第46話「て、天才は居る、悔しいが」




 第四十六話『て、天才は居る、悔しいが』




 もう銭湯と呼べるほど拡大した岩風呂。

 ヴェーダの指導による宮掌くじょう衆と巫女衆の火魔法練習用として、各所で温められた聖泉の水が岩の浴槽へ注がれ、常時並々と湯が張られてある。


 男女別に分かれてある岩風呂だが、俺と子供は女風呂への入浴が許可されている。いや、俺の場合は強引にそう決められた。


 無論、ジャキやミギカラ達と一緒に男湯へ入る楽しみも最高だ。男湯も女湯も捨て難いが、七割の確率で女湯に連行されてしまう。


 現在、俺とメチャは二人きりで女風呂に浸かっている。


 朝風呂とはまた良い御身分だが、人間の街へ潜入する前にアートマン神像へ祈りを捧げるので、みそぎと朝の稽古で掻いた汗を流すのを兼ねて風呂に入る事にした。


 だがしかし、俺の邪念が消えない!! 禊なのにっ!!


 大きいキノコが云々うんぬんとメチャがバッテン化してブツブツ言っている、少し黙って頂きたい、バッテン化しているのは俺も同じだ。


 さらに、大きなキノコがと赤面しつつ、頻繁ひんぱんに、実に巧みに薄目を開けてチラ見してくる。のどをゴクリと鳴らしながら舌で唇を舐める。お前、お前なぁ……


 蛇の生殺しとはまさにこの事、隣に寄り添う純心娘を襲わないように必死の我慢大会。


 全身の筋肉に力を入れ、耐え忍ぶ事約3分、何故ジャングル帝王たるこの俺が、小娘一人を手籠めに出来ぬぅぅぅ!!!



『もう少し、彼女が大人になってから、そう決めたのでしょう?』



 如何にも、帝王に二言は無い。

 無いのだが、メチャの純心度数が思いのほか高かった!!

 お前本当に二十二歳か?と小一時間問い質したくなるほど初心ウブ!!


 迂闊、帝王一生の不覚であったわっ!!


 夜中にコッソリ、俺の大キノコを狩りに来るのでは?

 そんな幻想を抱いていた俺をイマジンブレイクして殺したい。


 しかも、本能に従って彼女を抱くことすら出来ない!!

 本能が『まだだ』と叫んでいるのだぁぁ!!


 キノコ狩りシーズン到来のきざしは未だ見えず。

 彼女はただ幸せそうにヨダレを垂らしながら、鼻提灯を膨らませて俺の胸で寝るのみ。



『魔族の女性は、誕生から三十年間純潔を守り続けると、“大喪法もほう”を自由自在に操る“大喪女”へ繋がる道が開く可能性が有ります』



 喪女まであと八年もあるじゃないか!! 永いっ!!

 そしてメチャはモテるっ!! 決して喪女ではないっ!!


 天はそんな彼女に一体ナニをしろと俺に仰るのか!!



『見守ってあげなさい、そうアートマンは言っていますが』



 あ、ハイ。


 急速に萎んでいくキノコ。メチャも「あれれぇ?」とか言っているが、心頭を強制滅却させられた俺はジャングルの大賢者、貴様のその可愛らしさも今の俺には通用せぬぞ?


 タワケめ。所詮は喪女よのぅ。



「上がるぞ、メチャ」

「は、は~い。うあぁ!!」



 岩風呂から上がった瞬間にズッコケてM字開脚するメチャ。


 お前ぇ、ほんとマジお前なぁ……

 天才かな? いい加減にしろよ♪


 こんな挑発を受けたのは、中三の夏に出会った隣町のヤンキー以来だ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 神像に祈りを捧げる。


 今回のカルマは全て自分が背負います。

 俺が留守の間、皆をお守りください。


 優しい風が頬を撫でた。有り難う御座います。


 祈りを終えたあと、ジャキや眷属のトップ達を集めてガンダーラの守備を任せた。


 ジャキは物凄く俺と一緒に行きたかった様子だったが、今回の作戦では魔族の関与を人間達に知られてはならないので、涙を呑んで我慢してもらった。


 お前にはいずれ、思い切り暴れてもらうさ。


 体毛を隠せばギリギリ人間の巨漢に見えなくもない俺は、妖蟻族が作ってくれたアラビアン長袖衣装を纏い、その上から大熊のマントを羽織る。


 メチャもアラビアンスタイル。


 頭からイスラム圏の女性が使用するブルカのような白い妖蜂織物製ヴェールを纏って目元以外を隠し、ヴェールの上から銀製のティアラを嵌め、そのティアラから角の出っ張りを誤魔化す薄手のヴェールが垂れている。


 小さめの日除けを頭部に着けているように見えるな。


 俺達の持ち物は無し。

 回復薬などの道具類は大量にラヴへ送っている、その上FPもあるので特に持って行く必要の有る物が無い。


 俺達二人を森の外へ運んでくれるのはスコルとハティ。

 長城を越える為に西の山脈を登って大きく迂回する。

 西の山脈までは妖蜂族が俺達二人と二匹を運んでくれる。


 ツバキは「深夜に高空輸送して長城を越えればいい」と言ってくれたが、彼女達も魔族も森から出すワケにはいかない。今回はメチャと魔獣である二匹だけに同行を許した。



 出発の準備も整い、皆から壮行と武運を祈る言葉も貰った。

 皆に「行ってくる」と告げ、右手を上げる。


 俺とメチャ、スコル&ハティに分かれて二つのカゴに乗り込み、サオリ率いる中隊に護衛されながら、西浅部の端に在る山脈へ向かった。



 到着は約4時間後、山脈の麓より300mほど高い位置に降ろしてもらう予定だ。



 今から人間を殺しに行くと言うのに、北東から南西へ伸びる壮大なハイジ山脈を望みながら、俺は遠足へ行く子供のように心が躍っていた。





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