第47話「醜悪なる都」其の一




 第四十七話『醜悪なる都』其の一




 ハイジ山脈沿いに南下して長城を越えた俺達は、一旦西へ方向を変えてメタリハ・エオルカイ教国に入り、教国との国境近くに住むメハデヒ王国の人間にそれとなく姿を晒しながらメハデヒ王国へ戻った。


 俺達が白と黒の魔獣を従えて教国からメハデヒ王国に入ったという事実が、今後の展開に大きく関わってくるだろう。


 スコルとハティは500kmという超長距離を、俺とメチャを乗せたまま時速80kmで走り続けた。


 約一時間毎に二匹へ精気を注いで体力を回復させていたとは言え、凄まじい体力だ。これでもまだレベル0のままだという事実に驚嘆せざるを得ない。


 眷属となったスコルとハティは狩った獣や魔獣にトドメを刺さず、最後は必ず配下の狼達に命を狩らせて経験値を与えていた。


 俺が二匹を眷属化して名前を与えた時に何やらあったようだが、ヴェーダは『リセット』が云々と溜息を吐いていた。詳細は不明だ。


 俺も特に気にしていない。強いし可愛い、それで満足。二匹にアレコレ聞くことはない。


 この二匹は人間を狩ってレベルを上げる気のようだ。

 彼らのこだわりが何に起因する物なのか分からないが、今はただ、この二匹がやってくれた大仕事に深い感謝と労いの言葉を贈りたい。本当に凄い奴らだ。




 夕焼けに染まる西の空、眼前に広がる石造りの壁は夕日を浴びてオレンジ色に輝いていた。


 都市へと繋がる街道から少し離れた場所に在る林にメチャ達を待機させ、街道へ戻った俺は一人でその光景を眺める。


 辺境伯領最北の都市『テイクノ・プリズナ』、人口は約四万。

 街を囲う石壁が歪な円を形作りながら、太守の住む城と街を囲み、さらに堀が壁を囲む。


 城と街を壁で囲う、ユーラシア大陸等で見る典型的な城郭都市だ。

 壁は高さ10mほど、堀の幅は約20m。深さは5mも無い。


 主な産業は鉱業、山脈から採れる鉱物の採取が盛んらしい。


 鉱業ほどではないが、長城付近に在る広大な耕地での小麦と大麦の栽培、小麦粉やアルコールの製造なども力を入れており、“人々”も飢えは無く、地方都市としては比較的恵まれた環境のようだ。


 だが、この都市は醜い。


 市街を囲む堀の外側には粗末な民家が建ち並び、小さな町が形成されている。


 市街への居住を拒まれた“人間”達が築いた町。

 町全体が汚い。道のあちこちに汚物が撒かれ、住民の体は垢で黒ずみ、薄汚れた“ベスト”を着ている。



「清々しい差別だ、獣人か」

『一部の宗教では人語を解する獣とされております』


「人類の枠に入れておきながらよく言う。外道の面目躍如だな」


『この地方では、獣人を下等な存在として扱うエオルカイ教徒が多いようです。獣人達を憐れに思いますか?』


「笑えねぇ冗談だ。コボルトの毛皮を着た化物共を憐れむ趣味は無ぇよ」



 獣の耳を頭から生やし、ケツから出た尻尾を振り、人間が生み出す富のおこぼれにすがり付き、見せかけの“町”で人間の真似事をしながら、自分達に容姿の似た最弱の魔族から剥ぎ取った皮を被る“獣”。


 エオルカイ教の教えとやらも、あながち間違ってはいないようだ。


 しかし…… 獣人でこの扱いとなると、魔族の奴隷は……



『ナオキさん、私は貴方にこの世界の現状を“視せた”事はありません。これから貴方がその両の瞳で見るモノは、貴方の魂に甚大な影響を及ぼすでしょう。ナオキさん、私のマハー・ラージャ、どうか、自分を見失わぬよう……』



