第45話「俺はカリントウと呼んでいた」




 第四十五話『俺はカリントウと呼んでいた』




 朝日を全身に浴びながら、メチャと早朝のストレッチ。


 肩と腰が軽い。スガスガしい気分だ。

 昨夜のマッサージが効いたな、マッサージが。

 

 左右の上段回し蹴りを虚空に放つ。

 空気を切り裂く音と共に、蹴りの衝撃波が皇城の壁を抉った。


 傍に控えていたササミがすぐに修復してくれた。

 スマンと頭を下げる。


 やっちまったなぁ……猿人に戻ってもう一度謝罪。


 ササミは口を尖らせて怒った仕草をしながらコクンと頷く。その尖らせた口が俺を狂わせる。可愛いですね。


 ゴリラ状態で蹴りの素振りをすると、この様な結果になるので、普段は猿人のまま練習している。今日は何となくやってみた。


 隣に居るメチャは衝撃波に感動して目を輝かせているが、トモエやイセの蹴りは、こんなもんじゃないよ?


 先日、妖蜂族のカスガ女王とアホな猿人のイチャイチャを見ていた王妹トモエが「チッ」と舌打ちしただけで、総合力依存の『舌打ち衝撃波』をモロに喰らった猿人が吹き飛ばされ、謁見の間の壁に突き刺さったのは有名な話だ。


 物理無効を突き破って激痛を与えてくるあの恐ろしさ、イセとトモエが持つ先天性継承スキル【貫壊かんかい】のせるわざである。


 耐性を貫通する上に魔法障壁なども破壊する【貫壊】を所持するが故に、彼女達は僕の天敵なのです。


 対トモエ唯一のアドバンテージだと思っていた『物理無効』が、まったく役に立たない、トイレットペーパーの方が防御力を得られるという現実。


 イセは大人しいので安心できるのだが……


 デンジャラスラヴァー・トモエちゃんは、ツンデレーションの副作用によって溜りに溜まったストレスを俺に向けて発散するので、彼女に会う際はなるべくボケやオヤジギャグを控え、殺傷力の有るツッコミを未然に防ぐ事が肝要だ。


 しかし、本日予定していた妖蜂族の眷属化は明後日以降に変更された為、最低二日はトモエの殺人ツッコミに怯える事は無いだろう。


 トモエの事を思い出しながら、俺の隣で「えいさぁ!! えいさぁ!!」と前蹴りを練習している顔面凶器の羅刹女メチャを見ると、虚弱な乙女に見える不思議。



「陛下、そろそろ朝食のお時間で御座います」



 ササミが俺の頬を垂れる汗を柔らかい布で拭きながら、少し微笑んでそう言った。


 彼女が使った布は、妖蟻族が養殖している体長30cmほどの『土蜘蛛』が出す糸を織り上げて作った『スパッ』と呼ばれる丈夫な布だ。妖蟻族の衣類や寝具等、生活に必要な布は主にスパッ布が用いられる。



「ありがとう、だが朝食は要らない、“上”で急ぎの仕事がある」


「……えっ そ、そんな……」

「うぉぉぉい、そこまで絶望的な顔を見せるなよっ、な?」


「ササミちゃん、賢者様はね、今日はお忙しいの、ごめんね」

「グッ、で、でも、皇帝陛下と、殿下が……」


「か、彼女達は既に承知している、すまんな、お前に言うのが遅れた。メチャも居なくなって少し寂しくなるかも知れんが、五日もせずにまた来るさっ!! だから、な? 泣くなっ!!」


「ぃゃ、べ、別に、寂しく、なぃ…… ぅぅ、ぅぐぅ……」

「ササミちゃん…… す、すぐ戻って来るから、ね?」


「……すぐ? 本当? ぅん、わかった……」



 ふぅ~、焦ったぁ。


 ササミはメチャと同じ二十二歳だが、情が厚く涙もろい。

 彼女は地上で生活する俺を異常に心配する。


 人間との争いが起こる地上に住む俺達が地上で“仕事”をすると聞いて、不安になったのだろう。優しい子だ。ナデナデ。


 しかしながら――


 その童顔と165cmという身長の所為で、彼女が泣き顔になると俺の胸に激痛が走ってしまう。ものっ凄く痛いっ!!


 こういう時は笑顔を見せてもらうに限る。

 何かお菓子でも…… ん?


 【芋けんぴ・200g】=3FP


 芋カリンかっ!! これだっ!!

 速攻で芋けんぴを購入。


 これもまた竹筒で出現。竹が優秀すぎる。


 下唇を突き出して涙を堪えるササミに竹筒を見せ、パカッと蓋を開け、芋けんぴを一本抜き取り、彼女の可愛い口元に芋菓子の先端を向けた。


 ササミは一度だけソレに目を遣ると、視線を明後日の方向に向ける。子供か!!


 しょうがないので、その一本はメチャに食べさせようと思い、メチャに芋けんぴを向けた瞬間、芋けんぴが消えた。


 消えたのはメチャの口の中へだが、俺の親指と人差し指も咥えられている。彼女は執拗に指を舐めしゃぶる、メインはこっちと言っても過言ではない。


 それを見ていたササミが、チラチラ俺を見はじめた。

 よし、メチャの口から指を抜き取り、さりげなく自分で咥えたあと、再びササミに芋けんぴを向ける。


 今度は、ゆっくりだが、先端からかじり始めた。


 美味しかったのだろう、味見のあとは勢いよく食べてくれた。俺の指も食べてくれた。おそらく、そういった食べ方なのだと勘違いしていると思われる。が、指摘しないのが俺流、だ。



 笑顔になってくれたササミを左肩に座らせ、芋けんぴをポリポリ食べ続けるメチャを定位置の右肩に座らせて、ガンダーラへ上がるトロッコ乗り場まで走った。


 トロッコ乗り場に着くと二人を下ろし、三人でトロッコに乗り込む。


 その頃にはササミもいつも通りメチャとお喋りしていた。

 ここでやっと安心出来た気分だ。ホッ。


 ガンダーラのトロッコ乗り場は、妖蟻の兵士が常駐出来るように拡張中だ。


 到着した俺達を、数名の妖蟻兵とガンダーラに住む眷属の代表格達が出迎える。


 俺は二人を抱えてトロッコから飛び降り、皆にササミの接待をお願いした。


 妖蟻族はガンダーラの砦から出ないようにアカギから厳命されているので、ササミと居られるのはここまで。


 彼女にキスをしてから抱擁を交わし、鼻血を拭いてあげて砦の外へ出る。メチャも抱擁し合って何か言葉を交わしてから、俺に続く。


 砦の外にはスコルとハティが子熊達を咥え、ジャキや狼達と共に俺達を待っていた。


 狼の数は七百を超えるが、無駄に吠えたり威嚇したりしないので、コボルト以外は普通に彼らと接している。


 俺はスコルの体を撫で回し、ハティの喉をくすぐって、じゃれ付くカストルとポルックスをアヤしながら、今日の“遠足”に胸を躍らせていた。


 その前に風呂だ。朝練で汗がヒドイ。







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