第57話「控えめに言ってクソだな」




 第五十七話『控えめに言ってクソだな』




 コップの水を胸や太ももにチョピチョピこぼしながら美味しそうに飲む『ピッピ・テヅカ・トリイ』嬢。


 クッ、拭いてあげたいっ!!

 あぁ~また、もっとこうゆっくり……、駄目だっ、放っておけないっ!!



 『今は放っておきましょう。話が進みません』



 グヌヌッ……、恐るべし『ビ・アンカ』っ!!



「ふぅ、さてピッピ嬢、ここへ来た理由を聞かせて貰えるかな?」


「あ、はい。これはあのぉ、先日、妖蜂の女王陛下と妖蟻の皇帝陛下より私共の女王に檄文が届けられまして」


「ほぉ、カスガとアカギが妖鳥族に檄を飛ばしたのか……」


「左様に御座います。檄の内容は人間を非難するもので、その非道に立ち向かう為に浅部の団結、いては南の大猿王様を旗頭としてその下に集い、大猿王様による大森林統一を説くもので御座いました」


「大猿王というのは、俺か?」

「御意に御座います」


『檄文はカスガ女王がアカギ帝に提案し、アカギ帝が快諾したようです』



 カスガ…… 仕事が早いな。アカギの協力も有り難い。

 話を聞いていたジャキや眷属達が悪い笑顔を見せている。


 コイツらの士気は高い、準備が整い標的が決まればすぐにでも戦えるな。



「フム、それで、ハーピークイーンは何と?」


「妖蜂と妖蟻の使者さんに笑顔で『だく』と告げました」


「ハハハ、それはまた豪気な女王様だ」

「いえいえ、私共も困窮しておりますので、渡りに船、と」


「困窮? 何か困っているのか?」

「それが――」



 ピッピの話によると、北浅部のハーピー達は大森林中部や深部に住む一部の魔族から『パシリ』扱いされているらしい。


 どこの世界でもバカが居るのは分かっていたが、この“大森林”の魔族にも居たというのは、少々ガッカリさせられる。


 しかも、そのバカの中には最深部の地竜まで居やがった。

 大森林に於ける事実上の覇者、大森林の魔族を護るべき立場に在る強者が、まさか中学の弱虫ヤンキーレベルだったとは畏れ入る。


 これじゃぁ、死んだ皇帝カガやムネシゲ王子が浮かばれない。メハデヒ王国との戦いで大森林を護った妖蟻と妖蜂の兵士達は死んでも死にきれねぇよ。


 護られた両族の者達は、森を護って死んでしまった者達とは違う意味の、より強い『無念』をその胸に抱くだろう。


 俺の左側に座るツバキは無言だが、両目を閉じたその表情からは確かな怒りが窺える。しかし、その怒りの矛先は自分達の非力にも向けられたもの、軍人である彼女達の悔しさは推し量るまでもない。


 まったく、やってくれるぜクソ大トカゲ野郎。

 大森林で仁義を欠いちゃぁ、生きていけねぇぜ?



「あ、あのっ、猿王様? 何かお気に触りましたでしょうか? 威圧がそのぉ~」


「ん? あぁ、申し訳ない。少し地竜にイラッとした。それで、そのバカ共から何を要求されているんだ?」


「はい、それはですねぇ、中部の方々には食料となる獲物と、私共の体で御座います。それに加えて、地竜様の洞窟へは浅部で捕らえた冒険者を毎日届けております」


「……へぇ、“私共の体”ってのは、そういう意味か?」


「左様に御座います」


「クッ!!」


「ひぃっ、え、猿王様?」

「ダーリン?」

「賢者様っ!!」

「陛下っ!!」

「おいおい、どうした兄弟っ!?」


『ナオキさん、お客様に失礼ですよ、落ち着いてください』


「……ああ、分かってるさ、少し待て、抑える」



 心配して駆け寄ってきたメチャやラヴ達に笑顔を見せ、深呼吸した後に麦茶を飲んで心を落ち着かせた。


 また、魂がきしんだな。


 人間という大敵が目と鼻の先に居るこの状況下で、劣勢の魔族が団結もせず、愚かにも人間と同じ事をしているという事実に、俺は呆れや虚脱感よりも強烈な怒りを覚えた。


 力で女を奪うという大森林の掟、だがそれは強者の権利であると共に責務を伴うものだ。奪った女は養うという前提があってこその権利、決して女を性欲処理の道具として扱う為のものではない。


 女性を奪う行為の要因は大半が『氏族の維持』、近親婚を防ぎ氏族の存続を願う先祖達が選んだ答え、少なくとも浅部の魔族達はその掟を守ってきた。


 その最弱達が守ってきた掟を、弱者を護るべき強者が破ってしまったら、その掟は必ず上から下へと崩壊していく。


 強者が破った掟を次に強い者が破り、そいつの次に強い者がまた破る。


 上が守らないルールをどうやって下が守ればいい?


 上が奪うものは下から奪うしかなくなり、そしてそれは『楽な手段』として常識化する。やがて掟の意味も見失い『新たな掟』として『楽な手段』が選択される。


 その先に在るのは滅びだ。

 奪うものが無い下の奴らから滅びが始まる。


 その滅びを止める存在が現れない限り滅亡は必至、最後に残った奴らには自分の力以外何も無い、そんな奴らが物量に勝る人間から大森林を護り通す事など出来るはずがない。


 たとえ人間との戦いで敗れて大森林から逃げ出せたとしても、大山脈という天然の城壁で囲まれたこの大森林以上に恵まれた魔族の居場所など、このユースアネイジア大陸中部に存在しない。


 逃げたところで死ぬ時間が少し伸びるだけだ。


 逃げ場などない、大陸中部に居た魔族のほとんどが最後の砦として選んだのが大森林だ、その魔族達が守ってきた掟によって大森林は滅亡を免れた。


 しかも、その滅亡の危機を救ったのは掟を守ってきた浅部の魔族、妖蜂と妖蟻だ。現在でも、掟を守る浅部魔族だけの力で人間と戦っている。



 こんなフザケた話は無ぇ。




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