第三章
第53話「ハイ、撤収」
第五十三話『ハイ、撤収』
ハイジ山脈から東を望み、朝日に染まる朝焼けの空を視界に収め、スコルの背中に揺られて四時間、大森林から漂う緑の香りに鼻をくすぐられて笑みが零れる。
山脈の麓、西浅部の端でサオリの第一中隊が俺達を待っていた。
ヴェーダが連絡していたようだ。
俺とメチャは迎えの妖蜂族と一人ずつ抱擁し合い、先輩眷属であるラヴをサオリ達に紹介した。
ラヴもまた抱擁ラッシュを楽しそうにこなし、俺とメチャの三人で空輸用のカゴに乗り込み、ガンダーラまで空の旅を楽しんだ。
スコルとハティは大き過ぎるので『森を駆ける』と自ら進んで空輸を断り、メーガナーダと一緒に来た七匹と共に森の中へ走って行った。
メーガナーダもカゴに乗る前に影沼から出て、そこで別れた。彼らがガンダーラに戻るのはいつになるのだろうか。
そして、また体が大きくなっていたようだが、ヴェーダが何も言わないので、俺もツッコまない。
約四時間のフライトをVIP席で楽しみ、遠く離れた空から神木マハーカダンバを目にしてようやく『帰って来た』と実感出来た。
神木と集会所の間に無事着陸し、ジャキやミギカラ達眷属の温かいお迎えを全身で受け止め、ラヴを紹介した後に皆を数歩下がらせた俺は、彼女にウインクで合図を送った。
微笑んだラヴが地面に影沼を生み出し、そこから今回救出した百六十八名の新眷属達が出てくると、南浅部に雄叫びの様な歓声が響き渡った。
新眷属達は歓声に驚いていたようだが、自分達を歓迎して囲む存在が全て魔族であり、
しかし、驚いていたのも事実を知ったあとの数瞬だけ。すぐに満面の笑みを浮かべ、楽しく自己紹介などをしつつ眷属同士の親愛を示し合った。
ドワーフの女性や子供、そしてエルフ達も心から安堵した表情だ。
彼女達はここで心が休まるまで、眷属達に囲まれて楽しく過ごして欲しい。
俺は新眷属達の世話をヴェーダと皆に任せ、ラヴに影沼から神像を出して貰ってそれを抱え、聖泉まで運んで洗い清め、アハトマイトナイフを神木銀行から取り出し、彫りの荒かった二体目の神像を彫り直した。
一体目の神像とデザインは同じだが、二体目は一体目より小さい。高さは一体目の約半分で1mと少し、可愛らしい神像だ。
20分ほどで彫り直しを終え、小神像を抱えて駐屯地の第一砦地下まで運ぶ。
地下には妖蟻族の常駐小隊が俺を待っていた。
ササミはお迎えの時以外は帝国内で通常勤務、今日は彼女の鼻血を見られない。
常駐隊の詰所にお邪魔して小神像を奥の壁際に配置。
何だか味気ないので小隊長にスキルで土の台座を造って貰った。
台座に小神像を置いて眺める。イイね!!
妖蟻族もご満悦のご様子。早速お供え物を置いている。
俺も
すると、お供え物がスッと消えたではありませんかっ!!
どうやら神木銀行支店になったご様子? あふん。
有り難うございます!!
驚いている隊員達にアートマン様のご加護を伝える。皆さん一斉に
新眷属をあとで妖蟻に紹介すると告げ、小隊員全員と抱擁を交わして砦を出る。
集会所に戻ると、人間から奪った装備や食料などをラヴが影沼から出しているところだった。その品々を見た眷属達がラヴに喝采を送っている。
俺達が装備して戦う為ではなく、様々な場面で偽装工作をする為のアイテムだ。比較的ヒト種に近い俺などがコレを着込んで敵陣に入れば、とても楽しい事が出来る!!
