第56話「無論、ビアンカ派だ」




 第五十六話『無論、ビアンカ派だ』




 俺はその四名の来訪者達を笑顔で出迎えた。


 肌の色は黄色人種に近い白肌、身長は170cmほどで両腕は翼、ボサボサの茶髪は臀部まで伸び、尾骨から生えた尾羽は地面まで届くほど長い。


 太ももは羽毛に覆われ、体毛は茶色をメインに白と黒の縞模様が頭と翼に付いている。


 膝から下は黄色い鱗状の皮膚で包まれ、猛禽類の如く逞しい四本のあしゆびから伸びた鋭い爪は20cm以上有りそうだ。


 俺は微笑みながら彼女達に歩み寄り、四人のリーダーと思しき美しい『妖鳥族ハーピー』の女性に右手を上げた。



「ようこそ、ガンダーラへ。ナオキだ、宜しく」


「はい、あの、お初にズコーー!!」



 目の前の女性は俺に挨拶をしようと翼を広げて、コケた。

 勢いよく翼を広げた為にバランスを崩し、足を滑らせたようだ。


 俺は素早く彼女に走り寄り、後頭部から地面に倒れるその華奢な背中に右腕を差し入れ受け止めた。猿人の太い腕も捨てたもんじゃないな。



「大丈夫かい?」

「だ、大丈夫です、申し訳御座いません。お見苦しいところを……」


「いや、俺としては有り難いハプニングだったよ」

「えっ? あっ……」



 そう、これは有り難い事故だ。

 何せハーピーは――



 ――全裸だからっ。



 彼女達は衣服を身に纏わない。

 俺はそのステキ文化に敬意を表したい!!


 両腕が翼である妖鳥族は『手で何かを作る』といった作業が出来ない。その為、物作り全般が苦手である。


 裁縫などの細かい作業は勿論の事、足と口を使って出来る作業以外はまったく出来ない。


 故に、服を作る事も着るという行為も困難を極める。たとえ冒険者の服を手に入れたとしても、それを着るという考えに至らない。


 そもそも、彼女達は全裸に羞恥を覚えないので、わざわざ『服を着る』という苦労を伴う行為を選択しない。


 何という英断、天才かと問いたい。


 俺を前にして、片足を天に突き上げながらコケる全裸の美女。

 メチャに匹敵する逸材だと言っても過言ではない。


 魔王が『出番か?』と言って体を起こそうとしたが、鋼の精神で抑え込んだ。


 賓客に無礼があってはガンダーラ・プロゴリラ家末代までの恥、四六時中発情していた『性帝』などと死後におくりなされて歴史に名を残すわけにはイカンのだ。


 たとえそれが事実であったとしても、憂いは残すべきではない。


 俺の右大胸筋に頬を擦り寄せている彼女を断腸の思いで引き剥がし、さりげなく怒りの拳を息子に叩き込んで営業スマイル。完璧だ。


 俺から離れた彼女は『にぱぁ~』っと微笑んだ。天使かな?


 ハーピーの無垢な笑顔を見た『JLG(ジャキラブガールズ)48』の面々が一斉に地面へツバを吐いた。態度が悪過ぎる。ジャキの下半身はあんなに素直だと言うのに、困ったものだ。



『ナオキさん、駐屯地にお茶を用意しました』


「おお、サンキュ」



 気の利く相棒から華麗なパスを受け取り、自然な形でハーピー達の誘導をメチャに任せて駐屯地へ向かわせる事が出来た。彼女達が俺の不自然な内股歩きに気付く事はないだろう。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 駐屯地の第一砦前には花壇が造られてある。

 この花壇はチョーが埋まっていた場所だ。この場所を嫌っていたツバキも、今では花壇の花を愛でるのが日課となっている。


 その花壇と砦を挟む場所に麻の布を敷き、その上に俺が作った木製の椅子とテーブルを置いて、そこでハーピー達から話を聞く事になった。


 俺がFPで干し芋などのお茶請けを木皿に出し、巫女衆が木製のコップに聖泉の水を入れて持って来てくれた。


 ハーピー達は喉が渇いていたらしく、興味深そうに見ていたお茶請けから視線を離し、テーブルに置かれたコップを片足で掴んでそれを口元まで運んだ。


 あぁ、そんな格好したら、駄目ジャナイカー……


 これは最早、衆人環視でのハプニングではない。衆人姦視のプレイと言っても差し支えない忍耐レース。


 忍耐は主に俺やジャキがいられるのだが……

 こ、こいつぁキツいぜ……


 足下に干し芋を落としてテーブルの下を覗く、などという下衆な行為は好い男の資格を失う。ここは息子を5~6発ブン殴って邪念を振り払っておく。


 クッ、自分には物理攻撃有効だという事を失念していた。

 あぁぁ、お、折れた、だ、誰か、回復薬を…… いや待て。


 好い男はそんな恥ずかしい事に回復薬を使っていいハズがない。ここは自然回復を待つのが上策、帝王の辞書に失策の二文字は無い。


 俺は涙目を伏せながら、足でコップを掴む彼女達に「皿のほうが良かったかな?」と尋ねた。


 しかし、どうやら彼女達は皿に顔を近付けて飲むよりも、コップを足で掴んで飲む方を好むと言う事だった。素晴らしい習慣だ。今度はテーブルの無い場所で会談しよう。



「わぁぁ、このお水、魔力が……」


「それは聖泉『アムリタ・ファヴァラ』の水だ。このガンダーラをお守り下さっている我らが神、アートマン様の御加護によって神木と神岩から神気が溢れ、その水にも魔素や精気、そして神気が含まれている。神気は未だ俺も感じ取れないが、精気なら眷属達にも感じ取る事が出来る者も出てきた」


「なるほどなー」



 ハーピー達はウンウンと頷きながらコップの水を飲み干した。


 巫女衆が空のコップに水を注ぐ。

 ハーピー達が再び『にぱぁ~』っと笑ってお礼を述べた。


 クッ、こ、この子達は少しアレだな、違う角度から俺のハートを掴んでくるな。一番右の子など前歯が一本欠けているが、アホっぽさなど皆無、ひたすら純粋な娘に見えてしまう。


 前世でこんな娘が親戚に居たら、お年玉は毎年財布丸ごと渡していただろう。要注意だな、危険な娘だ。その笑顔が俺を狂わせる。


 危険な娘なので、俺の干し芋をそっと彼女の木皿に入れておく。

 まったく、ジャングルには危険が多過ぎて気が休まらんな。


 余談だが、この大森林ではハーピーの事を『ビ・アンカ』と呼ぶ。これは魔族語で『放っておけない』という意味だ。


 彼女達が異種族の男と恋に落ちた場合、深い愛情と献身的な姿勢で男を支え、たとえ他の女にその男を寝取られたとしても、男を恨まず寝取った女にエールを送り、いつもの笑顔を絶やす事無く、大木の枝にとまって男への愛を歌うという……


 まさに『ビ・アンカ』、放っておけるハズがない!!



 余談はこれくらいにして、話を聞くとしよう。放っておけんからな。


 話し相手はズッコケ娘の『ピッピ・テヅカ・トリイ』嬢だ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る