第54話「辺境伯、お前……」




 第五十四話『辺境伯、お前……』




 駐屯地に皆で集まり、いつものように楽しく昼食を摂った後、俺達はヴェーダの報告を聞いた。



 シャズリナ・ポン・フリドメン、死す。


 教国との国境付近に築かれた『辺境伯領サモハン砦』の一室、治療魔術を唱える神官や解毒薬を飲ませる薬師がベッドの上で苦しむ辺境伯三女を囲み、砦を任された北方第一騎士団員がその様子を見守る中、メタリハ・エオルカイ教国の陰謀と悪行、そして恨みを伝えきった『北の姫騎士』は苦悶の表情を浮かべたまま息を引き取った。


 これを聞いたドワーフやエルフ達が歓声を上げる。


 北の姫騎士は彼らに相当嫌われていたようだ。

 俺的には「経験値がもったいなかったな」程度の存在です。


 まぁ、スモーキーの借りは返したのでヨシッ!!



 最北の街『テイクノ・プリズナ』の異変は、日の出と共に南方から訪れた商人達によって知られる事となり、『北の街壊滅』という緊急事態は瞬く間に近隣の町や村へ伝わった。


 商人が異変に気付いた同時刻、サモハン砦付近を巡回していた騎馬隊が全裸で彷徨う女を下心丸出しで保護、それが辺境伯三女シャズリナだと判明すると、急いで砦へ戻りシャズリナに治療を開始。これが午前六時の出来事。


 辺境伯マーチン・ポン・フリドメンが居を構える辺境伯領最大の都市『ラスティンピス』は、『テイクノ・プリズナ』から南東へ約120kmの位置に在る。


 北の異常事態が早馬によって辺境伯に報告されたのは午前八時過ぎ、辺境伯は伝令兵の首を長剣で刎ね「虚偽を見抜けぬ伝令は……不要、だ」と、夫人や家臣団にキメ顔を向け、いつものように朝食を摂った。


 それを聞いたジャキやミギカラが爆笑する。

 さすがにこれは俺も苦笑せざるを得ない、アホの考えは常軌を逸する、戦略が練り辛い。


 朝食後に再び伝令兵が辺境伯と謁見。

 今度はサモハン砦からの報告、国境に在る砦からの報告に辺境伯も気を引き締めた。


 ――が、伝令兵の報告を聞き終えた辺境伯は、「虫刺されで瀕死になる娘など育てた覚えは……無い」と、伝令兵の首を自慢の長剣で刎ね飛ばし、夫人と家臣団にその豪胆さを見せ付けた。


 蜂を通して辺境伯を見ていたヴェーダは、『面白かった』と言っていた。


 もうすぐ、十三時を回る。

 最初の伝令が辺境伯に報告を上げてから五時間、既に六名の伝令兵が首を刎ねられている。


 次に砦から来る伝令は『シャズリナ死亡』を伝える兵だ、間違い無く首が飛ぶだろう。


 辺境伯が北の状況を把握するのは、サモハン砦の第一騎士団団長辺りが辺境伯へ顔を見せた時だろうか、さすがに騎士団長の首は…… いや、判らんな。



 サモハン砦は厳戒態勢で防御を固め、警戒を強めている。


 北の街テイクノ・プリズナは近隣の騎士団がそれぞれ騎馬隊を派遣して調査中。


 街の住民は混乱しているが、俺やスコル達が殺した獣人の死体と冒険者の死体が転がる以外死体は存在しないので、殺人に対する混乱よりも住民や騎士団が消えた事による混乱が大きい。


 街は騎馬隊が封鎖、一般人の出入りを禁止した。


 街の外に住居を構えていた獣人達の生き残りが俺達の事を騎馬隊に伝えているようだが、獣人達はスコルとハティの事を『白と黒の人狼』だと虚偽報告、魔族の関与を訴えた為、騎馬隊に『嘘を吐くな』と一蹴されたようだ。


 体長6mの狼化した人狼など居るワケがない。

 尻尾の長さ2m分を引いても4m、立ち上がれば5mだ、人化時はどんだけデカイんだという話になる。


 騎馬隊は獣人を無視して人間からの聞き込みに力を入れ、俺達の思惑通り『賊は教国の魔獣使い』、『魔獣使いの配下は黒装束を着た集団』などの答えに辿り着いてくれた。


 さらに、サモハン砦で死んだ姫騎士様が騎馬隊の出した答えに信憑性を与えてくれるだろう。国境付近の住民達も駄目押しの目撃証言を騎馬隊にプレゼントするはずだ。


 白金と漆黒の巨大な狼など、この世界にはスコルとハティしか居ない。白と黒の大狼に乗り国境を越えてやって来た者達と、同じく白と黒の大狼を従えて街を襲った賊が同じ存在だと結論に至るのは時間の問題だ。


 ヴェーダの報告では、既にその結論に至った騎士や商人も居るらしい。

 騎士は判らんが、商人は尾ヒレを付けて面白可笑しく教国の陰謀をメハデヒ王国内に広めてくれるだろう。


 盛った話で客を楽しませるのは、好い商人の条件だからな。



 ヴェーダの報告も終え、今度は質問タイム。


 大森林の魔族は、人間についての知識が浅く薄い。

 特に浅部の最弱魔族は知りようが無い、彼らは人間に見つかれば狩られるのみ、たとえ捕縛されて街へ連れて行かれたとしても、最後はスモーキーの様な結果となる。情報を仲間に伝える手段が無い。


 俺が南浅部を纏める前は他種族との親密な関係も築かず、妖蜂などから情報を教えて貰うといった事もしていなかった。


 ミギカラやホンマーニの様に高齢な氏族長などは、先代から伝え聞いた“人間の噂”として、人間が魔族に対して行った事や扱う武器・魔法など、大森林で人間が使った限定的かつ断片的な知識しか無い。


 妖蟻と妖蜂は魔力を持った『蟲』と普通の『虫』のどちらも使役出来るので、ヴェーダほどではないが情報収集能力に長けている。


 今現在も、メハデヒ王国の各地にアカギとカスガが放った蟻と蜂が、地と空から密かに人間を観察しているだろう。


 北浅部のハーピーも空から見た人間の街や建造物などに限り、これも限定的だが浅部の最弱達より知識は有ると思われる。


 ハーピーは完全な女性集団で、子を生す為に人間の男性を攫う。


 浅部に入った冒険者の男を狙う事が多いが、稀に長城を越えて街道を歩く人間の男を攫う事もある。その攫った男達から人間の事を学んでいるかも知れないのだが…… ヴェーダ曰く『期待するな』との事。



 アホの子が多いのだろうか?









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