂の巣は、山脈内に造られた迷路で繋がっている。


 その距離も複雑さも乾いた笑いが出てしまうが、妖蜂族は飛んで移動するので距離は気にならず、場所も蟲系魔族特有の不思議感覚で把握出来るそうだ。


 妖蟻帝国の地下道はさらにデカイ迷路だが、妖蜂と同じ理由で妖蟻族が地下道で迷う事は無い。


 妖蜂の先王や三大公は山脈から離れ、地上に在る小山や丘に城を築いて転居する。だが、彼女達の城と街も普通ではない。当たり前のように『葡萄型』蜂の巣を城壁が囲んでいる。


 先王や三大公も避難を開始しているが……


 俺はカスガを送り届けたら先王を迎えに行かねばならない。先王から御指名が入ったので仕方がない。


 あの人は蟲腹に子も居ないので、巨大な駕籠で運ばれるハズなのだが、『婿殿を呼べ』と言って聞かないらしい。


 親子そろって甘えん坊だが、嫌いじゃない。

 いや、今はそれどころじゃない。



 俺はカスガの荷台ベッドを両手で頭上に持ち上げ、山脈内の迷路を下に向かってテクテク歩き続けた。荷台ベッドにはカスガの他にトモエが乗って騒いでいたが、姉妹で楽しそうだったので問題無い。


 カスガが寝そべる荷台ベッドには車輪が四つ付いている。

 しかし、この長大な迷路は段差が多く勾配のキツイ個所も少なくない。その為、カスガを乗せた荷台ベッドを押して運ぶ事は出来ない。


 今回のミッションは作戦終了の夜明けまで9時間以上有るので、そこまで急ぐ必要はなかったのだが、先王陛下が「迎えに来て~」と言ってきた為、少しだけ急ぐ事にした。


 地下道に入れば綺麗に整備された平坦な道が続くので、あとは荷台を押して軽く走れば200kmの距離もあっという間だ。


 そんな事を考えながら、三時間ほど掛けて王城の地下まで辿り着いた。


 既に王族と一般市民はカスガの指示で地下道を通って避難を完了している。


 東浅部の山脈沿いに住むコボルト達も同様に、カスガの勅令として避難を伝えてあるが、コボルト達は地下道を通らず妖蜂の二個中隊による空輸となる。


 地下道内入り口に造られた妖蟻兵の詰所には、大勢の妖蟻兵が女王カスガの護衛として控えていた。


 護衛部隊を率いるのは竜騎士のナナミ中佐だ。

 彼女は毎回、俺を見ると目を泳がせて変な笑顔を作る。


 初対面でのアレな態度を気にしているようだ。士官で眷属化を済ませていないのは彼女だけである、嫌なら仕方がないが。


 荷台ベッドを慎重に地面へ降ろし、ナナミに「御苦労」と声を掛けた。

 カスガとトモエもナナミに礼を述べる。


 ナナミは変な笑顔のまま敬礼、そそくさと部下に指示を出してカスガを送る準備に取り掛かった。



 この場に居る妖蟻族も妖蜂族も、俺とは全員顔見知りだが、妖蜂と妖蟻の両族は初対面だ。


 しかも、妖蜂には女王とその護衛いもうと、さらに近衛四将という普段は妖蜂族でもお目に掛かれない超大物がズラリと並んでいる。その為、妖蟻兵達は先ほどからチラチラとこちらに視線を飛ばしてくる。


 その視線は主にトモエに向けられたものだ。

 イセに匹敵する強者トモエの存在は、妖蟻兵にとっても畏怖や憧れの対象なのだろう。彼女達の表情は人気アイドルを見るそれと化している。


 特に、トモエの190cmという長身とカスガに勝るとも劣らぬ美貌、さらに、左右の腰に差した神剣ジャマダハルから発せられる神気が畏怖心を煽っているようだ。


 右に差したジャマダハルは荷台に寝そべるカスガの邪魔にならないようにトモエが預かっているだけなんだが、それを知らない妖蟻兵にはシャレにならない威圧感だろう。


 実際はこんなに可愛いのになぁ。

 そう思ってトモエの顔を見たら目が合った、が、目が合ったのは気の所為せいだったと思ってしまうほどの速度で視線を切られた。


 ハッハッハ、いささかツンが過ぎますぞ?



「女王陛下、準備が整いました。出発したく存じます、宜しいでしょうか?」



 ナナミが腰を曲げて目を伏せながらカスガに出発の是非を問う。

 カスガは俺や妖蜂の臣下達を見渡し、「構わんよ」とナナミに告げた。


 ここからは妖蟻族のスキルで荷台ベッドがスムーズに運ばれる。言わば“観光バス”での地下遺跡ツアーだ。


 本来なら俺の役目も終わり。しかしカスガはそれを許さない。



「ナオキ、近ぅ」

「はいはい」

「早ぅ来ぬか馬鹿者」

「はいはい」

「うむ、れへ」

「はいはい」



 カスガのベッドに乗せられ、彼女の隣で寝る事になった。


 蟲腹の半径分カスガの位置が俺より高い、と言う事はなく、厚く敷き詰められた蜂糸布が蟲腹を包み込むように沈んでいるので、彼女と俺の寝る高さはあまり変わらない。


 ただ、彼女の体形上ベッドの端に俺が寄る必要がある。

 俺の体がベッドからハミ出す事はないが、カスガはそれを心配して俺を自分の体へ引き寄せた。まぁ、『腕枕しろ』という無言の合図だ。


 そして、俺の腹にドスンと何かが落ちてきた。

 もうお分かりですね、はい、トモエさんのお尻です。


 お前は私の椅子だと言わんばかりに、当然の流れで極自然にお座りになられました。しかもこちらを向いて座っておられます。私の股の間に御自分の蟲腹を挟めておられる御様子、完璧なポジショニングです。


 それを見たカスガが「フフッ」と笑った。

 トモエが「フンッ」と照れて俺の胸に両手を置いた。微妙に腰を前後するのはヤメテ頂きたい。


 メチャがバッテン化しているので、ナナミに出発を促す。



「か、畏まりました。では、出発!!」



 ここから妖蟻帝国の中心地まで250km。

 移動スピードは控えめの時速50km前後。


 五時間はイチャイチャ出来るな。メチャは寝ていなさい。


 

 んほぉおおおおおっ!!

 トモちゃん待って!! 入っちゃう!!

 僕のシフトノブがバックに入っちゃう!!




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