第50話「醜悪なる都」其の四




第五十話『醜悪なる都』其の四




「陛下っ!!」

「おっと、今日までよく頑張ったな、ラヴ」



 俺の胸に飛び込んで来たラヴを受け止め、キスの嵐もついでに受け止め、二カ月ぶりの再会を喜んだ。



「毎日毎日、この日が来ることを願いながらお待ちしておりました」


「そうか。辛かっただろう、すまなかった。今日でゴミ当番は終わりだ、有り難う」


「いえいえ、簡単なお仕事でした。今夜は今まで溜まった恨みを存分に晴らせましたし」



 ラヴはそう言って影沼から裸の男を取り出した。

 男はまだ息があるが、状態は瀕死、その体は打撃によって紫に腫れ上がり、体中の骨を折られている。



「コイツは…… お前の頬を張った奴か?」


「はい、ツバも掛けられましたし、靴も舐めさせられましたし、残飯を食べさせられていましたし、一日中裸で行動を命じられたり、犬のように――」


「もういい、済まなかった、すぐにでもお前を呼び戻すべきだった!! 畜生っ!!」


嗚呼ああっ陛下、お気になさらず。私はこうして屈辱をそそぎ、村を襲った人間共に復讐する機会を得られました。私は今、とっても幸せです!!」



 ラヴが男の頭を右手で掴み、左手で砕けたアゴを持つ。

 ゴキュリと音を立て、男の首が半回転した。


 体を正面に向け、顔だけ真後ろを拝む事になった男は、再び影沼に沈んだ。


 野郎は俺が殺してやりたかったが、ラヴの恨みは俺が晴らしていいような軽いものじゃない。恐らく、いや確実に、まだまだ人間を殺すはずだ。


 今回、ラヴは兵舎内の兵を殺し尽くし、衛兵も警備兵も全て始末して影沼に沈めた。


 騎士団や兵士の失踪は作戦の一部だが、それを自分がやりたいと言って実行した彼女の人間に対する憎しみや怒りは、この程度の虐殺で消えるほど生易しいものではないのだろう。


 男を始末した彼女はスッキリした表情でニコリと笑い、俺の隣に立つメチャと挨拶を交わし、互いに眷属同士の力強い抱擁で親愛を示した。



「アナタ、相当強いわね」

「い、いえ、賢者様の~、えっと“くんとーよろしき”を得まして……」


「アハハ、アナタ私より三つも年上でしょ? 普通に喋ってよ」

「え~っ!! と、年下ぁ~!? す、凄く大人っぽいねぇ」


「そう? たっくさん酷い目に遭ったからかな?」

「うあぁ、た、大変だったねぇ、も、もう大丈夫だよ!! 賢者様が居るからね!!」


「うふふ、そうだね、もう安心だ……」

「うんうん、安心だね!!」



 ラヴの安堵は、憂いを帯びたものだ。

 女にこんなツラさせやがって……

 ラヴの村を襲った奴らを探し出し、必ず殺してやる……



『ナオキさん、ラヴがこの街に居る魔族達に話を通しています、今は彼らを救いましょう』


「あぁ、そうだったな」


『外傷により体力が衰えた者には、ラヴが回復薬等で治療を施しておりますが、心の傷は癒せません。眷属化による隷属解除という心身の解放、眷属としての安心感を以って心を癒す、それが出来るのは、貴方だけです』


「おう、任せろ。ラヴ、MPは…… 三割減か、レベルも上がって総合力も30万を超えた、影沼に魔族達を全員入れても問題無いな、精気は要るか?」


「はい!! 頂けるのであれば、タップリと!!」

「分かった、じゃぁ、流すぞ」


「お願い致します」



 目を閉じるラヴに精気を注いでMPを回復させ、ついでに心身の疲れを癒す。


 頬を紅潮させながら薄い唇を少し開き、若干長めの犬歯を光らせて、湯船に浸かったような表情を見せるラヴ。


 精気を流し終えると、ラヴは首や肩を軽く回し、獰猛な笑みを浮かべて恭しく一礼し、俺の手を取った。



「では陛下、この街の“名所”に御案内致します」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 初めに訪れたのは工業区に在る地面に出来た“穴”だった。


