第51話「醜悪なる都」其の五




 第五十一話『醜悪なる都』其の五




 衰弱していたドワーフ達は、精気注入による眷属化を経て身体の健康状態は正常になったが、精神、心の傷はそう簡単には癒えない。


 特に女性だ、口に出すのもおぞましい非道をその心身に刻まれた彼女達は、自分達が『もう大丈夫』と思えるようになるまで、ガンダーラの奥で子供達と静かに静養してもらいたい。


 ドワーフの男性も酷い仕打ちを受けていたが、その傷付いた心は強制的に怒りで癒したようだ。彼らの体は人間に対する憎悪で満たされ、今回の作戦に参加してその怒りを爆発させようとしている。


 しかし、今回の作戦で魔族の暗躍を知られてはいけない、彼らは眷属化で髪の毛が妖蟻の様に『金白色』となり、160cm前後だった身長も170cmを少し超えるほどになったが、その幅のある独特な彼らの容姿は、肌の色が変わった程度では誤魔化せない。


 彼らの編み込んだ長いアゴ髭と逞し過ぎる上半身を見れば、誰しも『日焼けしたドワーフ』かと勘繰るだろう。


 今回はその怒りを堪えて、女房や子供達と影沼に潜んでいて欲しい。


 その旨を彼らに伝えると、「次回は必ず」と言う条件で、今回は堪えてくれる事になった。次回はいつになるか分からんが、活躍してもらおう。



 九十七名のドワーフ達をラヴの影沼へ大量の食料と共に潜ませ、クソ溜めから地上へ出る。


 これから向かう場所は街の東に在る兵舎。

 正直言えば、出来るだけ慰安所を覗きたくはない。

 俺は前世でも強姦や凌辱といったモノが嫌いだった。


 悔しいだろう、辛いだろう、相手が憎いだろう。

 そうやって感情移入してしまう。


 男女問わず、監禁して云々の事件や物語は、本当に気分が悪くなる。


 今回はその被害者の救出。

 いつも以上に気合を入れる必要がある。


 気合を入れて臨まねば、あの肉体が膨張するような感覚を再び味わう事になる。


 恐らくあれが魂の変化だろう。変化する分には構わんが、暴れ大猿になってしまうのは勘弁願いたい。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「では、扉を開けます」



 室内にいるエルフ達はドアノブに触れる事は出来ない、彼女達に「開ける」とラヴが優しい声で告げてから、扉を開ける事になった。


 ラヴが慰安室の扉にあるドアノブを右手で掴み、鍵の掛かったノブを強引に回して鍵ごと破壊、扉がゆっくりこちらへ開いた。


 目を閉じ、心を落ち着かせ、深呼吸。


 お願いだから、せめて体だけでもまともな姿であってくれ!!


 俺は意を決して目を開く。



 ――見た目は、まともだった。


 ラヴが兵舎を壊滅させた後、影沼を通して彼女達に兵士の服を与えたのだろう。彼女達は皆、男性兵士の服を着ている。


 しかし、それは彼女達の外見の話。


 問題は室内に有る様々な『道具』だ。

 前世の記憶に有る物から見知らぬ物まで、全て、気に入らない。


 ヴェーダが気を利かせて俺の知らない『道具』の知識を脳に注ぎ込む。


 魂の軋む音が胸に響いた。

 俺の歯ぎしりが室内に歪みを生ませ、メチャとラヴが俺の両腕を掴んだ。




 嗚呼ああ、親愛なる我が母神アートマン様、貴女が望むこの星の未来に、人間の影は御座いますか?