ラヴが出した騎士の長剣を持って出来を確かめてみた。
鑑定では攻撃力が約300上昇と出た。
なるほど、浅部の最下級魔族や魔獣にとっては脅威だな。
彼らの平均総合力は300以下だ、防御力だけの数値だと50以下、物理耐性も無く最大HP100以下の彼らが長剣の一撃を喰らえば、即死だ。
だが、下級下位の魔族には脅威でも、下級中位の魔族には通用しない。
現に、妖蜂族には通用しない。傷を付ける事は出来ても致命傷を負わせる事は難しい。総合力に差が有れば可能だが、下級騎士では無理だ。
騎士がこの程度の武器しか所持していない、というわけではない。
この程度の脅威なら魔族は衰退していないだろう。
魔族が人間に押されている理由の一つが武器だ。
一兵卒でも扱える強力な武器『魔導兵器』の出現は、魔族の衰退を早める一因として外せない事実だ。
魔導兵器の種類は様々、ハンドガンのような小さく威力も低い物から、地域ごと吹き飛ばす大量破壊兵器並みの威力を有する物まで存在する。
ただ、使い勝手が悪い。コストに見合っているとは思えない。
先ず燃費、ハンドガンのタイプの一発を撃つ為に最下級魔族の魔核を一個消費する。
前述の大量破壊兵器型の場合は、エルフなどの高魔力所持者が数十人掛かりで『魔導水晶』という燃料タンクに、十年以上掛けて魔力を注ぐ必要がある。
これらの大量破壊兵器は、各国が抑止力として所持し、他国への牽制に扱われる場合がほとんどだ。
魔族に対して使用した歴史は多々あるが、本来魔族は森や山で大人しく生活している。そんな脅威にならない魔族を攻撃する為に大事な核を使えば、人間が攻めて来た時に最大の攻撃手段を失ってしまう。
実際、魔族に使用した直後に隣国から攻め滅ぼされた国は少なくない。
そんなアホな歴史を顧みて学んだのかは知らないが、ここ三十年は魔族へ大型魔導兵器が使用されていない。
三十年と言えば、そろそろ人間の指導層に世代交代が生じてもいい時期だ、魔族に大型魔導兵器を使いたくてウズウズしているサイコ野郎が出て来てもおかしくは無い。
次に挙げる魔導兵器の欠点は、その少ない数と、それによる価値の高騰だ。
今回、制圧した公的機関に魔導兵器は無かった、無論、騎士や兵士も装備していない。北の要である都市の城にすら設置されていない、それだけ高価で稀少だと言う事だ。
魔導兵器の九割以上が『ダンジョン産』である。
ダンジョンマスターが
宝箱でその“当たり”を引く確率は極めて低く、しかも超最上級難易度指定されたダンジョンの最深部付近にしか“当たり箱”は存在しない為、入手は困難を極める。
“大当たり”を引く確率などは奇跡に近いと言える。
国によっては、各地に散らばる魔族の王『魔王』の討伐よりダンジョンの魔導兵器獲得に力を入れ、『勇者』をダンジョン攻略だけに充てているようだ。
是非、その姿勢を貫いて欲しいところだが、当たりの箱を引かれるのも面倒というジレンマ。困ったもんだ。
せめて、ダンジョンマスターが魔族側なら救いがあったんだが、彼らは元人間の『魔人』だ、人間に友好的な者は居るが、魔族に友好的かと言えば『判らない』と答えるしかない。
何故なら、彼らの眼中に魔族は入っていないからだ。彼らにとって魔族は“養殖”のそれと変わらない、ただの駒でしかない。
魔族はダンジョン攻略などしない、マスターの居ない魔窟の養殖を攫って子作りする程度。即ち、魔族はダンジョンマスターと接点が無い、マスターも魔族に興味が無い、というわけだ。
余談だが、世界には『三皇五帝』と呼ばれる有名なダンジョンマスターが八名存在する。三人の『皇』と五人の『帝』に付けられた総称、尊称だな。
彼らのダンジョンにしか“大当たり箱”は存在しない。
この三皇五帝には、人類もお手上げだ。
冒険者ギルド・国家・宗教団体等が『攻略不可能』とサジを投げたダンジョンの最奥に住んでいるのが三皇五帝。人類にとって幸運だったのは、彼ら八人に人類を滅ぼす意思が無かったということだろう。
各国に在る大型魔導兵器のほとんどは、五帝のダンジョンが若かった時代に出た“大当たり”の事を指す。三皇ダンジョンの大当たりは未発見。
ダンジョンマスターにとって人類とは、ダンジョン運営の為に必要な肥料、ダンジョンコアに与える為の餌、つまり、滅んでもらっては困る“資源”である。
その資源待遇のお陰で、人類は生かされつつダンジョンの恩恵を得られるという状況が生まれた。実にアホである。
ダンジョンで人間が死んだり捕らえられたりしなければ、ダンジョンマスターは力を失うのだが、マスターが創造するお宝に目がくらみ、人間は続々と資源をダンジョンに運び続けるのだ。エグい商売である。
エグい商売ではあるが、それを営むダンジョンマスターが創造したアイテムを人間が高い代償を払って手に入れた結果、そのアイテムを基にした新技術の登場によって、魔族が衰退する一因となったという事だ。
ドワーフという鍛冶のプロやエルフという魔法に長けた者を捕らえておきながら、生産性の無い事ばかりする頭の悪い人間達が、何故魔族をここまで追い詰めたのか気になってヴェーダに聞いてみたら、ダンジョンマスターの話を教えて貰ったわけだが、他の要因は王族や勇者等に関係していた。
いずれその要因も排除するが、難しいと言っておこう。
今回俺達が入手した戦利品は、食料以外全て神木銀行に預けた。
その預けた物の中に約二百個ほど『隷属の首輪』が含まれている。
この首輪は魔法陣が組み込まれた魔道具なので、首輪を装着して魔力を注げば効果を発揮する。
今のところ使う予定は無い。人間の捕虜に使う必要が有れば躊躇無く使うが、ヴェーダが魔法陣書き換えを巫女衆などに学ばせた後、ガッチガチの服従内容を決めてから使う。
絶対服従の抜け穴など、ヴェーダが全て塞いでくれるはずだ。
『ナオキさん、お転婆娘が死亡しました』
「ほぅ、これで少しはスモーキーも納得してくれるだろう」
それでは、昼飯を頂きながら、事後報告を聞くとしよう。
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