 この穴に救出目標が囚われているらしい。


 穴を見張る兵士が詰める小屋に人影は無い、既に蜂が始末している。


 穴の直径は2mほど、穴の横に縄梯子なわばしごが巻かれて設置されていた。


 縄梯子の端は一方が鉄杭で地面に打ち付けられており、それを穴に垂らして下へ降りると、思わず立ち眩みしてしまいそうになる臭気に襲われる。


 明らかに糞尿のニオイ。


 暗い足下を見ると、ソレが泥水のようになって足の甲まで覆っていた。裸足であったなら放心していたかも知れない。


 足下のソレを鑑定してみると人間の物だった。

 ワザワザ魔族の居る場所に捨てたのか、怒りが爆発しそうだ。


 蝿が飛び回りウジが蠢くこの穴は『L』を倒した靴型になっており、横穴も直径は変わらず2mだ。俺には少しばかり狭い。


 ラヴを先頭にメチャ、次いで俺が横穴を進む。


 暫らく進むと足下の糞尿は減り、20cmほどの段差が付いた通路に入ったところでようやく糞尿ゾーンを抜けた。


 そして、縦横10mほどの四角い空間に辿り着いのだが……


 そこには、百人近いドワーフ達が全裸で立っていた。

 いや違う、切断されている、彼らにはひざを少し残してその下が無い。


 本物の“膝立ち”だ。

 余りの光景に声を失った。


 彼らは無言で立っている、俺達に気付いているはずだが、こちらを見ようとせず声も上げない、寝ているわけじゃない、しかし微動だにしない。


 何なんだコレは?


 男女共に痩せている。男は筋肉で引き締まった体つきだが全身に傷跡が有り、女性は臀部や胸部を中心に傷跡が有るが、コレは……動物が付けた傷跡だ……。


 大半の女性は腹が大きい、子供以外は妊娠しているようだ。子供達は地獄に住む餓鬼のように腹だけ膨れていた。


 そんな彼らが、何故、座りもせず膝で突っ立ったままなのか?


 何故動かない?

 何故声を出さない?

 何故小便を垂らしている?


 何故、お前達の目は赤い?


 俺は目の前に居る男性の状態を確認した。


【隷属・欠損・衰弱・不動】



「……不動?」


「監視兵が『直立不動、生命維持活動のみ可』と外から命令すると、こうなります」



 ラヴが彼らを見ながらそう言った。

 直立して不動、生命維持活動は可……?



『今回命令を出した監視兵は愚かだったのでしょう、生命維持活動を許可しておきながら、不動を指示して目蓋の動きも封じています、あれでは睡眠が取れません、眼球も乾いております』


「コレって遊びなんですよ、監視兵の。バカでしょう? 脚を斬るのも意味は無いんです。ただ、そうしたかっただけ……」



 ドワーフの少女を抱き締めるラヴ。

 何やってんだ俺はっ!! ボケッと考察なんかして!! クソが!!