 心臓の動きが速まる。

 出来る事なら、ソレを見たくない、そんなものは目に入れたくない。


 だが、ヴェーダは言った、夜になる前に壁の内側を覗いておけ、と。

 日中にこそありふれた日常がある、そう言って俺に潜入を勧めた。


 その日常に、魔族がどう関わっているのか、俺は知らねばならない。


 心を落ち着かせ、ヴェーダが示した場所まで走り、堀と壁を飛び越え、街の北に在るスラムへ潜入した。


 呼吸を整え、一旦物影に身を隠す。


 自分を見失わずに、今回の狩りを終わらせる。

 スコルとハティの働きを無駄にしてはならない。


 俺がブチ切れ、巨大化して暴れ回ってしまったら、全てが無駄になる。


 大丈夫だ、何を目にしても……

 俺は大丈夫……




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 俺に与えられた天罰の効果はバツグンだ。


 人間に嫌悪されるというそれは、老若男女問わず、殺意の籠った視線という形を以って如実に表れている。


 気の短い者は肩をぶつけて喧嘩を売って来るが、三人目から喧嘩を買ってシバき回して以降、周囲に威圧を掛けながら街の通りを歩いている。


 スラムで襲って来たゴミ共相手に【圧壊】を最小限に抑えて軽く放ってみたが、体中から血を流しバタバタ倒れて痙攣し始めたので止めた。総合力200前後の人間相手には過剰な威力だったようだ。



 ヴェーダの指示に従って道を進むと、やはり、嫌なモノを見た。殺意が溢れだす。



『ナオキさん、彼らは日中ずっとあの様にして衆人の目に晒され、日暮れとともに“商品棚”の在る店内に戻されると、そこでまた、違った形で晒されます』



 あぁ、これが人間の日常か、好いセンスしてんな。


 白エルフの男女が合わせて五人、男一人、女四人、全員全裸、首には隷属の首輪、男は両腕と両脚を広げて立たされ、高さ約1mの木箱が並び、女はその上に四つん這いで晒されていた。


 人間達が“商品”の“具合”を確かめている。


 エルフ達は嫌な顔もせず、客の要望に笑顔で淡々と応えていた。



『店主の命令でしょう、笑顔で客の要望に応え逆らうな、と』



 冒険者風の男が、一番小柄なエルフ女性の背後に回り、臀部でんぶに両手を置こうとしたところで、俺は野郎に【圧壊】を放った。全力でだ。


 骨が折れ、内臓が破裂し、眼球が潰れ、脳漿が耳から噴き出し、体に有る穴という穴から血が流れ出る。グシャリと音を立てて肉塊となった男は潰れ死んだ。


 それを見ていた客や店主にも圧壊を当て、殺した。


 周囲に居た人間は全員殺し、エルフ達が捕らわれていた店の中へ放り、冒険者が持っていたナイフで扉と壁を縫い付け、そのナイフをし折って施錠した。


 それを呆然と眺めていたエルフ達に人間から剥ぎ取った服を渡し、俺が南浅部のエリアボスだと説明すると、非常に驚いていた。



「お前達の隷属化は俺の眷属となれば解ける、眷属となっても縛る事はしない、だが、この街からお前達が安全な場所へ辿り着くまでは、ダークエルフの影沼内か街の外に在る林の中で大人しくしていて貰いたい。どうする?」



 五人は二つ返事で眷属化を了承した。


 彼らをスラムまで連れて行き、大猩々化する為に空き家の裏側で服を脱ぐ。男エルフが愕然とし、女性四人は顔を両手で隠しながら指の隙間から俺の股間を覗いていた。


 さっそく大猩々化、すぐにヴェーダが出現し、彼らへ『帝王に身を委ねよ』と、お決まりの文句を言って消えた。再び驚愕する彼らを落ち着かせ、先ずは男性に精気を流して眷属化開始。


 金髪翠眼褐色肌の高身長超絶イケメンが誕生。彫刻?


 ラヴと同じく、精気の受け入れ容量が多い。

 総合力は6,500から7万まで跳ね上がった。

 レベルは全員10以下だが、エルフの高スペックぶりが窺える。


 土と木と光の三属性魔法を扱える彼らは、今後そう簡単に捕らわれる事も無いだろう。


 残りの女性四人も次々と眷属化し、ラヴに匹敵する妖艶な美女となった。

 彼らから感謝の言葉と熱い抱擁を受け、今後の行動を決める。


 彼らが出した答えは、「今から人間殺す!!」だった。


 夜まで少し待てとなだめ、メチャ達と林で待機しておくようにと説得。彼らは素直に了解してくれた。


 兵隊蜂を一匹呼び寄せ、彼らの道案内を頼み、蟻達に周囲の警戒を頼む。


 五人は日暮れとともに蜂に先導され、壁と堀を越えてメチャ達と合流する事になった。今の彼らなら隠密行動など余裕だ。それまではこの空き家裏で待機。


 俺はマハトミンCや干し物、乾パン等を購入して彼らに与え、一時の別れを惜しみ合うと、ヴェーダに後を任せて空き家を出た。



 次の目的地は冒険者ギルド付近。

 この近辺では冒険者が“ガス抜き”の一つを行っているらしい。



 嫌な予感しかしない。





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