 ……私には、その様な未来を想像出来ません。




 いつものように神の風が応える事は無く、ただ、温かな何かに頭を撫でられた気がした。


 メチャとラヴが必死に俺の名を呼んでいる。

 あぁ、聞こえている、聞こえているさ。


 大丈夫だ、問題無い、少し頭にキタだけだ。


 上下の犬歯が牙へと変わり、上半身の筋肉が膨張を始め、皮膚に浮かぶ血管が脈打ち、周囲に放たれた精気が大熊のマントを翻らせる。



『ラージャ、私のマハー・ラージャ、今はまだ、その時ではありません』



 ヴェーダの優しい声が、俺の沸騰した頭を冷やす。


 それと共に、スコルとハティが走破した500kmを無駄にするなという強い思いが、俺の荒れ狂う心を落ち着かせた。


 そうだ、眷属の努力とその先に有る安寧を、俺の短気でドブに捨てる様な真似は出来ない、してはならない。



「ふぅぅ…… 悪かったなメチャ、ラヴ。もう大丈夫だ、落ち着いた」


「あわわ、お、お怒りは、御尤ごもっともで御座います!! それを鎮められた賢者様は、さ、さ、さすがです!! 大外刈りで一本取った感じです!!」


「そうですよ陛下、その辺に居る有象無象のエリアボスなら暴れています。今為すべき事は彼女達の解放と作戦の完遂、お怒りをお鎮め遊ばした陛下は御立派です!!」


『ベタ褒めですね』


「ああ、恥ずかしい限りだ」



 俺はもう一度深呼吸して気合を入れ直すと、何が何だか分かっていない慰安室の女性達十六名と視線を合わせ、自己紹介する。


 既に俺の事をラヴから聞いている彼女達は、笑顔で挨拶してくれた。

 一人ひとりしっかり目を合わせ、その体には触れず、なるべく穏やかな声で語り掛けるように努める。


 そこで初めて気付いたが、少年が一人混ざっていた。

 十四歳の少年だ、日本ならまだ中学生、頭がクラクラする。


 俺は同性愛を否定しない、あれは仕方のないものだと思っている。

 異性を愛せない事は異常ではない、肉体的に同性を求める者もそうだ。

 ただ、同性愛者の絶対数が少ないだけの話、特に気にした事も無い。


 しかし、同性を求めるにあたって、同性愛に興味の無い者に対する一方的な求愛は、しつこい男女が異性を求めるのと同じく性質たちが悪い、そこに差別などない。


 そして、異性でも同性でも、肉体関係をガキに求めるのは論外だ。


 ガキはガキ、心も体も出来上がっていない。そんな子供を大人が求めるなど、性を問わず赦せるものではない。


 しかも今回はその求愛がレイプという形で表現されている。


 再び怒りの炎が燃え上がりそうだ。

 こんな思いをあと何度繰り返せばいいのか、怒りのストレスで胃に大穴が空くぞ。クソったれが。



「陛下……」

「賢者様……」


「少し、驚いただけだ、心配するな」



 メチャとラヴの頭に手を置き、彼女達を安心させながら、俺自身も冷静にさせる。


 気合は入れても腹が据わってなければ、行動に毎回ストップが掛かる。胸糞の悪くなる光景に慣れたくはないが、今後の課題だな。


 気を取り直し、慰安室の彼女達に今回俺がやろうとしている事を話す。


 先ずは眷属化、隷属を解いたのち、【即死・呪殺耐性】を覚えさせる。

 これは、俺の耐性が眷属達に下位互換化して付与される特性を利用する。


 次に、室外へ出られない彼女達の許へ人間達を連行し、それを彼女達が殺す。彼女達が進化するまで殺し続け、進化後の耐性ランクアップを狙う。


 メチャは進化後に耐性がランクアップし、【即死・呪殺無効】となった。


 このエルフ達もメチャと同じ状態にする。

 眷属進化直後は、飽くまで即死・呪殺“耐性”だ、耐性は魔力依存、確実に無効化するにはランクアップするしかない。



 俺の説明を聞き終えた彼女達の瞳に、希望と憎悪の光が宿った。

 今はどんな光でもいい、生きる力を求めてくれるだけで十分だ。


 既にヴェーダが眷属達に“生贄”をここへ運ぶように手配し指揮している。


 生贄の優先順位は両段持ちの冒険者、次に城勤めの一般人よりレベルが高い者、その次が猟師などのカルマを比較的溜め易い奴らだ。


 実際のところ、レベルが高ければどんな奴でも構わない。赤ん坊でもレベルが高ければ死んでもらう、いずれ殺す事になる相手に情けは必要無い。


 群れのボスがブレる事は許されない。


 人間に対する姿勢に於いてなら尚更の事、俺は絶対にブレない。俺の優柔不断が眷属を危険に晒す、そんな馬鹿な事が有ってはならない。


 人間の事などどうでもいい、今はどうやって効率良くこの場に生贄を運ぶかを考えねばならん。



『ラヴに輸送してもらいましょう。影沼内に居るドワーフ達も少しは鬱憤が晴れるかと』



 ヴェーダがそう言うと、ラヴが手を叩いて喜んだ。二人はとても仲良しだ。


 メチャも釣られて拍手する。さすがホッコリ担当、和んだぜ。



「おぉ~!! ヴェーダは相変わらず良い事言うわねぇ」

「そ、そうだねぇ、尊妻様は、良い事しか、言わないね!!」


「ラヴ、行けるか?」

「仰せとあらば、すぐにでも」


「すまんな、頼む」

「御意」



 ラヴは俺の頬に軽く口付けして、楽しそうに狩りへ向かった。


 ラヴが影沼に人間を放り込めば、あとは影沼内で話を聞いているドワーフ達が適当にド突き回すだろう。瀕死の人間を大量に運べて一石二鳥だな。



『ナオキさん、城を制圧しました』


「ハハッ、早ぇなオイ」


『生贄は七匹の狼が確保、ハティとエルフ五人衆が城内のエルフ四十一名を保護しました。ラヴを生贄と保護対象の引き取りに向かわせます。スコルは御指示通り、蟻毒に侵された娘を咥えてこちらへ移動中、娘には目隠しをしております』


「よし。民間に捕らわれていたエルフは?」


『街の有力者に奴隷として買われたエルフ救出はメーガナーダが遂行、九名を保護しました。保護したエルフ達をこちらへ護送後、メーガナーダはラヴと合流させます』


「この街に居たエルフは五人衆も合わせて七十一名か、ドワーフを合わせると百六十八名。それが多いのか少ないのか判らんが、“貸した”分はキッチリ払って貰うぜ、人間」



 俺は慰安室に居るエルフ達が心置き無く生贄を殺せるように願い、マハトミンCを二本飲み干し、ドーピングした体で精気を思い切り彼女達に注ぎ、眷属化した。





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