 俺は目の前に居る男性に精気を流し込み、叫んだ。



「眷属化するっ!! 受け入れろっ!! 全員だっ!!」



 精気を流し込みながら自分の異変に気付いた。

 動悸が激しい、犬歯が伸びる、両腕が肥大化し鋼の体毛が覆っていく。


 急いで服を脱ぎ、周囲に精気を放出した。

 十六万近い精気がガリガリ削られ、心臓の動きが緩やかになる。


 FPでマハトミンCを100本購入して1本飲み干し、能力の底上げを行って更に強く精気を放出した。


 先ほどの異変は気になるが、今は精気を撒き散らして全員一気に眷属化させる事が先だ。


 目の前に居る男の肌から傷が消え、白い髪に金色が混ざり、白人種に近い肌の色が褐色に染まる。


 髪の色と肌色が変わりだして間も無く、膝から下の肉が盛り上がり始め、徐々に失われた部分が形成されていった。進化によって修復されたようだ。


 俺は他のドワーフ達を見渡す。

 全員が眷属化を受け入れている。

 隷属化も解除され、生えてきた脚を撫でながら座り込んでいた。


 これもラヴが前々から伝えておいてくれたお陰だ。

 彼女に目を遣ると、マハトミンCを少女に飲ませながら、こちらを見てウインクを飛ばして来た。


 俺は頷いて微笑み、もう一本マハトミンCを飲み干す。

 メチャは泣きながら妊婦達にマハトミンCを飲ませていた。


 メチャの涙は怒りの涙だ、眷属としての彼女から、その思いが強く伝わって来る。


 ラヴに涙は無いが、ドス黒い感情が俺に流れている。

 出来ればその感情は俺が肩代わりしてやりたい、悪鬼は俺だけで十分なんだ……


 今の俺なら、この街に住む四万人を全て殺せる。

 お前は復讐の羅刹に留めておけ、メチャ達とガンダーラで楽しく暮らす為に。


 業を背負い魂を血反吐で染める悪い鬼は、一匹居れば十分だ。

 俺の指示で眷属がやった時の業も、全て背負ってやる。



『ナオキさん、スコルとハティが狩りを終えました、御指示を』


「予定変更、城に行って城内の人間をバカ娘以外全て殺せ、城内のエルフを確保しろ。バカ娘はスコルが咥えて持って来い」


『兵隊蜂と軍隊蟻も初段以下の冒険者暗殺を終えます、如何いかがなさいますか?』


「蜂と蟻にはお前の命令に従えと伝えた。エルフを玩具にしている奴らを始末したら、毒が切れるまで無差別に人間を殺せ、ドワーフやエルフを救わなかった街の人間に容赦は要らん」


『了解しました。仮面と黒装束で人間に偽装した“メーガナーダ”と七匹のウルフが到着致しましたので、残りの両段持ち冒険者を排除しても宜しいでしょうか?』


「好きにしろ」

『有り難う御座います』


「いや、魔族を救うまでの時間が縮まった、助かる。次は何処に行けばいいんだ? ラヴ」



 ドワーフの少女を抱えたラヴが、こちらを見ずに答えた。



「兵舎の横に在る、兵士の…… 慰安所です」


「――ッ!! お前が、影沼で連れて来られなかった、理由は?」


「あの“慰安室”から彼女達を移動させる事は出来ません。兵士達が勝手に自室へ“持ち帰らせない”ようにする為、彼女達の首輪に死属性拘束魔術を施し、室外への移動を禁じています」


「何でそんな…… 兵士は【誓忠】状態だろ? 上司が『部屋への連れ込み禁止』って言えば済むんじゃないのか?」


「兵士は誓忠の契約を王家と結んでいますが、絶対服従の効果はありませんので、バカをする者が多いんです。拘束魔術と隷属魔術とを重ねて首輪に施すのは時間が掛かるので王族も嫌がるのですが、誓忠が聞いて呆れます、本当に愚かです」


「もし、部屋から出たら…… 死属性って事は、死ぬのか?」


「はい、呪殺により心臓が破裂して、即死ですね。私やドワーフ達の首輪と違って、首輪を外す事でも呪殺が発動して即死します。私達はもう“首輪を外すな”という命令が無効ですので簡単に外せますが、彼女達は隷属化が解けてもそれが出来ません」


『ドワーフにも逃亡阻止の弱い死属性魔術が施されていましたが、眷属化で即死耐性が付きましたので、無効化出来ました。慰安所のエルフに付けられた首輪は、即死耐性では完全な無効化が出来ません』



 何てこった……

 こりゃ、どうすれば…… ん?

 いや待て、ん? あ、イケるな。


 ヴェーダ、冒険者を狩るな、半殺しで持って来い。城内にも“手頃”な奴が居るだろ、お前が選り分けてスコルとハティに指示を出せ。



『……なるほど、では、不足分も用意致します』



 これで何とかなるな。

 街の人間が何人死ぬか想像出来んが。




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